最後の、最後

めったに使った事のない、オレのスマホの通話機能が、ついに活躍する時がきた。

頼むぞオレのスマホ!

ほとんどカメラしか使ったことないけど!


スマホをしっかりと耳に当て、背後にあるお社の神様にお祈りしながら、つながるのを待つ。

兄ちゃん頼む、出て! 今すぐ出て!

出てくれたら、少しは見直してやらないこともないから!



『───なんだぁ? またお前かぁ。珍しいな、お前がスマホから電話してくるのって』



やった! 出てくれた!

出かけてる最中なのか、なんだか騒々しい音がするけど……どうでもいいや!


「兄ちゃん! おおおお、オレ、裏山でキノコのオバケに追いつめられてるんだけど!」

『……ハァ? 昼寝でもしてたのかよお前。寝ぼけてんじゃねぇぞ』

「違うよ! 裏山にキノコとクモの合体オバケがいて! 人の腕も生えてて! びゅんびゅん飛び回って引っかかれたんだ!」

『マンガ読んだのか、アニメか? ……ってか、お前、朝に電話してきた時に、オバケが見えなくなったって言ってなかったっけ?』

「なんかまた見えるようになっちゃったの! マンガもアニメも関係無い! ……そんな事より、こういう時って、どうすれば追いはらえるのっ!?」

『そうだなぁ……うん、お年玉十年分かな』

「…………は?」


この緊急事態きんきゅうじたいに、お年玉がどう関係あるんだろ。


『お前のお年玉を、今後十年、オレに全部くれるんなら、教えてやらないこともない』

「そんな場合じゃないんだってば!」

『じゃあ、教えてやんない』

「に、に、兄ちゃんのバカヤロー! バァちゃんから、ボッコボコに殴られちゃえ!」


オレがスマホにむかって大声で叫んだ、その直後。


「キェエエエエエエシャアアアアア!」

「ギャーーーー! ご主人ーーーーーー!」

「うわああああ!?」


オレが叫んだのに反応しちゃったんだろうか。

今まではお社の近くをオロオロ飛び回るだけだったバケモノが、いきなり雄叫びを上げ、それにびっくりしたシツジが、金切り声で叫んだんだ。

それに、オレがおどろいた声まで混ざっちゃったからか、兄ちゃんの声が少しだけ、あわてた感じになった。


『もしかして……マジに襲われてんの? あの裏山で?』

「だだ、だ、だから本当だって言ってるだろおおおぉ!」

『……しょうがねぇなぁ。裏山なら、お社あるだろ。神様の社』

「今そのお社の前にいるよ!」

「よし。そこのお社にあるもんなら、何でも霊力が強いはずだから、適当に投げ付けとけばどうにかなるんじゃね? ……あ』


弟の大ピンチに、兄ちゃんはとっても冷静……っていうか、投げやりだよなぁ!

そう文句言ってやろうとしたら、もう通話が切れてるじゃないか!

だから兄ちゃんはキライなんだ!

やっぱり、見直してなんかやるもんか!


「シツジ、あのバケモノが変な動きしないか、見張っててくれ」

「もうヘンに動いてますよぉ。足がワサワサワサワサしてます。何本あるか数えます?」

「数えなくていい! とにかく、こっちに飛びかかって来る感じがしたら、すぐ知らせるんだぞ!」


オレは意を決してバケモノに背中を向けると、お社の台座にしがみつくようにして立ち上がり、お社の正面に立つ。

お社の小さな扉はいつも閉まってて、中を見た事はないんだけど、開けちゃダメだって言われた事は無い……はずだ。

普通なら、お札とか、神様の像とかが入ってると思うんだけど。


「神様ごめんなさい! 開きます! 中のものも借ります!」


そう全力で謝りながら、扉の前に置いていた水を台座の上へとおろし、ゆっくりと扉を開け……オレの頭は真っ白になった。


どういう事だよ兄ちゃん!

お社の中、からっぽじゃないか! 何も入ってないよ!

ここは一体何をまつってるお社で、オレは毎日、何のお水を替えてたんだよ!


……これって、いよいよ絶体絶命ってやつじゃないかな!?


「ねぇねぇ、ご主人ご主人」

「なんだよシツジ。尻をたたくな!」

「バケモノ、すぐうしろに来てますけど」


バカみたいにのんびりとしたシツジのセリフに、あわてて振り返ってみると……目と鼻の先に、刃物みたいにとがった歯だらけの、バケモノの口があるじゃないか!


「うわあああああああああ! もっと早く教えてくれよシツジ!」

「だって、ここまで来るとは思わなかったんですもん!」


どうやらバケモノは、バケモノなりにがんばって、限界ギリギリまで近付いてきたらしい。

ヨダレみたいなのをダラダラと垂らしながら、カチっ、カチッって歯を鳴らしてる。

あんなのに、かみ付かれたら、かすりキズどころじゃすまないぞ!


オレはとにかくバケモノからはなれようと、まずはシツジを背中に隠そうと……したんだけど。


「こっ、コノヤロ、コノヤロ! ご主人に何するんですかぁ!」


何を思ったのか、シツジは突然、バケモノの前へと飛び出す。

そしていつものように、短い腕をふりまわしてバケモノにいどみかかろうとしたんだ。

ただしすぐに、ガーッ、とバケモノに威嚇いかくされちゃって、あわててオレのうしろへと逃げこんじゃったんだけど。

……それでもさぁ。


「シツジ……お前、今」


こいつ、今、オレを守ろうとしてくれたのかな?

一瞬で終わっちゃったけど……一瞬だけでも、そうしようとしてくれたのかな?


「ふざけるなー、バケモノめ! ご主人はマヌケの腰ヌケなんだからなー! ご主人に乱暴すると、ボク……じゃなくて、フブキ様がゆるさないぞー!」


……いや。

別にそういうわけじゃないのかもしれない……って、そんな事考えてるヒマはない!


「神様神様神様、本当にこのお社にいらっしゃるなら、このバケモノをどうにかして下さい! 早くなんとかしてください!」


オレがデタラメにお願いしてる間にも、キノコはいったんオレたちからはなれると、ふわりと上へと浮き上がる。

あきらめたのかな?

そのままどっか行くのかな?

……ってのは、さすがに甘い考えだった。


「ギシェエエエエエエゾワォオオオオ!」


体を大きくふるわせたバケモノは、いままで一番、不気味な叫び声をあげると、すさまじい速さでオレとシツジ目がけて突撃してきたんだ!

……も、もう、ここまでか……!



「うああああああああああああああ……ああああ、ああ……あ?」



───いつまでたっても何も起こらず、オレはおそるおそる目を開ける。


あ、あれ?

何も見えない……もしかしてオレ、あの世に行っちゃったの……って、ちがう!

シツジがまた顔にくっついてるんだ!


オレは急いで顔の前にくっついていたシツジを引きはがし、やけに静かになった辺りを見回す。

……そして、とんでもないものを発見してしまった。


「ギヤヒイイイィイイイイ!」


すぐ側に、お社に頭を突っ込んでもがいている、キノコのバケモノがいたんだ。


「な……何が、どうなったんだ?」


バケモノは不気味な声でわめき散らしながら、虫みたいな足をワサワサさせて暴れてる。

もしかしてこれって、抜けなくなってるって事?


おっと、ぼーっと見てる場合じゃあない。

どう見てもお社の入口よりバケモノの方が大きいんだから、このままだとお社の方が壊れちゃう!

なんせお社はすごく古くて、木で出来てるんだから。木造建築ってやつだ。


「アヒャヒャヒャ! コイツ、バカですねー。抜けなくなったみたいですよー!」


どうすればいいんだとオレが悩んでるのに、シツジときたら、ぱちぱちと手をたたきながら笑ってやがる。

転んだ男の子をバカにした時と同じように喜んでるようすを見て、つくづくコイツはオバケなんだな、と思ってしまった。


「どうしますぅ? 引っこ抜いちゃいますか?」

「は? なんでだよ!」

「だってこのままだと、このオンボロ小屋をこわしちゃいますよ?」

「お社に向かってオンボロ小屋ってなんだよ! お前、いい加減にしないと本当にバチが当たるぞ!」


……でも、確かにシツジの言うとおりだ。

あ、オンボロ小屋じゃなくって、このままだとお社がこわれそう、ってところがですよ?

もしお社がこわれちゃったら、キノコが解放されちゃうだけじゃなくって、その他のオバケたちまで集まって来たりするかもしれない!


それだけは何としても阻止しなきゃ、と、お社に割れ目が入ったりしてないかどうかを確認しようとして……気が付いちゃった。

これだけバケモノがもがいて暴れてるんだから、普通だったら、ミシミシとかメキメキとか、お社が壊れる音がしそうなもんなんだけど……全っ然、そんな様子がないぞ?


「ズゴォオオオオオ」


そうしてる間にも、また、ズズズとお社にバケモノの体が吸いこまれてく。

外に出てるのは、体の残り3分の1ぐらいと、気持ちの悪い虫みたいな足だけになってた。


……どんな仕組みになってるかは解らないけど……解らないけど!

これってやっぱり!


「シツジ、手伝え! こいつをお社に押しこむぞ!」

「えっ? 入ると思ってるんです? ご主人! 頭だけじゃなくって目も悪いですか?」

「いいからやれって! さもないと、お前もコイツといっしょに押しこむからな!」

「やりますやります、今すぐやりますよぉ! シツジがんばります!」


オレとシツジは、ぐいぐいと、バケモノの体をお社の中へと押しこみ始めた。

気持ちの悪い、虫みたいな足の先はするどくとがってるから、出来るだけさわらないように気を付ける。

……ところが、バケモノが抵抗する力のほうが強いのか、しばらくすると、それ以上押しこむことができなくなっちゃった。

何か引っかかってるような感じがして、よくよく調べてみたら……扉のヘリのところに短い手をついて、必死につっぱってるんだ! コイツ!


どうしよう。このままじゃ、本当にお社が壊れちゃうかもしれない……。

あせるあまり、あたふたとまわりを見回すことしか出来なくなっちゃってたオレの目に、あるものが飛び込んできた。


もう見なれちゃった、変な犬のイラスト。

……神様にお水をあげるための、器だ!


そう言えばさっき扉を開ける時、ジャマにならないように、台座の上に動かしたんだっけ!

これって神様への供え物だし、お水自体も神聖なものだってバァちゃん言ってたよね!?

それに、今日の朝にオレが替えたばっかりだから、そこそこキレイ……じゃないかな!


オレはすかさずその器を手にとると、中の水をぶちまけるつもりで、器ごと、バケモノへと投げ付けた!


「ウォオオオオーーーン!」


バケモノはライオンのマネみたいな鳴き声を上げると、全身から、モワモワとしたケムリを出し始める。

そして少しずつ、少しずつ、お社の中へと飲み込まれ始めた!


そう言えば、シツジが神様の水に入れちゃったキノコが、少しだけケムリを上げてたことがあったけど……あれって、バケモノが神様の水に反応してたからなんだ!

つまりは、きき目があったってことだな! よっしゃ!


「いまだ、シツジ! 全力で押しこめええええ!」

「ゼンリョクってなんですか、ご主人んんんんんん!?」


このかんじんな時に、力が抜けるようなこと言うなよ!

でも力はちゃんと入れてるみたいだから、もうそれでいいや!


「グォオオオオオオ……オオオオ……ォォォ」


最後の、最後。


オレたちを押し返していた力がすーっと無くなったかと思うと、ものすごいさけび声をあげながら、バケモノはお社の中へと吸いこまれていった……みたいだ。

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