裏山の神様
いつも通りに静かになったお社を、オレとシツジはしばらくの間、ぼーっとながめてた。
開けたままの扉が、優しい風にカタカタ揺らされる音で、はっ、とわれに返る。
「き、消えた……んだよな?」
「いない、いなーい!」
「そのあと『バァ!』って出てきたら困るから、やめろ」
シツジとそんなくだらないことを言い合いながら、ゆっくりとお社へと近付く。
そして開いたままの扉から中をのぞき込むと、あったはずの底の部分が無くなってて、真っ暗で何も見えない穴につながってた。
その、言葉に出来ない気持ち悪さに、体の奥からゾワっとして、オレは思わず体を引っこめる。
すると、オレと入れかわるようにして、シツジがお社の中をのぞきこんじゃった。
「わーお、本当にいなくなっちゃいましたね! 中もまっくらだぁ! でも、このオンボロ小屋、どうなって…………って、う、うわあああああ~!」
「シツジ!?」
シツジが悲鳴をあげたと同時、その小さい体がふわっと浮き上がったことに気付き、間一髪、オレはシツジの頭を両手でつかむ。
そうだった! うっかりしてた!
シツジもオバケだから吸いこまれちゃうんだ!
いや、待てよ。シツジって、しつける時に神様の力を借りたってバァちゃんが言ってたから、お社に近付くのは大丈夫のはずなんだけどな?
今までだって、何度も近付いてたもんな?
……ってことは、今、吸いこまれそうになってるのは、これまで色々と無礼をはたらいたからなのかな!?
いやいや、そんな事、今はどっちだっていいや!
オレはシツジの頭をしっかり両手でつかまえたまま、大声を張り上げた。
「お社の神様、もういいです! ありがとうございました! シツジはまた今度でいいです!」
「今度ってなんですか! うわーん、ボクのアタマがどんどんのびていくー!」
「シツジ、お前もあやまれ!」
「ボク何もしてないのに~!」
「バカ、吸いこむ力が強くなったぞ! 早く神様に謝れ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、なんかよくわからないけど、すみませんでした~! もうしません!」
シツジがヤケを起こしたように、そうさけんだとたん、お社はシツジを吸いこむのを止めたみたいだ。
なので当然、うしろに引っ張ってた勢いのまま、一人と一オバケは、地面へとひっくり返る。
いたたたたた、お尻、打った……。
「いだだだ……た……し、シツジ、大丈夫…………じゃないみたいだね」
一緒に地面に転がってたシツジを見た瞬間、オレは、シツジが無事ではすまなかったと気付いた。
だってシツジは……2倍ぐらい、背が……いや、頭が伸びちゃってたんだ。
これってやっぱり、オレが頭をつかんで引っ張ってたせいかなぁ……。
当のシツジは気を失っちゃったみたいで、何かムニャムニャ言いながら眠ってる。
オバケも気を失ったりするんだなぁ……。
オレがぼんやりと、シツジの長くなった頭をながめてた、その時。
「リョウちゃん!」
バタバタという足音と、ジィちゃんの声が聞こえてくる。
その声を聞いた瞬間、気が抜けちゃったオレは、その場に倒れそうになっちゃった。
……寸前でこらえたけどね、かっこ悪いから。
「リョウちゃんもっ、シツジちゃんもっ、無事だったんだね!」
そう叫びながら、息を切らして坂道を駆け上ってきたのは、やっぱりジィちゃんだった。
……なに、そのすごい格好!
全身真っ白で、なんか時代劇とかで見たことあるような、修行する人の着物みたいなの着てるよね!?
朝、病院に出かける時は普通の服着てたから……ジィちゃん、まさか、わざわざそれに着替えてきたの?
「病院から戻ったら、庭にジュースとかタマネギとかソーメンの箱とか落ちてるわ、裏山の様子が変だわで。何かあったなって思って大慌ててで準備してたら、アキちゃんが知らせに来てくれたんだ。まさかリョウちゃん達が調べに行ってくれてるだなんて、思わなかったよ」
ジィちゃんはそう言いながら、オレの体を両手でつかんで立たせてくれる。
でも、腰が抜けちゃってうまく立ち上がれず、ジィちゃんにしがみつく格好になっちゃった。
これはちょっと恥ずかしい……。
「ジ、ジィちゃん、バケモノ、キノコの形したバケモノが……」
「うんうん、アキちゃんから聞いたよ。……でも、今は姿が見えないし気配もないけど、どうなったんだい?」
「お社に、吸いこまれちゃった。……掃除機みたいに、ずずずずって」
「お社に吸いこまれた……そうか」
「そのあと、シツジも、吸いこまれそうに、なったんだけど、ギリギリ、セーフだった。……本人は、あんなに、なっちゃったけど」
オレが地面に転がってるシツジを指さすと、ジィちゃんはぼそりと「うわぁ、長い」と呟く。
でもその後、コホン、と小さく咳払いをした。
「もう大丈夫だよ、リョウちゃん」
ジィちゃんが改めてそう言ってくれたとたん、オレの体は、またしても力が抜けちゃった。
少しだけ苦しかった息も、元通りになってく。
「お山の神様が、リョウちゃん達を守ってくれたんだねぇ。リョウちゃんが毎日お水替えをしてくれてたからかな」
「お山? 山って……この裏山のこと?」
「そうだよ。このお社でまつってる神様は、この山そのものなんだ」
「だから、お社の中にはおフダとか、何も無かったの?」
「そう。眠田のご先祖様がそんな風に作ったんだろうねぇ」
そうだったんだ……。
特別な神様じゃなくって、この裏山自体が、まつられてたんだなぁ。
オレはすっかり静かになったお社を、しみじみと振り返り……ふと考えた。
そう言えば、吸いこまれたキノコのバケモノは、どこに行ったんだろ?
まさか、あの台座の内側に閉じ込められてるのかな?
「あのさジィちゃん、さっきはお社の中に、穴が空いてたんだけど」
いつの間に、お社の扉は元通りに閉じてる。
オレはもう一回、そーっと扉を開けてみて……おどろいた。
お社の中は、やっぱり何も無かったんだ。
バケモノが吸いこまれた穴も、きれいさっぱり無くなってるじゃないか。
「あ、あれ? 確かにさっきはここに穴が……」
必死になってお社の中をのぞき込んでると、ジィちゃんから、ぽん、と肩を叩かれる。
そしてジィちゃんは、そっとお社の扉を閉めてしまった。
「もう大丈夫って、山の神様がおっしゃってるんだよ。あのバケモノは、このお山で眠ってたんだろう? だからまた、お山のどこかで眠りについたんだ」
そう言いながらニコニコと笑ったジィちゃんは、オレの手をしっかり握りしめる。
いくら危ない目にあったからって、小さい子じゃないんだから、手をつなぐのはさすがに恥ずかしいんだけどなぁ……って、ちょっと待て。
今、ジィちゃん、何て言った?
「ジィちゃん、キノコのバケモノがこの山に眠ってたってこと、知ってたの……?」
「えっ。……あー、その、アキちゃんがね、教えてくれたんだよ。リョウちゃんから聞いた、って言って」
ジィちゃんはそう答えながら、よいしょと体を曲げると、気を失ったままのシツジを抱き上げる。
オレはその様子をながめながら、言うなら今しかない、と、口を開いた。
「バケモノの岩のこと、黙っててごめんなさい。すぐにジィちゃん達に話しとけば、こんな事にはならなかったんだよね? ……オレ、オバケが見えるようになったからって、少し浮かれてたのかも」
ジィちゃんの顔を見ることが出来なくって、オレは地面を見たまま、ボソボソと言う。
本当はもっとちゃんと、しっかりジィちゃんの顔を見て、謝らなきゃならないのに。
「うん、そうかもしれないねぇ。……でもね。ジィちゃんはリョウちゃんとアキちゃん、それにシツジちゃんが無事に帰って来てくれたから、もうそれで十分だと思ってるんだよ」
そう言いながらジィちゃんは、つないだままだったオレの手を、ゆっくり優しく引っ張った。
「でも、リョウちゃんがきちんと謝りたいって言うんなら、まずは家に戻って、おバァちゃんがいる時にしよう。おバァちゃんもアキちゃんも心配してるからね」
「さぁ行こうか」って言ったジィちゃんの手を、オレはぐっと握り返した。
家に戻るまでだったら……こうして手をつなぐのも、たまにはいいかもしれないって思ったんだ。
「そうだリョウちゃん、お昼遅くなっててお腹減ってるでしょ? ジィちゃん、帰ったらすぐにソーメンゆでてあげるからね! 楽しみにしててね!」
ざ、ざ、と坂道を下りながらそんなことを言い出したジィちゃんに、オレの足は思わず止まる。
「どうしたの、リョウちゃん。どこか痛い?」
ジィちゃんはいつも優しい。
優しくて、オレたちをすごーく甘やかすから良くない……って、お母さんがいつも怒ってる。
だからオレは、ジィちゃんがお母さんに怒られないようにするためにも、なるべくジィちゃんに甘えないようにしなきゃいけないんだけど……けど。
男には、時としてゆずれないことがあるって、どこかで聞いた。
「ジィちゃん。オレ、昼ご飯はソーメン以外のを、食べたい、です」
勇気をふりしぼり、オレはジィちゃんの優しさに逆らってしまった。
「───そうかぁ」
ジィちゃんはそう呟いて、ちょっとだけ……いや、かなり、ションボリしちゃったのだった。
ごめんねジィちゃん。
毎日ソーメンはちょっとつかれたんだ。
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