五日目 7月31日 その3
やっぱりシツジのせい
バケモノが眠りから覚めたのは、やっぱりシツジのせいだったらしい。
「そりゃあ、眠ってるのを無理矢理起こしたからだろうねぇ」
ジィちゃんちの座敷で、バァちゃんはオレの手に包帯をグルグル巻きながら、あきれたようにそう言った。
その横ではアキちゃんが、包帯を切るハサミを持って座ってる。
結局、オレのケガはただのかすりキズで、ちっとも大したことはなかった。
ただちょっと、範囲が広い……とういか長いだけ。
念のために消毒して、キズ薬をぬるだけでも十分だから、包帯は大げさじゃないかなぁと思うんだけど……。
『バケモノにつけられた傷を甘くみちゃダメなんだよ』
そんな風に言ってきかないバァちゃんは、なんのかんの言って、ちょっとオレにカホゴってやつかもしれない。
兄ちゃんにはめちゃくちゃ厳しいのになぁ。
やっぱりオレは弱っちいって思われてるんだろうか。
「どうせその米粒の事だ、大騒ぎしながらキノコを千切ってたんだろうよ」
バァちゃんは、タタミの上をフラフラ歩き回ってるシツジを、ちらりと見ながら、そう言った。
そう言えば、初めて会った時も、大笑いしながらキノコ投げて暴れてたっけ、コイツ。
今は「アタマが長くて歩きにくいですー」ってわんわん泣いてて、それはそれでうるさいけど。
「じゃあ、追いかけられてたのはオレじゃなくて、シツジってこと?」
「いいや、涼も狙われてたんじゃないかねぇ」
「えっ、なんで! オレは何もしてないのに!」
「何もしてなくたって、シツジがお前と一緒にいたからだろうよ。たぶん、シツジの主人と思われてたんじゃないかい? 涼がシツジに命令して、眠ってた塚を荒らさせたって、かんちがいしてたのかもしれないねぇ」
今度はアキちゃんもシツジの方をチラリと見て、「やっぱり」とつぶやく。
頭が長くなったせいで、うまくバランスをとれないでいるシツジは、ヨロヨロしながらオレたちの方を振り返ると……けっきょくは転んじゃった。あーあ。
「だって、ご主人はホントにボクのご主人ですもん! ねー、ご主人?」
「ねー、じゃないだろ。お前が裏山でキノコ投げつけてきた時は、まだそうじゃなかっただろうが」
「……でも、そのおかげで、私は逃げる時も、追いかけられずにすんだのね」
アキちゃんは何度もうなずきながら、しみじみとそう言った。
「じゃあ、もし、シツジがアキちゃんと一緒に逃げてたら……」
「当然、アキの方を追いかけただろうね。米粒が涼にべったりで良かったよ」
「ちっ、おしいことしましたね……って、いたたたたっ! いたーい!」
シツジはアキちゃんから、長くなってる頭を、むんずとつかまれ引っ張られてる。
いちいち余計なこと言うからだよ……。
「しかしね、涼。全部が全部シツジのせいってワケでも、ないんだからね」
「どういうこと?」
「アンタを無駄にこわがらせる事もないと思ってたから、ジィさんと話し合って、今はまだ言わないことにしてたんだがね。……アンタは、私らや麗一郎とはまたちがって、オバケを引き寄せやすいみたいなんだ」
「ひ、引き寄せる……って?」
「良く言えば、オバケに好かれやすい……なつかれやすいってことさ。特にそこの米粒ぐらいにバカなヤツにね。だから、これからは気を付けるんだよ」
「バカって言うほうがバカなんですよ! フブキ様のバーカ……って、だから頭はつかまないでぇ!」
自業自得なシツジのことはともかく……気を付けろって、何それ。
そんなの、どう気を付けろっていうのさ。
それに……『良く言えば』ってことは。
「じゃあさ、『悪く言えば』?」
「タチの悪い……それこそ今日のバケモノみたいなヤツに、目を付けられることがある」
自分の孫のピンチだっていうのに、バァちゃんは普通の顔でそう答える。
あまりのことに、目を白黒させてると、アキちゃんが包帯を片付けながらこう言った。
「たまにいるのよ、そういうタイプの人。力があんまり強くない人に多いんだって」
「そうだね。アキのひぃ爺さんがそんな感じだったっけねぇ」
「はい。本人も気付かないうちに、山からたくさんオバケを連れて来た事があって大変だったって、婆ちゃんから聞いたことがあります」
「……あー、あったあった。あの時は子供だった私も手伝わされたわ。そこのシツジみたいなヤツがゴロゴロいて、大騒動だったんだよ。たしか百匹はいたんじゃなかったか」
「百匹……それって悪夢だわ」
なんか、おそろしい話をしてる……。
シツジみたいなのが百匹もいたら、家の中がめちゃくちゃになりそうだ。
お手伝いの、失敗で。
「でも、オレがそんなタイプってことはさ! もしかして、シツジがオレについてきちゃったのも、それが原因だったりするの?」
「そうだろうよ。ついでに言うと、キノコのバケモノとやらが目覚めたのも、アンタに引き寄せられたからかもしれない。シツジがイタズラして眠りをジャマされてたところに、涼が来たもんだから……」
「フラっと、起き上がっちゃったのね」
澄ました顔でアキちゃんとバァちゃんはそう言うけど、オレにとってはそれどころじゃないぞ!
「ひええええええ! 何だよそれ!」
「まぁ、今回は、そのケガもふくめて勉強料だと思いな」
「勉強料? 何の?」
一体何のことかわからなくって、オレはそう聞き返す。
すると、バァちゃんの目玉がギロリとオレをにらみつけた。
こ、これって、バァちゃんの雷が落ちる前ぶれだ……!
「何のって、何だい! バァちゃんの言い付けを守らなかった上、隠し事までしてたそうじゃないか!」
「ごごごご、ごめんなさいぃいい! 後から、ちゃんと謝るつもりだったんだよぉおおお!」
バァちゃんははっきりとは言わなかったけど、まちがいなく、オレが神様の山道から外れて雑木林に入っちゃったうえ、キノコのバケモノの岩のことを隠してたことを言ってるんだ……。
シツジがバァちゃんに話すとは思えないから、たぶん、ジィちゃんかアキちゃんから、話を聞いたんだろう。
チロリとアキちゃんへと視線を向けると、アキちゃんはふい、と目をそらしちゃった。
……これは、アキちゃんだな。
別に、告げ口されたとは思ってないけど……ちょっとだけうらむぞ、アキちゃん。
「まぁ、バァちゃんたちにも責任があるから、今回は大目に見てやるがね」
「責任って、どうして?」
「裏の山を管理するのは眠田の仕事だからね。あのバケモノの岩のことも、あるのは分かってたんだが、お社の近くにあるし、これまではとくに異常がなかったもんだから、ほっといたんだよ。まさか涼が見えるようになった上、引き寄せるようになるなんて考えもしてなかったから」
「そ、そうかぁ……」
「でも、山道を外れて雑木林に入ったことは怒ってるんだからね。……この際だから言っておくけど、裏山には、他にもバケモノが眠ってる場所がいくつもある。だから不用意に奥に入っちゃダメなんだよ」
「いくつも……? あんなバケモノが?」
「そうさ。今回だって一歩間違えば、キノコのバケモノとやらに取りつかれるところだったんだ。とりつかれるのは、あの米粒からだけで十分だろう?」
バァちゃんはそう言うと、頭をフスマにあずけて一休みしているシツジを指さした。
───え? え?
とり、つかれる?
「ちょっと待ってバァちゃん! オレってシツジにとりつかれてるの!?」
驚くあまり、バアちゃんの方に身を乗り出しすぎたオレは、そのまま前へと倒れこみそうになる。
するとアキちゃんが、シャツの後ろエリをぐいっと引っ張ってくれた。
ぐぇっとなったけど、おかげさまでタタミにぶつからずにすみました。ありがとう。
「どう見てもそうでしょ。アンタが見えない間だって、ずーっと一緒にいて離れなかったんだから」
いまだにオレの後ろエリをつかんだまま、アキちゃんはケロっとした顔で言う。
ア、アキちゃんもそう思ってたの?
そういう大事なことは早く教えてよ……って、キノコの岩のことだまってたオレが言っちゃダメかぁ。
「まぁ、そこまで気にすることじゃあない。この辺じゃあよくある話だ。むしろ、あれだけ裏山に出入りしてたのに、シツジ1匹ですんでて良かったと思いな」
えええええ……。
オレ、明日っから水替えに行くのヤだな。
口に出したら絶対にバァちゃんに怒られるから、オレは心の中でそうつぶやいた。
……なのに。
「涼、明日っから水替えに行かない、とか言わないだろうね?」
「えっ、あははは、やだなぁ。そんなわけないじゃん」
だからなんでバァちゃんは、オレの考えてることお見通しなんだろうね!
なんとかごまかそうとヘラヘラっと笑っていると、やけに元気良くジィちゃんがやってきた。
「みんなー、遅くなっちゃったけど、お昼ご飯出来たよ! お腹減ってるでしょ? 冷やし中華にしてみたんだけど……アキちゃんも食べていくよね? おうちには連絡しとくから」
「ありがとうございます。頂いていきます」
「うんうん。あ、でも、もしソーメンが食べたかったら言ってね。すぐにゆでて……」
「冷やし中華が大好きなので、それで十分です」
アキちゃんって、やっぱり容赦ないな……。
オレだけじゃなくてアキちゃんにも断られたジィちゃんの背中は、ちょっとどころじゃなく、かわいそうだった。
───ちなみに、アキちゃんのジィちゃんも大のソーメン好きだと発覚したのは、また別のお話。
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