夜の曲がり角にて

結局、アキちゃんは晩ご飯の時間までうちで過ごした。

何も言わなかったけど、オレの心配をしてくれてたみたい。


太陽がかたむき始めるころまでは、二人だけで裏山に行っちゃったことを、バァちゃんからやんわりと叱られたり、アキちゃんから宿題を見てもらったり、二人+一オバケで昼寝をしたり、シツジの頭がもとにもどらないか色々試してみたり……と、すごく楽しい時間だった。


ちなみに、シツジの頭は戻らないどころか余計に伸びちゃったんだけど、シツジは気付いてないからセーフだ。


晩ご飯の時も、それはもうにぎやかだった。

別に大騒ぎしたってわけじゃないけど、みんなで色々話しながら食べると、いつも以上に楽しい。

いつもは、おしゃべりしながらご飯食べるとバァちゃんが怒るんだけど、今日はアキちゃんもいっしょだからか、大目に見てくれた。

ちなみに、晩ご飯はバァちゃん得意の野菜カレーでした。

今度はちゃんと、バァちゃん育てたナスビが入ってた。


カレーのおかわりを食べてる時に聞いちゃったんだけど、実は、オレたちが昼寝をしてるあいだ、ジィちゃんはもう一回裏山に行ってみたらしい。

キノコのバケモノが眠ってた場所を、確認してきたんだって。


ジィちゃんによれば、やっぱりあのバケモノは、そこに封印されてたキノコだった。

ただ、ジィちゃんが見に行った時には、地面が大きくえぐれて穴が空き、オレとシツジが見た岩も、吹き飛んで無くなってたみたい。

眠りから覚めた時に、まわりのものを、ふっ飛ばしたんだろうなぁ。


シツジが取りまくり、投げまくったキノコについては、バケモノの悪い気が形になって地上に生えて来てたものだから、土の中にバケモノがいなくなった今、もう生えることはないそうなんだけど……それを聞いたシツジが、えらく落ち込んじゃった。

知らなかったとは言え。邪悪なキノコを投げてた事にショックを受けたのかなって思ったら……単に、「もう投げて遊べないのがざんねん」だってさ。

……同情してソンした。



晩ご飯の後片付けを手伝ったら、いよいよアキちゃんが帰る時間。

そこでオレは、アキちゃんを家まで送っていくことに決めた。

空はうっすらと夕焼けが残ってるけど、もうすぐ真っ暗になる。


そんな中、女の子を一人で帰らせるのは男としてどうかな!

いや、アキちゃんの方がぜったいオレより強いんだけどさ!


オレがアキちゃんの後を追って玄関から出ると、アキちゃんはちょっとだけ困ったような顔をした。


「別にいいよ。家、すぐそこだし。部活や塾で、夜に家に帰るのもなれてるし」

「いいんだよ。食後の散歩のついでだもん。……アキちゃん、塾に行ってるんだ?」

「まぁね。あんたは?」

「算数がアブナイから、行ったほうがよくないかって、お父さんに言われました。でも中学生になってからでいいと思います」


そんなことを話しながら、二人並んで門へと向かう。

後ろの方でジィちゃんが「気を付けてねー」と手を振ってたから、こっちも振り返した。


……実は、アキちゃんを送ろうと思ったのには、別に理由がありまして。

今日、アキちゃんには色々助けてもらったから、改めてお礼を言いたいんけど……ジィちゃんバァちゃんの前だと、かなりはずかしい。

だから、帰り道でお礼を言う事にしたんだ。


アキちゃんを送った帰りはオレ一人になっちゃうけど、懐中電灯もスマホもあるから大丈夫。

一応シツジもいるけど…………でも、こいつは戦力外かな?

なんせ、泣きつかれて、オレの頭の上で眠っちゃってるんだもん。

それでもオレについて来ちゃったんだから……これが、取りつかれてるって事なんだろうか。


門を出て、駅へと続いてる道を、最初の曲がり角までまっすぐ歩く。

どうしてなんだろう、二人共何もしゃべらなくなっちゃって、足音と、虫の音だけが聞こえてた。

人どころか車一台通ってない。

ほんと、田舎の夜は静かだなぁ。


「あ、あのね、アキちゃん」


このままだと、本当に何も話さないまま、アキちゃんの家に到着しちゃう。

それだけはイヤだったから、オレは思い切って話しかけた。

何から言っていいのか悩むけど……まずは、今日のお礼からにしよう。


「今日はホントにありがとう。アキちゃんがいなかったらオレ、どうしていいかわかんなくて、あいつにやられてたかもしれない」

「何言ってんだか。やっつけたのはアンタ一人じゃない」

「ううん。やっつけてくれたのは、山の神様だから」


オレはお社の扉を開けただけだし、と付け足すと、アキちゃんは「そういえばそうか」と笑う。

でも、すぐにその笑顔をひっこめて、マジメな声になっちゃった。


「そう言えばアンタ、また、オバケが見えるようになっちゃったね」

「うん」

「見えるようになったのは仕方ないけど……これで良かったの?」

「良かったの、って?」

「アンタが見えなくなった理由って、シツジの……オバケのイヤなとこを見たり、知ってしまったからってのもあるでしょ? でも、見えるようになっちゃったら、また、見たくないものを見なきゃいけなくなるかも……いや、絶対見ることになると思う」


いつも以上に力強いアキちゃんの言葉に、なるほど、とオレはちょっと感心してしまった。

自分のことなのに、そこまでは考えてなかったや……。

やっぱりアキちゃんはすごい。


「それはちょっとイヤだけど……まぁ、見えるようになっちゃったのは仕方ないし。それに」

「……それに?」

「オレね。正直に言うと、見えなくなってた時、なんかさみしかったんだ。ジィちゃんもバァちゃんもアキちゃんも、シツジが見えてお喋りしてるのに、オレだけ見えなくなってさ。……それまでは見えてないのが普通だったのに、不思議だよね」


アキちゃんが相手だからかな、誰にも言うつもりがなかった言葉がボロボロっと出る。

でも、どうしてか、恥ずかしいとは思わなかった。

アキちゃんは黙ってオレの話を聞いてくれていたけど……しばらくして、小さな声でこう言った。


「でも、ちゃんと覚えといてね。見えるのって、楽しいことばっかりじゃないのよ」


……たぶん、アキちゃんはイヤな思いをしたことがあるんだろう。

そして、何も言わないけど、兄ちゃんだってあるんじゃないかな。


でもね。

つらい事ばっかりじゃないってことも、オレは知ったんだ。


「そう言えば……アキちゃんが助けを呼びに行ってくれた後、オレ、ちょっといいもの見たんだよ」

「いいものって、何? あんな非常事態で?」

「うん。シツジがオレを、バケモノから守ろうとしてくれたんだ!」


そう、わざと明るく言うと、アキちゃんは心の底からビックリしたらしく、目を真ん丸にする。

ちょっと大げさじゃないかな、って思うぐらいに。


「まぁ、それもほんの一瞬だけで、すぐオレの後ろに隠れちゃったんだけどね」

「……そんなこったろうと思ったわ。びっくりして損した」

「でも、ちょっと……いや、かなり嬉しかったんだよ? それでも!」


たとえオバケの気まぐれだったとしても、オレにはそれで十分だったんだ。


「だからオレ、オバケと……ってのはムリだけど、シツジとなら友達になりたいかも、しれない」

「なによ。そこは『なりたい』って、ハッキリ言い切りなさい!」


オレがハッキリと言わなかったせいで、アキちゃんから、ぺしっと背中を叩かれてしまった。

でも、きっぱり言いきれるほどには、まだカクゴが出来てないんだよなぁ……。

だって、シツジと友達ですよ? シツジと。


「ま、そういうのも良いんじゃない? アンタはオバケになつかれるタイプなんだし、私よりかは上手くやれるかも」

「……なつかれるのは、シツジ一匹で十分なんだけど」


これ以上ヘンなのを家に連れて来たら、バァちゃんが怒っちゃうだろうなぁ。

それともまた、召使いにするため、シツジみたいにしつけようとするのだろうか?


どちらにしろ、想像するだけで、頭の横っちょのほうが痛くなりそう。

別に痛くもなんともない、左のこめかみのあたりを手でさすりながら、アキちゃんの家の方へと続く曲がり角を曲がろうとした、その時。



「なんだぁ、どっかで見たヤツだと思ったら、涼じゃん。元気だったか?」



曲がり角の所に立っている街灯の下に。

今は、いや、出来ればしばらく会いたくなかったヤツ……オレの兄ちゃんともいう……が、立ってたんだ。

街灯はそんなに明るくないから、その顔ははっきりとは見えないけど……声を聞いただけですぐにわかっちゃうのが、めちゃくちゃ悔しいぜ。ちくしょう。

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