モヤモヤした話

お昼ご飯が終わると、オレのお腹はソーメンでたぽたぽになってた。お、重い……。

お店を出たあと、遊歩道にあったベンチに座ってジィちゃんと一休みしていると、ジィちゃんのスマホにバァちゃんから電話がかかってきた。

まさかぎっくり腰が悪化したんじゃ、と心配になったけど、ちがうみたいで一安心。

でも、ジィちゃんは今すぐ行かなきゃいけない所が出来ちゃったみたいで、今日の川遊びはおしまいになってしまった。


ジィちゃんは家まで送ると言ってくれたけど、すごく急いでるみたいだったから、駅前で車から下ろしてもらう。

ここからなら、一人でもジィちゃんちに帰れるしね。


「はぁー、いいお湯でしたねー」


駅前で車を降りて、ジィちゃんを見送っていると、シツジがうっとりとそんな事を言う。

コイツがつかってたのはお湯じゃなくって、ただの水たまりだったはずなんだけど……オバケの好みはよくわからん。


それにしても、全力で泳いで、ソーメンをたらふく食べたからか、今日はすごく疲れた。

ジィちゃんちに帰ったら、少しだけ昼寝させてもらおうっと。




駅前からジィちゃんちまでは、そう遠くはない。

だけど、シツジと話しながら帰ると、他の人にはひとり言を言ってるみたいに見えちゃいそうだから、オレは出来るだけ口を開かず、近くに誰もいない時だけ「うん」とか「へぇ」とか、返事をする。

それでもシツジは特に気にしてなくて、一人でベラベラしゃべってるから、気が楽だった。


駅前を出発してしばらくは、田んぼぞいの道が続く。

その道をひたすら歩き、あともう少しでジィちゃんの家が見えてくる、という所まで来た時、五才ぐらいの、小さな男の子とすれちがった。

虫取りアミを持ったその子は、キョロキョロとまわりを見回しながら、歩いてる。

田んぼのあたりにはトンボがたくさん飛んでるから、それを捕まえようとしてるんだと思うんだけど、まっすぐ前を見てないから、ちょっとあぶないかも……って、ほら!

やっぱり転んじゃった!


「わわわっ、だいじょうぶ?」


オレはあわてて男の子にかけよると、地面にたおれていた体を起こしてあげる。

どこかケガをしてないか見てみたら、ヒザとヒジをちょっとだけすりむいちゃってて、うっすら血がにじんでた。

オレからすると大したケガじゃ無いんだけど、小さい子にとっては一大事だ。

でも、男の子は泣くのをぐっとこらえてるみたいで、オレはお兄ちゃん気分で、「えらいぞ」とほめてあげた。


……ところが。


「バーカ、バーカ! マヌケ!」


何を考えてるのか、シツジが男の子の上をグルグル回りながら、ひどい事を言い出したんだ!

こいつ、口が悪いにもほどがあるだろ!


「シツジ! 小さい子に向かって、そんな言い方はないだろ!」


オレは思わず、上を向いてシツジにさけんでしまった

シツジが見えていないし、声も聞こえてない男の子は、泣き出しそうだったのも忘れて、不思議そうに、オレのことを見てる。

シツジはそれを知ってるからからだろう、男の子に向かってベロベロバーなんてしやがって!


「えー! だって、ころぶ方がわるいんですもん! ドジドジー!」


またひどい事言いやがった!


「お前、後でお説教してやるから覚えてろよ! ……君、おうちはどこ?」


とりあえずシツジはムシする事にしたオレは、体をかがめて、男の子に質問する。

すると男の子は、不思議そうな顔のまま、ジィちゃんちのある方角を指さした。


「あそこの、あおいやねの、おうち」


ジィちゃんちのお向かいには、四、五軒の家が並んで建ってるんだけど、そのうちの一軒が、青い屋根だ。

すぐ近所で良かったなぁ、と安心しつつ、男の子をおんぶすると、家まで送っていってあげることにした。


男の子を背負い、虫取りアミを持って歩き出すと、上をぐるぐる飛んでるシツジが「田んぼに落としちゃいましょうよー」なんてことを言う。

さっきから、ひどい事ばっかり言うやつだなぁ。

男の子がいなかったら、この虫取りアミでシツジをつかまえて、そのまま田んぼにたたき落としてやりたい……って、それだと田んぼを荒らしちゃうからダメか。


シツジがこんな調子だと、この男の子のおうちの人がもし『見える人』だったら、イヤな思いをさせちゃうかもしれない。

オレがそんな心配をしていると、いつの間に、男の子が教えてくれた家へとたどり着いてしまってた。


「いいかシツジ、お前はそこで、だまって待ってろよ。一言もしゃべるんじゃないぞ! 笑ってもダメだからな!」


念に念をおして、そう命令しておくと、シツジは焼けたモチみたいにほっぺをふくらませ「わっかりましたよー」と答える。

それをしっかりと確認してから、玄関のチャイムを押すと、すぐに男の子のお母さんが出て来た。


男の子のお母さんは、男の子がケガをしていることに驚いていたけれど、家まで送ってくれたお礼にと、冷たいオレンジジュースをくれた。

それどころか、オレが「お向かいの眠田さんのお孫さん」だと知ると、ジィちゃんとバァちゃんの分だと、もう二本ジュースを追加してくれたんだ。

なんでも、バァちゃんとジィちゃんが、男の子にいつもお菓子やジュースをあげてるらしい。

それがなんだか嬉しいやら、もうしわけないやらだった。




そのあと、男の子の家からジィちゃんちまでの帰り道、オレはシツジと一言も口をきかなかった。

いや、相変わらずシツジはべらべらっとしゃべってたんだけど、オレが一切返事をしてやらなかったんだ。

ジィちゃんちの玄関に着いた時、その事にやっと気付いたらしいシツジは、オレの顔の真ん前にぶわぶわと浮かびながら、口をとがらせた。


「ご主人、なんで怒ってるんですかー?」

「べつに怒ってないですよー」


ついつい、シツジの口マネをしちゃった。


「えー、ホントですかぁ?」

「ホントだってばぁ」


本当に、怒ってはない。

怒ってはないけど、なーんかモヤモヤするんだよね。

正直に言うと、ちょっと今は、シツジの顔を見たくない気分。


だって普通だったら、小さな子が転んでケガしてるのに、あんな風にバカにしたりはしないだろ?

そう言えば、オレと初めて会った時も、シツジの奴、キノコですべって転びそうになったオレを見て、大笑いしてたっけ……。


(───やっぱり、オバケはオバケなのかなぁ)


まさか、アキちゃんが言ってた「オバケはオバケ」って言葉の意味を、こんな形で実感するなんて思わなかった。




玄関で出迎えてくれたバァちゃんに「ただいま」を言った後、オレは座敷のど真ん中にごろんと寝転がる。

今日はバァちゃんが冷房をいれてくれてて、ひんやりしたタタミがとても気持ちいい。

さっきのシツジのことをバァちゃんに話そうかとも思ったけど、怒ったバァちゃんが、シツジを消しちゃうかもしれない。

それはさすがにイヤだったから、話すのはやめておくことにした。


「シツジと、友達ねぇ……」


ジィちゃんが言ってたみたいに、オバケとも友達になれるのかなって……ほんのちょっとだけ期待してたけど、そういうのって、やっぱりマンガの中だけで、無理なんだろうなぁ。

ジィちゃんも、最初っからオバケと友達になろうと思うのはよくない、って言ってたもんね。


そんなことをあれこれと考えてたら、なんかひどく心がモヤモヤしてきて、昼寝どころじゃなくなってしまった。

目がばっちり開いて、全然閉じてくれない。

無理矢理閉じても、あちこちからモヤモヤが出て来て、オレのまぶたをこじ開けていくんだ。


仕方がないので、宿題をやったり、テレビを見たりしてみたけど、ず~っとモヤモヤしたまま。

夜になってジィちゃんが帰って来て、晩ご飯を食べても、お風呂に入っても、モヤモヤは取れないままで、気が付いたら、もう寝る時間になっちゃってた。

気付かないフリしてテレビを見てたら、バァちゃんからテレビ消されちゃったよ……。


「オレはだんだん眠くなーる、眠くなる」


まるで自分にサイミン術をかけてるみたいに呟きながら、押し入れから三人分の布団を用意する。

バァちゃんちに泊まってる間は、オレが布団をしく係に任命されてるんだ。

こういう時、シツジは決まってジャマをしに来るんだけど、どういうわけか今日は来ない。


それどころか、辺りにシツジがいないことに、今ごろ気付いてしまった。

いつもはそのへんで大騒ぎしてるから、気にもしてなかったんだけど……そう言えば、今は近くにいないぞ?


「シツジー、もう寝るからなー!」


どこか家のすみっこにいるのかと思って、大きな声で呼んでみたけど、出て来ないし、返事もない。

さては、オレがちょっと怒ってるもんだから、いじけて隠れちゃったんだな。

……まぁいいや。どうせ明日になったらまた出て来るだろうしね。


ジィちゃんとバァちゃんにおやすみを言った後、飛び込むようにして、ふとんに寝転がる。

眠れなかったらどうしようって心配だったけど……電気を消して目をつむっていたら、いつの間にか寝ちゃってたのだった。

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