突然のお客さん

朝ご飯が終わったら、日課の(ジィちゃんちにいる間だけだけど)の宿題タイムだ。

今日はバァちゃんが座敷のとなりの部屋にいるから、いつも以上にマジメにやらないと、すぐにお説教の時間になっちゃう。

でも、そのお陰で今年は宿題が早く終わりそうだ。

それはちょっといい事かもしれない。

お盆の前に終わらせることが出来たら、あとは遊び放題じゃないか!


オレが座敷のテーブルの上にドリルやノートを目いっぱい広げていると、その辺で転がって遊んでいたシツジが、ゴロゴロ転がりながらこっちへと近付いてきた。

おうちゃくしてないで、起きて来いっての!


「ご主人は転がらないんです?」

「転がらないんです。今から宿題やるから、お前一人で転がってろ。静かに、だぞ」

「シュクダイってなんです? 悪いことですか? ハンザイシャですか?」

「ちがう! 夏休みが終わったら、学校に持って行って提出しなきゃならないもの!」

「ナツヤスミ? ガッコウ? テイシュツ?」


言葉の意味がよくわからないのか、シツジは目を丸くしたまま動かなくなる。

犯罪者とか、妙な言葉は知ってるくせに……バァちゃん、一体どうやって言葉を覚えさせたんだろ。

いくつかはテレビを見て覚えた、ってジィちゃんが言ってたけど、ドラマでも見せてたのかなぁ。


「ええと……簡単に言えば、オレのお仕事だよ」

「へぇー、すわって出来るなんて、ずいぶんと楽なお仕事ですねぇ-」


……あっ、頭にくるなコイツ!

楽だと思うんなら、自分もやってみろっていうんだ!


オバケ相手に、そんな事を考えちゃったせいなんだろうか。

シツジはテーブルの上に飛び乗ると、広げていたノートの上をのしのし歩き、オレがにぎってたエンピツを取ってしまった。


「何だかオモシロそうだから、ボクもやっていいですか?」


そう言うなり、ノートにグジグジと、変な落書きを始めたじゃないか。

待て待て待て! 漢字の書き取りが終わったページに書くなよ!


「バカバカ、やめろ! 落書き帳じゃないんだぞ! エンピツ返せ!」

「やなこったー!」


エンピツを持ったまま向こうへと転がっていこうとするシツジを押さえ付けると、手足をバタバタさせて暴れ出す。

それをもっと押さえ付け、エンピツを取り戻そうとするうち、わぁわぁと、とっくみあいのケンカみたいになってしまった。

……だから、こっちに近付いて来てるバァちゃんの足音なんて、気付くわけがなくってですね。


「何さわいでるんだい、お前達は。……ほら、お客さんだからちゃんとしな!」


不意打ちのように聞こえてきたバァちゃんの声に、オレとシツジは素早く起き上がると、ピシっとその場で並んで正座する。

そしておそるおそるバァちゃんの声がした方を見上げると……しかめ面をしたバァちゃんの隣に、見覚えのある、黒髪の女の子が立っていた。


昨日、おつかいに行った早田さん(だっけ)の所で会った、中学生の女の子だ。

今は制服は着てなくて、濃い青のTシャツに、膝ぐらいまでの白いズボンをはいてる。

こうしてみると、なんか男子みたい。

口に出したら絶対ににらまれるから、言えないけどね。


女の子は相変わらずニコリともしないまま、じぃ、とオレを見てるんだけど……ちょっと待て。

この子にシツジは見えてないんだから、今、オレが一人でタタミの上を転げ回ってるように見えてたんじゃないか!?

ぜったい変なやつって思われるじゃん! 超はずかしい!


顔と頭が熱くなるのを感じながら、なんて言い訳しようかあれこれ考えてると、女の子が、すっとオレのいる方を指差す。

ま、まさか「この人、気持ち悪い」とか言われるんだろうか……と思っていたら。


「おばさま、あの白いのが、さっきお話されてたオバケですか?」

「そうなんだよ。半日でしつけたから、いまいち使えないんだけどね。まぁ、人間の言葉をしゃべれるようにはしたし、孫の遊び相手にはちょうど良いよ」

「そうみたいですね」


女の子はこくりとうなずくと、また、こっちをじっと見た。

……も、もしかしてこの子、シツジが見えてるの?

まずはそれを確認してみようと決め、ゆっくり口を開こうとした、その時。


「おぅおぅおぅおぅ! お前ダレだ! 人を指さすとはいいドキョウだ!」


シツジがいきなり大声をあげたかと思うと、女の子の方へと、すごい勢いで飛んで行ったんだ。

あいつ、また体当たりする気だな!


「止めろシツジ! バァちゃん達、あぶないからよけて!」


オレはそう叫ぶのがせいいっぱいで、シツジをつかまえようとした手は届かない。

ところが、女の子は突っ込んできたシツジをよけようともせず……頭をガシっとわしづかみにすると、そのまま、ぺいっとタタミへと投げ付けてしまった。

うわ、やっぱりバァちゃんに似てる! ……いや、そうじゃやない。


この女の子、やっぱりシツジが見えてるんだ!


オレがビックリしてる間にも、タタミに投げすてられたシツジは、タタミの上をころころと転がると、またオレの側まで戻って来る。

ピクリとも動かないんだけど……生きてるのかな?

一方、バァちゃんは転がっていったシツジをジロリと見ると、いつもの様にため息を吐いた。


「涼、シツジは放っといていいから、ちょっとバァちゃんの話を聞きな。……あんたは昨日会ったみたいだけど、改めて紹介しとくよ。この子は早田さんのうちの娘さんで、亜綺あきちゃんっていうんだ。もう一回、ちゃんとあいさつしな」

「は、はいっ。ええと、眠田涼です。小学校、五年生です」


タタミに正座したまま深々と頭を下げると、バァちゃんはオレとアキちゃんとを交互に見ながら、こう言った。


「アキは中学一年生だから、あんたよりお姉さんだね。で、麗一郎と同じか」


兄ちゃんと同い年って聞いて、びっくりした。

だって兄ちゃんより全然、大人っぽいんだもん。

アキちゃん───いや、年上だからアキさん、の方がいいのかな───は、早田アキです、と、オレにぺこりと頭を下げてくれた。

昨日の態度とは大違いだ。


「さっきシツジをつかんでるところを見たから、もうわかってると思うけど、早田さんとこもウチと同じで『見える』家系でね。このアキもそうだから、色々と教えてもらうといいよ。……アンタの兄ちゃんは、アテにならないだろうしねぇ」


バァちゃんの言葉に、オレは思わず何度もうなずいた。

たしかに、兄ちゃんはアテにならない。

まったくアテにできない。


「じゃあ、アタシはお茶でもいれてこようかね。アキ、良かったらゆっくりしていきなさい。……シツジ、あんたはいつまでも寝てないで、お茶のしたくぐらいは手伝いな!」

「ええええええー!」

「おばさま、どうぞお構いなく」

「ほらほら、あのムスメもおかまいなくって言って……ぶぎゃっ! ご主人、たーすーけーてー!」


シツジはいつもの様にバァちゃんにわしづかみにされ、台所へと連れ去られてしまった。

悲鳴のような泣き声はしばらく続いてたけど、すぐに聞こえなくなる。

うるさいから、しばらく帰ってこなくていいぞ……なんて事を考えてたオレは、はた、と気付いてしまった。


バァちゃんとシツジがいなくなったって事は……今、この座敷には、オレとアキさんの二人きりってことじゃん!

どうしよどうしよ、お客さん……しかも中学生の女の子を相手にって、一体何を話せばいいの!?

マンガやテレビの話じゃダメだよね、やっぱり!


───シツジ、やっぱり早く帰って来い! いや、来て下さい! お願いします!

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