オバケはオバケ

バァちゃんとシツジがいなくなったとたん、座敷は急に静かになってしまった。

そこにアキさんと二人取り残されたオレは……正直、何を話していいか、わかりません!


テーブルの前で、何をどうしていいやらわからず、カチンコチンになっちゃってると、それまで座敷の入口に立ってたアキさんが、すーっと動き出した。

何をするのかと思いじっと見ていると、アキさんは、机の向こう側に回り、オレと向き合うように正座する。

そして、さっきと同じように、また、こちらのことをじーっと見つめてきた。


何か言いたいことがあるのかな、と、アキさんがしゃべるのを待ってみたけど……アキさんはいつまでも、オレを見るだけだ。

このままだと、ずっとにらめっこが続いてしまいそうだから、思いきって、こっちから話しかけてみることにした。


「あの、アキさんはバァちゃんに呼ばれたんですか? オレに色々教えるために?」


がんばって質問してはみたけれど……返事してくれなかったらどうしよう。

一瞬、そんな心配をしてしまったものの、それはすぐに解消された。

アキさんは、イヤな顔一つせず、答えてくれたんだ。


「いいえ、昨日あんたが持ってきた手紙の返事を持ってきただけ。朝からご迷惑じゃないかと思ったんだけど、うちの爺ちゃんがうるさくて。……そうしたら、おばさまが、あんたにアドバイスしてやってくれっておっしゃるから」

「そ、そうで、ござりましたか」


なんだか色々と申し訳ない気分になって、オレはぐぐぐと頭を下げる。

と、アキさんは静かに首を振った。


「敬語はやめて。すごくやりにくいから。それと、『アキ』でいいよ」


よかった。敬語はかなり苦手だから、それは助かる。

けど、年上の人を呼び捨てにするのは、ちょっと難しいかもなぁ。……だって。


「じゃあさ、『アキちゃん』でもいい? 年上の人を呼び捨てにしてると、バァちゃんがすごく怒るんだ」


オレがおそるおそる提案してみると、アキちゃんは目を真ん丸にして、おどろいたような顔をする。

でも、すぐに元にもどって、「まぁ、いいわ」とうなずいてくれた。

良かった。うちのバァちゃんは、どんなに仲が良い子が相手でも、絶対に呼び捨てにするなって言うんだ。

同い年の友達でもそうなんだから、相手が中学生だった日には、怒られるどころの騒ぎじゃなくなっちゃう。


アキちゃんが許可してくれたことに、オレがひそかに安心していると……


『うわーん、ちょっと味見しただけじゃないですかー!』


突然、台所の方から、シツジの悲鳴が聞こえてきた。

たぶん、いや、まちがいなく、お茶菓子をつまみ食いしようとしたにちがいないぞ。

お客さんの前で恥ずかしいヤツだなぁ、とオレが背中を丸めていると、アキちゃんは初めて、ほんのちょっとだけ、笑った。


「よくしゃべるのね、あの白いの」

「う、うん。バァちゃんにしつけられる前はバカみたいに笑ってて、すごくうるさかった。今もうるさいけど」

「……あいつ、裏山にいたヤツなんですって? あそこは低級なヤツが多いから、会話ができるようにしつけるのって、とても大変なのに」

「テイキュウ?」

「ええと、オバケとしての、力が弱いってこと。頭も良くないのがほとんどなんだけど」

「なるほど……。で、でも、バァちゃんは朝に始めて、夕方には終わってたよ? それで、ベラベラしゃべるようになってた」

「それは、おばさまだからよ。眠田の家は、この辺では一番能力の高い家なんだからね。……ちなみに、二番目がうちの早田家」


アキちゃんはそう言うと、指でピースサインを作る。二番目、という意味なんだろう。

それにしても、眠田の家にそんな秘密があったなんて、今の今まで、全然知らなかったよ……。

だってお母さんは、眠田のこと、「代々続く、由緒正しい米農家」って教えてくれてたんだもん。

それも自慢げに。


「眠田や早田だけじゃなく、この辺りには昔からそういう家が集まっててね。表向きはお米作ったり、野菜作ったりしてるの。昔は、霊能力の方で、外の村や町から頼りにされてたみたいだけど、今はもうダメみたい」

「えっ、ダメって、なんで?」

「想像してごらんよ。アンタ、夏休みが終わって学校始まった時、クラスのみんなに『オバケが見えます』って言って、信じてもらえると思う?」


アキちゃんにそう質問されたオレは、ちょっと想像してみた。

学校が始まって、クラスのみんなの前で「ぼくは夏休みの間に、オバケが見えるようになりました」って発表するオレ……。

ダメだ、笑われる未来しか見えてこない。


「む、難しいかな。ウソつきって思われるかもしれない。先生には真面目にやりなさい、って叱られるかも」

「でしょ? ……だからね、他の人には言わない方がいいの。中には信じてくれる人もいるけど、信じてくれない人の方が多いし」

「そう言えば、兄ちゃんもオバケが『見える』ことは誰にも言ってないって言ってた。みんな信じてくれないし、からかわれたりして面倒くさい、って」

「そう。そういう事よ」


そう言えば、兄ちゃんはオレにオバケの話をしてくれたことなんて、ほとんどない。

オレもどうせ信じないと思ってるのかな、なんてことを考えていると、ダス、ダス、と、バァちゃんの足音が聞こえてきた。

少しずつ力強くなってるところをみると、腰の具合はずいぶんと良くなってるみたい。


「待たせてすまなかったね、アキ。このバカ、お茶の用意も出来なくってねぇ」


座敷に戻ってきたバァちゃんは、横でお盆を持ってるシツジをじろりとにらみながら、アキちゃんにそう謝った。


「ひどいやフブキ様! あんな冷たい石があるなんて聞いてないですぅ!」

「あれは氷って言うんだよ」


シツジはお茶とお菓子ののったお盆を持ってるっていうのに、バァちゃんに向かってワンワンさけんでる。

このままだと引っくり返すにちがいないから、オレはあわててシツジの手からお盆を受け取った……というか、取り上げた。


「それで、何か有意義な話は出来たかい?」

「うん。眠田と、この辺の家のことをちょっと教えてもらったよ」

「そうかい、そりゃ良かった」


お盆に乗ってたお茶をアキちゃんの前に起きながら、そう返事をすると、バァちゃんは満足そうにうなずいた。


「でも……おばさま。やっぱり私より、おばさまやおじさまがお話した方が良いのでは? あまり詳しい話は、私もわかりませんし」


さっきまでは堂々と話していたアキちゃんは、急に困り顔になる。

そうだよなぁ。

アキちゃんだって中学生なんだから、難しい話はわからないよね。

……オレよりは、ぜったい頭がいいと思うけど。


「いいんだよ、それで。アタシやジィさんが話すと、小難しくなっちゃうからね。涼と年が近いアキの方が、上手に説明出来るだろうと思ったんだよ。……さてと、アキ、今度はあんたのジィさんに頼まれたものを用意するから、もうちょっとその子の話し相手になっててくれるかい?」


バアちゃんがアキちゃんに向かって優しく声をかけていると、さっきまで転がったまま動かなくなってたシツジが、急に飛び起きる。

そして何やら両手を振り回しながら、アキちゃんとバァちゃんの方へと飛んで行った。

あー……あんなに近付いたら……。


「えー! まだ帰らないんですかこのコムスメ……ぎゃー!」


シツジがものすごい悲鳴を上げたのは、ほっぺの辺りを、思いっきりつままれたからだ。

それも、バァちゃんとアキの二人から、左右同時に。

口は災いの元ってこういうことなんだな。気を付けようっと。


「ひーん、覚えてろよー!」


今度はバァちゃんから放り投げられたシツジは、タタミの上をころころと転がって行くと、フスマにぶつかり動かなくなる。

そしてしばらくメソメソ泣いていたと思ったら、すぐに寝てしまった。忙しいやつだなぁ。


オレがシツジを観察している間にも、バァちゃんは部屋に引っ込んじゃってて、座敷はまた、オレとアキちゃんだけになってた。

いちおう、シツジもいるけど。


「仲が良いの? その白いのと」

「え? ど、どうだろう。こいつがここに来て、まだ一日だし」


アキちゃんの質問に、オレは頭をひねって考えてみる。

仲が悪くはないけれど、良いってわけでもないもんなぁ。

……でも、なんでアキちゃんはそんなこと聞くんだろ?


「忠告しておくけど……その白いののこと、あんまり『友達』だなんて思わない方がいいよ」


冷たいお茶を一口飲んだアキちゃんは、静かにそう言った。


「えっ? ……と、友達とは思ってないけど?」

「ならいいわ。───忘れないで、オバケはオバケなんだからね」


オレの目をまっすぐに見ながら、アキちゃんは、少しだけ強い口調で言う。

それがなんとなくさみしそうに見えたのは……オレの、気のせいなのかな?


その後、アキちゃんが帰っちゃった後も、「オバケはオバケ」って言葉が、頭にくっついて、しばらく離れなかった。

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