四日目 7月30日
ジィちゃんと川遊び
今朝もオレの一日は、裏山のお社の水替えから始まった。
昨日の事があったらから、何か起こるんじゃないかと心配だったけど、裏山もお社も相変わらず静かだ。
ギャイギャイと騒がしいのはシツジだけ。
木のまわりを飛び回って、何やってるんだか。
「かみさまかみさま、これでいっちょ、よろしくお願いします!」
そのシツジは、今日もお供え物といって、セミのぬけがらを供えてた。
なんか一人で騒いでると思ったら、それを探してたのか。
キノコはもう無くなっちゃったらしい。
神様、セミがキライだったらごめんなさい。
そしてバチを当てるならシツジだけにしてください。
「リョウちゃん、今日はジィちゃんと山に行こうか」
この日は珍しく、田んぼも修行もお休みだったジィちゃんは、朝ご飯が終わるなり、そんなことを言い出した。
山と言っても裏山のことじゃない。
車で十五分ほど行ったところにある、大きな山だ。
少し登ったところに、とても水がキレイな川があって、そこで水遊びが出来るんだ。
夏休みにジィちゃんちに来たら、必ず一度は遊びに行くことにしてる。
今年はまだ学校の授業以外ではプールに入ってなかったから、水遊び出来るのはすごく嬉しいや!
洋服の下に水着を着たら、ジィちゃんの運転する軽トラックに乗り、山の入口まで行く。
道ばたに車をとめて(いいのかな)、木でおおわれた、うす暗い遊歩道を歩いて行くうち、川の音が聞こえてきた。
いつもは地元の小学生が遊んでるみたいだけど、今日は夏休みの合宿に行ってるとか何とかで、川には誰もいなかった。
貸し切りみたいなのは嬉しいけど、一人もいないのは、ちょっとさみしいなぁ。
アキちゃんを誘ってみればよかったかな?
そのことをジィちゃんに話してたら、シツジが「ボクがいるじゃないですか!」と、ぷんすか腹を立てた。
「でもお前、さっきからその水たまりに入ってばっかりじゃん」
そうなんだよな。
せっかく川に来たっていうのに、シツジは川の側に出来てた水たまりにつかったまんま、出て来ないんだ。
オマケに、お風呂で歌うような歌を、ヘっタクソに歌ってる。
一体どこで覚えたんだろう。テレビかな。
どんなに誘っても水たまりから出ようとしないから、もうシツジは放っておくことにした。
それからは、もう泳ぎ放題。
川の流れに逆らってクロールしてみたり、岩の上から飛び込んだり、ジィちゃんから長く水に潜る方法を教えてもらったりと、ひたすら泳ぐ。
どのくらいの時間泳いでたのかな。
すっかり疲れて岩の上で一休みしてると、となりに座っていたジィちゃんが言った。
「リョウちゃん、今、シツジちゃん以外にオバケが見えるかい?」
「え? いいや、見えないけど。……まさか、ここ、他にもいるの?」
嫌な予感がしてそうたずねてみたら、ジィちゃんは静かにうなずいた。
やっぱりかぁ。
「いるとも。シツジちゃんより小さいのが、たくさん。かわいいのも、ちょっと気持ちが悪いのも」
「き、気持ち悪いのは嫌かな。……イタズラされたりしないの? ジィちゃんは」
オレは見えてないから良いけど、ジィちゃんは見えてるんだから大変そうだ。
「されないよ。小さな虫みたいなものって考えてごらん? たまーにぶつかってくる事はあるけど、わざわざイタズラなんてしてこないもんなんだよ。シツジちゃんみたく、おしゃべりも出来ないしね」
「そっか……でも、なんでオレには見えないのかな?」
「簡単に言えば、そこまで力が強くないってことだね。力が強いほど、小さいものまで見えちゃうもんなんだ。……ほら、
なるほど。ジィちゃんの説明はわかりやすくて、オレでもどうにか納得出来た。
だとえは、ちょっとわからないところもあるけど。
「じゃあ、兄ちゃんもたくさん見えてるんだ」
「たぶんね。ジィちゃんよりも色々見えてるはずだよ。でも、レイちゃんは子供の頃からずっと見えてるから、特に気にならない、って言ってたねぇ」
そっか。見えてるのが当たり前なら、いちいち驚いたりしないんだな。
でも不思議だな。お母さんは全然見えないっていうのに、それとは正反対に、兄ちゃんは色々と見えちゃうだなんて。
「そう言えば、お母さんって、子供の頃から全然見えないって聞いたけど……どうして? ジィちゃんとバァちゃんの子供なのに」
オレは前から気になってた、お母さんのことを聞いてみた。
お母さんはオバケがいるって事は解ってるみたいなんだけど、見えていないからか、あんまり怖がったりもしないんだ。
お化けやしきとか、ホラー映画とか、目に見えてこわいものを見てもケロっとしてるから、オレはそんなお母さんが逆にこわい時がある。
「理由は、ジィちゃんにもバァちゃんにもわからないなぁ」
「えっ、そうなの? そんなもんなの?」
「そんなもんなんだよ。大体、眠田の一族だからって、みんながみんな、オバケが見えてるわけじゃないからね。お母さんだけじゃなくって、親戚の人にだって何人も、『見えない』人がいたんだよ。おバァちゃんのいとことか、お母さんの大おばさんとかね。だから眠田では、『見えない』ことも、『見える』ことも、どっちも特別なことじゃあないんだ」
そう言われれば確かにそうだ。
だって、オレもお母さんと同じで、今の今まで見えなかったけど、別に何も困ることなんてなかったもん。
お母さんだって、見えないからつらい思いをした、なんて話はしたことないし。
「でも、見えるってのも大変なんだね、ジィちゃん。シツジみたいなのに見付かったら、毎日くっつかれちゃうんだから」
相変わらず水溜まりで歌ってるシツジをチラリと見ながらそう言うと、ジィちゃんが吹き出すように笑い出す。
あれ、オレって、そんなに面白いこと言ったっけ? ……と思ったけど、ジィちゃんが笑った理由はオレじゃなかった。
いつの間に、シツジがオレのタオルを頭にのっけてたんだ。
だからどこでそんなの覚えたんだよ!
それ、お気に入りのタオルなんだぞ! 返せ!
「でもね、『見える』子供が増えたのって本当に久し振りなんだ。レイちゃんとアキちゃんが生まれた年以来、見える子供がいなくってね」
「そうなの? アキちゃんは、この辺には『見える』一族が多いって言ってたけど」
「うん。ジィちゃんは遠くの町からおムコさんで来たから知らないんだけど、吹雪さんが子供の頃ぐらいまでは、近所のおうちのほとんどに、二人か三人は『見える』人がいたそうだよ」
「えっ……ジィちゃんっておムコさんだったの!? うちのお父さんと同じ!?」
「そうだけど……あれ、言ってなかったっけ?」
……知らなかったです。初耳です。
うちのお母さんが眠田家の一人娘だったから、お父さんが婿入りしたってことは知ってたけど、まさかジィちゃんもだったなんて。
「吹雪さんと初めて会ったのは、おジィちゃんが十四で、吹雪さんが十五の時だったんだけどね。ものすごい美人だったんだよ~。アキちゃんみたいな感じかな?」
「じゃあアキちゃん、歳とったらバァちゃんみたいになっちゃうのかな……。やだなぁ」
若い頃のバァちゃんを思い出してるのか、なんだかうっとりしてるジィちゃんをながめつつ、オレはアキちゃんの顔を思い浮かべる。
すると、昨日アキちゃんに言われたことを、ふと思い出してしまった。
「アキちゃんで思い出したけど……オレ、アキちゃんから『オバケはオバケだから、シツジと友達だなんて思うな』って言われちゃったんだけど……ジィちゃんは、どう思う?」
そう質問してみると、ジィちゃんはしばらくアゴをさすりながら「うーん」とうなっていたけど、すぐに、オレの方へと顔を向け、こう言った。
「正しいけど、間違ってるかなぁ」
「……どういうこと?」
「オバケを友達だって思うな、というのは正解。でも、シツジちゃんを友達と思うな、っていうのは不正解」
む、難しいな。
だってシツジはオバケなわけだから。
「ジィちゃんもアキちゃんと同じで、最初っからオバケと友達になるつもりでいるのは、よくないと思う。オバケってのは、人間とは、ものの感じ方も考え方もちがうからね。それに、オバケには正しいも悪いもない。そんなものと友達になるのはとても難しいことだし、危ないんだ」
「そっか。話ができるようになったからって、人間と同じように考えちゃダメだってことだね」
ジィちゃんの言いたいことは、大体わかる。
オレはまだシツジしか知らないけど、ジィちゃんはこれまで色々なオバケを見てきたんだろうから、きっと、オバケの危ない部分もたくさん知ってるはずだ。
そしてたぶん、アキちゃんも。
「ところでリョウちゃん、シツジちゃんがおしゃべり出来るようになった時、友達になりたいって思った?」
さすがにそれは無かったから、オレはぶんぶんと首を横に振った。
だって、どんなヤツなのか、まだ全然わからなかったんだもん。
今なら、とりあえず変なヤツだってのはわかるんだけど。
「じゃあ今は、シツジちゃんと友達になりたいと思う?」
「えっ? ううう……まだわかんない。仲良くはした方がいいと思うけど、友達っていうのは、ちょっと違うかも。コイツ、ワケわかんない事を言ったり、したりするし」
オレがそう答えてみると、わははは、とジィちゃんは大声で笑った。
シツジも一緒になって大笑いしてるけど、意味わかってんのかな、こいつ。
「でもねリョウちゃん。ジィちゃん、思う時があるんだ。人間もオバケも根っこの部分は同じかもしれないなぁ、って」
「どういうこと?」
「ほら、人間にだって、友達にはなりたくない人が、いたりするでしょ? ウソばっかり言う子とか、すぐ乱暴する子とか」
そう言われてみれば、いるなぁ。
真っ先に思い浮かんだのは、兄ちゃんだった。
オレがもし兄ちゃんと兄弟じゃなかったら、兄ちゃんみたいな奴とは友達になりたくない……気がする。
「それとは逆に、このオバケと友達になりたいなって思う日が、くるかもしれない。ずーっと一緒にいて、このオバケなら大丈夫だ、って」
「じゃあ、シツジとも、友達になっちゃう日が来るかもしれないのかな?」
「リョウちゃんと、シツジちゃんがそう望んだらね。……まぁ、まだシツジちゃんが来て、そんなに日がたってないんだ。友達になるかならないかは、これからゆっくり考えていけばいいことだよ」
ジィちゃんはオレとシツジをかわるがわる撫でながら、ゆっくりと、そう言ってくれた。
シツジの奴は意味もわかってないクセに、「そうですよ、ゆっくり考えればいいんですよ!」なんて事を言ってる。
「ありがとジィちゃん。オレ、アキちゃんが言いたかった事が少しだけ分かったような気がする。少しだけ、だけどね」
オレがそう言うと、ジィちゃんはとても嬉しそうな顔をする。
するとそれを合図にしたみたいに、どこからか、お昼を知らせるメロディが聞こえてきた。
そう言えば、なんだかお腹が減ってきたぞ。
「あれ、もうお昼になっちゃったかぁ。……リョウちゃん、お昼ご飯食べに行こうか」
「ほんと!? 行く!」
てっきりジィちゃんちに戻ってお昼を食べると思ってたオレは、大急ぎで服に着替えると、ワクワクしながらジィちゃんに付いて行く。
川から遊歩道にもどり、車をとめた場所とは反対の方へとしばらく歩くと、そこには……流しソーメンのお店があった。
いや、ソーメンは別にキライじゃないけど。わりと好きな方だけど。
けど……ジィちゃんちに来て、もう何回ソーメン食べてるっけ?
オレは勇気をだしてジィちゃんに「ソーメン以外のがいい」って言おうとしたんだけど、ジィちゃんがお店の人に、
「ソーメン毎日食べたい、ソーメン大好き」
……なんてことを笑顔で言ってるのを聞いて、今回はあきらめる事にしたのだった。
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