見えちゃった。

「ヒキャキャキャキャキャ!」


とつぜん、目の前にあらわれたそいつは、相変わらずかん高い、そして気持ちのわる~い声で笑いながら、キノコをバラまき続けてた。


なんなんだよ、コイツ。

飛んでるし、キノコ投げてくるし、顔もないのに笑って………………あれ?

……もしかしなくても、コイツってオバ……ちがう! オバケじゃない!

だって、オレは、オバケなんて見えないんだぞ!


わかった、兄ちゃんのしわざだ。そうにちがいない。

兄ちゃんが、オレの知らないうちにジィちゃんちに来てて、イタズラしてるんだ!

そうだ、そうに違いない!

くそぉ、ジィちゃん達に言い付けてやる!


そう決めたオレは、バァちゃんのマネをして目をぐいっとつり上げると、また走り出した。


「ヒィヤハハハハハ!」


ヘンテコな笑い声は相変わらず追いかけてくるけど、もう、だまされないんだからな!




それから後は、もう何も考えなかった。

バラバラとキノコが落ちてくる音も、頭の上からの笑い声も全部ムシして、家に向かって走る走る走る。

最後は、50メートル走でゴールする時みたいに、山道の登り口にあった二本の柱の間をバンザイして全速力で駆けぬけた。

運動会の時より気合いが入ってたんじゃないかな。


「あぶないねぇ、そんなに走って転んだらどうするんだい!」


勢いあまってお勝手口のドアへと激突したオレに、バァちゃんがあきれたように言う。

だけど、オレはそのままバァちゃんの所へと駆け寄ると、両手両足をバタバタさせながらさけんだ。


「バァちゃん、兄ちゃんが来てる! 変なもの使ってイタズラするんだ!」

「麗一郎が? ……落ち着きな、涼。何があったんだい?」


オレはキノコがふって来たこと、空に真っ白くてでかい米粒がいたことを話した。


「空を飛ぶでっかい米粒って……涼、アンタまさか、『見える』ようになったのかい?」

「なっ、なっ、何も見えてないよ? オレが見たのは、兄ちゃんのイタズラで」

「……ほら。アンタが見た米粒ってのは、あそこにいる、アレの事だろう?」


バァちゃんが指さした方をおそるおそる振り返ると……そこには、あの、米粒が。


「キャハハハハハハハハハハハ!」

「ここまで、ついて来てるうううううう! なんでっ、なんでええええ!?」


柱のまわりをグルグル回りながら笑い転げている米粒を見た瞬間、オレはバァちゃんの後ろに隠れちゃった。

は、柱にはってあるお札って、魔よけとか、そういうのじゃ無かったの!?


「ど、どうしようバァちゃん! あいつキノコ投げてくるんだ! 毒キノコかもしれない!」


バァちゃんの背中に向かってそう叫ぶと、バァちゃんは、ふぅー、と大きなため息をつく。

そして、腰のベルトをポン、と軽めにたたいた。


「この米粒みたいなのはね、裏の山でよくウロウロしてる、大したことない種類のオバケなんだよ。見える人間にちょっとイタズラするぐらいで、ふつうは、逃げたのを追いかけてきたりはしないんだけどねぇ」

「こいつがオバケ? ででで、でもオレ、オバケなんて見えないし……」


オバケが見えないオレが見えてるんだから、この米粒がオバケのはずなんてない。

だけど、バァちゃんはオレをチラリと振り返ると、ぶんぶんと首を横にふった。

……まさか。


「理由はわからないけど、見えるようになったんだよ、お前も。ジィちゃんバァちゃん、それとお前の兄ちゃんみたいにね」


ガーンガーンガーン……。

そんな音が、頭の中でひびいた気がした。まるでマンガみたいに。


でもオレ、別に何もしてないのに、なんでいきなり?

修行とかしてないし、謎の宇宙人に謎のパワーももらってないし、不思議な木の実も食べてないし。


「ふーむ。いつもなら、このていどのオバケは消しちまうんだけど……涼が初めて『見た』記念だから、ちょっともったいないかねぇ」

「な、何言ってんのバァちゃん! 別にもったいなくないって!」

「アンタを追いかけてここまで来たのも、きっと何かの縁か、神様のおみちびきなんだよ。……そうだね、アタシの腰もまだまだ治らないことだし、『召使い』のつもりで作っておこうか」


ショックを受けたまんまのオレはほったらかしで、バァちゃんは飛び回る米粒を見上げながら、ちょっとだけ意味のわからないことを言う。

そして柱と柱の間に立つと、空を飛び回ってる米粒に向けて、ゆっくり右手をのばしたんだ。

一体何をするつもりなんだろう……そう、思った瞬間。


米粒が、バァちゃんの手に向かって、しゅるりと飛びこんでいった!

まるで、掃除機でぬいぐるみを吸いよせちゃった時みたいに!

頭のてっぺんがバァちゃんのてのひらにくっついた米粒は、小さい手足(だと思う)をジタバタさせながら、ギーギーギーと泣きわめいてる。


バァちゃんは米粒が大騒ぎしてるのもかまわず、また、ふぅ、とため息をつくと、オバケを吸い付けたままの右手を、こちらの方へとずいっとさし出した。


「なっ、なになにっ!」

「ほら、アンタも見てごらん。これが、アンタが初めて見たオバケだよ」

「えっ……オレも見るの?」


バァちゃんの言うことには逆らえず、おそるおそるオバケを見てみる。

空を飛んでる時は大きさがよく解らなかったけど、今こうして見てみると、ちょっと太ったネコぐらい、かなぁ?

顔はやっぱりのっぺらぼうで、目も口も鼻もない。

一体、どうやって笑ったりさけんだりしてるんだろ、こいつ。


「バァちゃん、こいつどうするの? 山に返すの?」

「いいや、しつけるんだよ」

「し、しつけ? 犬にやるみたいに?」


この米粒に、「お手」や「おすわり」をさせるってこと?

そんなことしたって、ちっとも可愛くないと思うんだけどなぁ。


「犬のしつけとはちがうねぇ。そうだね、かんたんな掃除ぐらいが出来るようにすれば、アタシもあんたも楽が出来るってもんだ」

「そ、掃除!? 出来るの? そんなこと!?」

「出来るともさ。……いい機会だから言っておくけどね。私ら眠田の家は、昔からそういう事をやってきた一族なんだよ。アンタの母さんは全然『見えない』し、アンタも今までは見えてなかったんだから、すぐにはわからないだろうけど」


ギィギィ騒ぎつづける米粒をてのひらからぶら下げたまま、バァちゃんは腰をトントンたたく。

そして、めったに笑わないバァちゃんにしては珍しく……本っ当に珍しく、ニコニコと笑った。


「でも、こいつらが見えるようになったからには、アンタも眠田の家のことを少しずつ勉強しなきゃならないねぇ」


もしかしてバァちゃん、オレが『見える』ようになったのが嬉しいのかなぁ?

だから、このオバケが記念だとか何とか言うのかな。

だとしたら、オレとしてもちょっと嬉しいかも……なんて、照れくさく思ってたのも、つかの間。


「ところで涼、神様の水のペットボトルはどうしたね? まだ残りが入ってたろう?」


バァちゃんの質問に、オレは体全体でギクリとなってしまった。

そ、そうだった。ペットボトルは………………あ、あああ。


「ご、ごめんバァちゃん……。お社のところに置いてきちゃい、ました」

「この馬鹿者! 今すぐ取っておいで! でなけりゃ4キロ先の山まで、水くみに行ってもらうよ!」

「えええええ! ま、またお社まで行くの? オレ、見えるようになっちゃったのに!」


またオバケに会ったらどうするんだよ、とうったえたけど、バァちゃんが許してくれるはずもなく。

オレはもう一度、一人でお社へと向かう事になっちゃったのでした。ダッシュで。

でも、運の良いことに何のオバケとも出会いませんでしたとさ。


……たぶんね?

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