二日目 7月28日

くもり、時々、キノコ

ジィちゃんちに着いた日の夜、オレはちっとも眠れなかった……なーんてことはなかった。

兄ちゃんとの電話の後、さっそく家の掃除やら、庭の草むしりやらをやらされて、ヘトヘトのクタクタになったんだ。

ジィちゃんは近所の人達と田んぼの作業に出かけちゃって、家にはバァちゃんと二人きり。


バァちゃんちに来ると、たいていお手伝いさせられまくるんだけど、バァちゃんがまともに動けない今回は、いつもよりすごい。

掃除と草むしりが終わったあとは、晩ご飯のしたくを手伝って、晩ご飯を食べて、後片付けして、お風呂に入って、三人分のふとんをしいて……気付いたら、もう次の日の朝だった。


なんてこった!

昨日の夜、見たいテレビがあったのに!


時計を見たら、朝の五時半。

外はもう明るいけど、まだほんのちょっとだけうす暗い。

でも、昨日バァちゃんが「六時前には起きといで」と言っていたから、オレはカクゴを決めてふとんからはい出した。

ホントはまだ眠いし、あと十分ぐらいはいいかと思ったけど、二度寝したらぜったいに寝坊する自信があったんだ。


オレの両どなりで寝ていたはずのジィちゃんとバァちゃんは、とっくに起きてるみたい。

きちんとたたまれた、ふとんだけが置いてあった。


「バァちゃんおはよう……あれ? ジィちゃんは?」

「おはようさん。ジィさんなら、もう朝の修行に出かけたよ」


ジィちゃん早いなぁ。

何時に起きてるんだろ…………って、修行って、何?


「ほらほら、ボサっとしてないで、早く顔を洗って着がえといで。裏山に行かなきゃならないんだよ」

「えっ! あ、朝ご飯は?」

「朝ご飯の前に行くんだよ。お前、神様より先にご飯を食べる気かい?」


バァちゃんはそう言いながら、冷蔵庫から2リットルのペットボトルを出してくる。

何のラベルもはってないそのボトルには、黒のマジックで「神様用」と書いてあった。


「神様用? これなに?」

「神様のお水。神聖なお水だから出来るだけ、こぼさないようにね」


神聖なお水をペットボトルに入れていいのかなぁ、と思ったけど、まぁいいか。

オレはバタバタと洗面所にかけ込んで顔を洗い、バサバサと服を着がえると、ペットボトルを抱え上げた。

あ、そうだ。念のため、お父さんからもらったスマホも持って行こう。

電話もメールもあんまりしないから、写真をとるぐらいにしか使ってないんだけどね。


「いいかい、くれぐれも、山道から外に出るんじゃないよ? 林の中に入っちゃダメだからね」


バァちゃんは少しこわい顔をして、まずそう言った。

これは小学生になる前から言われてることだから、イヤになるほど知ってる。


「山道を登ってお社についたら、まず、白い器に入ってる昨日の水を捨てて、ペットボトルの水で器をあらう。その後、新しい水を入れたら、それでおしまい。簡単だろう?」

「う、うん。……念のために聞くけど、もしオバケが出たらどうすればいいの?」


オレはオバケなんて見たことがないけれど、万が一ってこともあるかもしれない。

だから、バァちゃんに確認してみたんだけど。


「お前はオバケがぜんぜん見えないだろう? なら、オバケなんていないも同じなのさ。……ほら、さっさと外に出な。あんまり遅くなると神様から叱られるよ!」


けっきょく、何も教えてもらえないままバァちゃんに急かされ、台所のお勝手口から裏庭に出る。

裏庭の奥へと歩いて行くと、すぐ目の前に、裏山への登り口があらわれた。

登り口には細い木の柱が二本立ってて、その一つ一つにまだキレイなお札っぽい紙がはってあるんだけど……これ、オバケとは関係ないんだよね? ね?


「じゃあ行っておいで。神様へのお参りも忘れずにするんだよ」

「うわっ……とと! ……い、行ってきます」


バァちゃんから強い力で背中をドンと押されたオレは、石でデコボコしている坂道へと、一歩、また一歩とふみ出したのだった。






お社へは、あっと言う間に着いた。オバケに会うヒマなんてないくらいだ。

小さいころは三十分ぐらいはかかったと思ったんだけど、秒を数えながら登ってみたら、なんと五分もかからないでやんの。

なんだか、ひょうし抜けしたけど、遠いよりはマシだから、まぁいいか。


久しぶりに見たお社は、とても小さくて、古い。

木で出来てるみたいだから、よけいそう見えるのかも。

お社の奥にはうす暗い雑木林があって、お社や山道から少しでもはなれると、何かに引きずりこまれちゃいそうな感じがする。

あ、あんまりそっちは見ないようにしよう……。


お社は、ゴツゴツした岩の台座の上にちょこんと乗せられているんだけど、高さはオレの身長とあんまり変わらない。

だけど、お社の手前にある鳥居はちょっと大きくて立派なもんだから、なんだかバランスが悪いような気もする。


お社の扉はぴったりと閉じていて、中にどんな神様がいるのかはわからないけれど、扉の前にはバァちゃんが言っていた通り、白い器がぽつんと置いてあった。

たぶん、この器が神様の水入れなんだろう。


「神様、お水かえますね」


ひとまず神様の水を替えようと、オレは器を手にとってみた。

神様用の器だから上等なものだろうと思ったら、子供用の小さなマグカップで、変な犬のイラストまでかいてある。

こんなのを使ったら神様が怒るんじゃないかなぁ、と思いながらカップをすすぎ、新しい水を注いだら任務完了。

神様の前で目を閉じ、ぱんぱんと両手を合わせ、ぺこりと頭を下げた。


「神様、どうか1日も早くバァちゃんの腰がよくなりますように。そして兄ちゃんに天罰を当ててください。お願いします」


よし、お参り終わり。

お腹も鳴ってるから早く家に戻って朝ご飯だ。

くーくー鳴いてるお腹をさすりながら、最後にもう一度だけ頭を下げた……その時。

ぽちゃん、と水がはねたような音がしたかと思うと、顔に少しだけ、冷たいものが、かかった。


「う、うわっ! ……何か、水の器に落ちて来た!?」


今、何かが上から落ちてきたのを見ちゃったオレは、あわてて神様の水をのぞきこむ。

虫が入ったか、鳥のフンか……どちらにしろ、もう一度、水を替えないといけないじゃないか。

だけど、水に浮かんでいたのは虫でも鳥のアレでもなかった。


「へ? キノコ?」


ぷかりと浮いていたのはキノコだったんだ。

何の種類かは知らないけど、とても小さなやつ。

あと、気のせいかもしれないけど、なんだかうっすらとケムリが出てるような……?


「でもなんで……空からキノコ?」


カップを持ったまま空を見上げても、見えるのはくもり空だけだ。

鳥が運んでる最中に、落としちゃったんだろうか?

それにしても、イヤなくもり空だ。

今にも雨が降って来そうだから、やっぱり早く家に戻った方が……って、あいてっ!


な、何かまた降って来た!

今度は顔に当たったぞ! ……あ、また……って、キノコ!?


ポコンポコンと降って来ているのは、間違いなくキノコだ。それもいろんな種類の。

オレはキノコに詳しくはないから、名前までは解らないけど、大きいのから小さいの、固いのからやわらかいのまで、ボコポコとふって来る。

中にはシイタケもあったような気もする。


……もしかしてこの辺の地方ってキノコがふるのかな。

7月28日の天気予報です。

じぃちゃん家の裏山地方、くもり、時々、キノコがふってくるでしょう……なんて言ってる場合じゃない!

だって、山のキノコにはさわっただけでヒドイ目にあうのもあるって、ばあちゃんに教えてもらったことがある。

もしそんなのが混ざってたら大変だぞ!


オレは神様の水をそっと元に戻すと、一目散に坂道をかけ下りる。

それでもキノコはバラバラバラとふり続け、うっかりふみ付けて、下り坂で転んでしまいそうになった。うわあああ!

間一髪で体を起こし、ふぅ、と深呼吸した……その時だ。



「キィヒヒヒヒヒヒ! アヒャヒャヒャ!」



頭の上の方から、気持ちの悪い笑い声が聞こえてきた!

うわああああ!? びっくりした! びっくりした!

そのまま逃げちゃえばよかったんだけど……どうしても、どうしても声が気になって、ゆっくりと空を見上げたら。



「キャハハハハハ、ハハ!」


「なんだよ……コイツ」



米粒みたいな形の、でかくて真っ白で……顔のないヤツが、オレの頭の上をぐるぐると飛び回りながら、笑ってた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る