ちょっとそこまでおつかいに。

無事にペットボトルを回収した後は、バァちゃんと二人、ちょっと遅めの朝ご飯を食べた。

ヘンテコ米粒オバケは、なんだか不思議なおフダがたくさんついたロープでしばられ、部屋のすみっこに転がしてある。

あいかわらずギャーギャーうるさくて、時々、バァちゃんに怒られてたけど。


朝ご飯の片付けが終わると、バァちゃんは米粒オバケを抱え、自分の部屋へと引っ込んじゃった。

無理をしたからぎっくり腰がひどくなったのかと心配したけど、そうじゃないらしい。

さっそく、米粒オバケをしつけるんだってさ。


……と、いうわけで、広いジィちゃんちで、今、オレはひとりぼっちです。

特にやることもないから、リュックから宿題を取り出した。

別にマジメなわけじゃない。

最低でも宿題を三ページは進めてないと、寝る前にバァちゃんの雷が落ちるんだ。

これがまた、ハンパなくこわい。


午前中に今日の分を片付けて、昼からは外に出てみようかなぁ、なんてことを考えながら計算問題をといていると、玄関の戸がカラカラと開く音がする。

ジィちゃんが帰って来たみたいだ。


「お帰りジィちゃん。ええと、しゅ、修行……? は終わったの?」

「いいや、まだなんだけどね。リョウちゃんが気になって。……お社、どうだった?」

「水替えは上手くいったけど……オバケが見えるようになっちゃった」


正直にそう言うと、ジィちゃんは凍りついたように、動かなくなった。

うっすら笑ったままだから、なんか気持ち悪い。

……さすがに、正直に言いすぎちゃったかなぁ。


とりあえず裏山で起こったことと、バァちゃんが米粒オバケをしつけるため部屋にこもったことを話すと、ジィちゃんは電池を入れ替えたみたいに、やっと動き出した。


「そうかぁ、リョウちゃんも見えるようになっちゃったか。お母さんと同じで、ずっと見えないんだろうと思ってたんだけど」

「あんまり嬉しくはないんだよね。見えても、良いこと無い気がするっていうかさ。……さっそくヒドイ目にあったわけだし」


オレがきっぱりはっきりそう言うと、ジィちゃんは困ったような顔をした。


「今日のことはともかく、これからはリョウちゃん次第だろうからねぇ。レイちゃんだって、見えてるけど、悪いことなんて起きてないでしょ?」


兄ちゃん本人が悪人だけどね、と言いたかったけど、それは飲みこんだ。

ジィちゃんはオレと兄ちゃんがケンカすると、絶対に泣きそうな顔をするから。


「ねぇジィちゃん。米粒オバケに掃除させるってバァちゃんが言ってたけど、本当にそんなこと出来るの?」

「うん。吹雪さん、そういうしつけはジィちゃんより上手くやるから。おっかないけどね」


うんうん、と一人でうなずきながらジィちゃんがそう言うと、まるで返事をするみたいに、ポーン、と座敷の柱時計が鳴る。

もう十時半になっちゃってるじゃないか。早いなぁ。


「おっと、のんびりしてる場合じゃなかった。ジィちゃん、今から田んぼに行くからね。お昼には戻るけど、何かあったら電話するんだよ?」


そう言うと、ジィちゃんは少し急ぎ足で出かけていった。

あぁ見えてジィちゃんはスマホを使いこなしてる。

逆にバァちゃんはふつうの携帯電話すら持ちたがらないから、お母さんが困ってるんだ。


ジィちゃんが出かけちゃった後は、また宿題。

算数のドリルをやって、漢字の書き取りをやって、ちょっとだけタタミの上を部屋のはしからはしまでゴロゴロ転がって、また漢字の書き取りの続きをやってると、バァちゃんが部屋から出て来た。

相変わらず腰をさすりながら、ゆっくりゆっくり廊下を歩いてくる。


「バァちゃん、もう米粒オバケのしつけは終わったの?」

「まだまだ。でも、もうちょっとだよ。もうすぐお昼だ、ご飯の準備をしようじゃないか」


ちらりと時計を見ると、まだ十一時。

バァちゃんたちってご飯の準備を始めるのが早いよな、と思いながらも、「はーい」と返事をしておいた。

ちなみに、昼ご飯はまたソーメン。ジィちゃんのリクエストらしい。

「昨日と薬味がちがうから」ってジィちゃんは言うけど、どっちみちソーメンはソーメンだ、と思ったのはナイショだ。






「涼、ちょっとおつかいを頼みたいんだがねぇ」


食後の昼寝から目覚めると、真上からバァちゃんがのぞきこんでて、それはもうびっくりした。

びっくりして二メートルぐらい飛びのいたけど、バァちゃんは気にもしてないみたい。

実はオバケかと思った、だなんて、口がさけても言えないや。


「おおおおお、おつ、かい? ……いいけど、晩ご飯の買い物?」

「そうじゃない。手紙と、うちの畑でとれたスイカをね、ご近所さんに持って行って欲しいんだよ」


そう言うと、バァちゃんはオレの目の前に、小さなスイカの入った網と、真っ白い封筒を置いた。

スイカって言うから、でっかいスイカを想像しちゃって、持っていけるかどうか心配だったけど、このサイズだったら楽勝だ。メロンと同じぐらいの大きさじゃないかな。


「おつかいが終わったら、そのまま外で遊んできてもいいよ。日が暮れる前には、あの米粒のしつけも終わってるんじゃないかねぇ」

「わかった。じゃあ、行って来ます!」


帽子をかぶったオレは、小さなスイカをぶら下げて、ジィちゃんちの門から外に出る。

今日の日射しはギラギラで……スイカは思ったより、ずっしりして重かった。もっと軽いと思ってたのに。

でも、引き受けたからにはちゃんとやり遂げなきゃ。


おつかい先は、「早田そうださん」って家。

ご近所さんとは言っても、ジィちゃんちから早足で歩いても、十分はかかるんだってさ。

迷うような所じゃないよ、と言いながらも、バァちゃんが地図を書いてくれたんだけど……その地図の通りに歩いていると、いつの間に、まわりには田んぼしかない道に出ちゃってた。


(ほ、本当にこの道でいいのかな……)


少しだけ不安になったけど、バァちゃんの地図を信じて、田んぼの中の道を進んで行く。

すると、ずーっと先の方に、田んぼの中にぽつんと建ってる、一軒家が見えて来た。

きっとあの家だ!


急ぎ足で家まで近付くと、まだ新しい感じがする立派な門に、「早田」って表札がかかっている。この家で間違いないみたい。

さっそく玄関へ行ってみると、扉がばばーんと開き、アミ戸だけが閉まってた。

とりあえず呼び出しのチャイムを押してみたけど、家の中からやたらと明るいチャイムが聞こえてくるだけで、人が出て来る気配はない。

もう一回押したけど、やっぱりダメだった。


「こんにちはー。眠田ともうしまーす!」


今度は直接、声をかけてみたけど……しーん。

返事もないし、物音一つしない。


「お留守ですかー?」


やっぱり、しーん。


困ったなぁ。手紙は郵便受けに入れておけばいいけど……スイカはどうしよう。

やっぱ日かげに置いておくのが正解だよね?

でも、目立たない所だと気付かれないかもしれないし……。

どこにスイカを置いておくべきか悩みつつ、あたりをキョロキョロ見回していると。


「どちら様?」

「わわわっ」


いきなり後ろから声をかけられて、オレは小さくジャンプしてしまった。

そして飛び上がった勢いで振り返ると、いつの間に近付いていたのか、ま後ろに制服姿の女の子が立ってる。

気配を消して近付くだなんて、さては忍者か……って、あ、制服着てる。中学生かな?


オレより背の高い女の子は、ニコリともせず、こっちをじぃっと見下ろしていた。

色が白くて、目がすっとしてて、ちょっとかわいいけど……なんか、ふんいきがバァちゃんに似てて、なんとなく、おっかない。


「何の用なの?」


オレがいつまでたってもしゃべらなかったからか、女の子は少しイライラした声でそう言った。

そうだった、ぼーっとしてる場合じゃ無かった!

ま、まずはあいさつだ。いつもバァちゃんが言ってるしな。


「あのあの、オレ、眠田涼って言います! バァちゃんのおつかいで、お手紙とスイカを持ってきました!」


そう言ってオレがスイカと手紙を差し出すと、女の子は「あ、そう」とつぶやき、二つを受け取る。

スイカだって軽々だ。

そして「ご苦労様。じゃあね」とだけ言うと、そのまま家の中に入って行っちゃった……。


背中を見て気付いたけど、女の子の髪は凄く長かった。

頭の後ろで結んでるのに、髪の毛の先が、腰のあたりまで届いてる。

そういえば、ジィちゃんが、バァちゃんも昔はびっくりするぐらい髪が長かったって言ってたけど……バァちゃんも中学生ぐらいの頃は、あの女の子みたいだったのかなぁ?


そんなことをぼんやり考えていると、家の奥から、また女の子の声がした。


「まだ何か?」

「い、いいえ! おじゃましました!」


その声が少し怒っているように聞こえて、オレは大慌てで、早田さんちから逃げ出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る