オバケでシツジ!
おつかいが終わった後は、バァちゃんが許してくれたように、近くをフラフラ散歩したり、田んぼや虫の写真をスマホのカメラで撮ったりした。
家に帰ったらプリントして、自由研究に使うんだ。
テーマは「田んぼの生き物」。そのまんまだね。
その散歩の途中、バァちゃんの友達や、お母さんの同級生だったって人と会ったり、お土産をもらったりしていると、すぐ近くに立ってる町内放送のスピーカーから、音楽が鳴り始めた。
確かこれ、五時になったら鳴るやつだ。
まずい、早く帰って、晩ご飯の準備手伝ったり、お風呂を掃除したりしなきゃ!
もらったおみやげをぶらさげ、猛ダッシュでジィちゃんちへと飛び込むと、玄関でくつをぬぎながら声を張り上げた。
「ただいまー! バァちゃんおそくなってごめ───」
「初めましてご主人さまあああああああああ!」
「うわあああああああ!?」
なんだなんだなんだ!
何かが、どすーんって体当たりしてきたぞ! いってぇ!
そして、玄関ですっ転んでしまったオレが見たものは……。
真っ白で、米粒みたいな形の……謎の生き物。
「こ、こいつっ! 米粒オバケじゃないか!」
「米粒じゃないですぅぅぅー!」
オレと同じように、玄関でひっくり返っていた米粒オバケは、手足をジタバタさせながらそうわめいた。
ひっ、人の言葉をしゃべれるようになってる!
「おかえり、涼。どうだい? 話ができるようになってるだろ?」
そう声をかけられて顔を上げると、バァちゃんがオレを見下ろしてた。
その顔は、ものすごく満足そうだ。
「本当だ……バァちゃんすげぇ! どうやって言葉を覚えさせたの? こんな短い時間で!」
「まぁ、方法は色々あるんだけどね。今回はちょっと神様の力をお借りしたり、テレビを見せたりラジオを聞かせたり」
「ふ、ふーん……そうなんだ」
……神様? テレビ? ラジオ?
よ、よくわからないけど、たぶん、説明してもらっても今のオレにはわかんない様な気がする。
オレの気の抜けた返事なんて気にならなかったのか、バァちゃんは「ただねぇ」とつぶやき、腕組みした。
「参ったことに、掃除までは覚えさせられなかったんだよねぇ……。思ったより頭が悪くて」
「シツレイな! フブキ様の教えかたがヘタクソ……うわー! ウソですウソです! たすけてご主人さま!」
バァちゃんから頭をわしづかみにされた米粒は、バタバタと暴れながらわんわんと泣いた。
そう言えばコイツ、目と口が出来てる。
マジックで書いたみたいなグリグリした黒い目と、黒の毛糸を貼り付けたみたいにヘニョヘニョな口だけど。
「ほら、きちんとあいさつしな」
バァちゃんにつかまれたまま、そう、うながされた米粒は、何故か胸をはって、自己紹介を始めた。
「ご主人さま、ボクのことは『シツジ』ってよんでください!」
「シツジって何? ヒツジじゃなくて?」
「シツジはシツジですよ、ご主人さま! シツジも知らないんですかぁ? バーカ!」
……ご主人さまに向かって、バーカって言うのかよ!
シツジって一体なんなんだよ!
「たぶん『執事』のことだよ。さっき、テレビでやってた外国のドラマを見てたから、それで覚えたんじゃないかなぁ」
ニコニコしながらそう教えてくれたのは、家の奥から出てきたジィちゃんだった。
『シツジ』について簡単に説明してくれたけど、いまいちよく解らない。
えらい人の身の回りの世話をしてくれる人、でいいのかな……って、え!?
こいつまさか、オレの身の回りの世話するつもりなの!? 別にオレ、えらい人でもなんでもないけど!
「どーしましたご主人さま? ぽかーんって口あけて。ぼく、そういうの知ってます。マヌケづらって言うんですよ!」
まだバァちゃんに頭をつかまれたまま、『シツジ』はウシャシャシャと変な声で笑う。
だけどすぐに「ごめんなさいごめんなさい」って叫んだから、たぶんバァちゃんがギュッ、ってしたんだろう。
それにしても、その頭にくる笑い方は治せなかったのかなぁ。
「でもなんで、オレがご主人さま? バァちゃんやジィちゃんじゃなくて?」
「そりゃあ、アンタが見付けてきたオバケだからね。アンタを一番のご主人と思うようにしつけたのさ。……まぁ、口が悪いのは、個性だと思ってあげな」
「えー……」
口が悪いのを、『個性だから』って許してもらえるのは、ちょっとズルくない?
でもまぁ、オバケなんだから、そんなものなのかも。
「うーんと……じゃあさ、『ご主人さま』って呼ぶのはやめてくれない?」
「ふぇ? だったら、何て呼べばいいんです?」
シツジは黒い目をぱちくりさせて、不思議そうにオレを見た。
そうしてると、ちょっとだけかわいい。
ちょっとだけ、ね。
「オレのことは涼って呼んでよ。リョウ、だよ」
「リョウ? ……変な名前ですねぇ。ぷぇーくくくく!」
「……この名前つけたの、バァちゃんなんだけど」
「ぷきききき、いたいっ、いたいですフブキ様! リョウ、リョウってすごくいい名前だと思いますよ! 変だけど……って、痛いです、痛いですぅ!」
必死になってバァちゃんに謝ってるけど、リョウって言うたびにニヤニヤ笑ってる。
ダメだ、こりゃ。
「もういいや。なら『ご主人』って呼んで。ご主人さま、じゃなくて、ご主人、ね?」
こうして、このヘンテコな米粒は、オレの召使い(って言っていいのかなぁ)として、バァちゃんちに住みつくことになっちゃった。
でもバァちゃんが言った通り、家の仕事はまだ全っ然ダメ。
オレよりも出来ないって、どういうことなんだよ。
布団をしかせたら、シーツも枕カバーもめちゃくちゃのグチャグチャ。
カーテンを閉めさせたら、ぶらさがって遊んじゃう。
庭の掃き掃除をさせようとしたら、ホウキでオレのことをポカポカなぐってくる。
食器を洗おうとしたら、コップを落としそうになったから、あわてて止めさせた。
お風呂のお湯をためても、すぐに栓をぬいて空っぽにしやがった。
……お手伝いどころか、オレの仕事をふやしてるじゃないかコイツ!
どうしたものかと、頭をかかえてたんだけど。
「───お前、いい加減にしないと消すよ」
バァちゃんのこの一言で、ようやく、マジメに仕事をするようになったのだった。
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