オバケがシツジの夏休み

田原答

一日目 7月27日

無事到着!

オレの名前は眠田ねむりだ りょう

先月11才になったばかりの、小学校五年生。


夏休み真っ最中の今日は、電車を乗りついで、ぎっくり腰になったバァちゃんちへ、一人でお見舞いに行ってるの……って、なんか「赤ずきんちゃん」みたいだな。

でもオレは男だし、赤ずきんもかぶってない。

お見舞いで持って行ってるのも、水ヨウカンと、イモなんとかってお酒の小さいビンだし。

それよりなにより、バァちゃんはすごくおっかないから、オオカミぐらい素手でぶっ飛ばしちゃうだろう。余裕で。


オオカミの首根っこをつかんで仁王立ちするバァちゃんを想像し、くふふと笑いをこらえていると、いつの間にか、降りなきゃいけない駅に到着してた。

あぶないあぶない。


荷物がパンパンにつまったリュックを背負い、水ヨウカンの入った袋をさげて、一時間ぶりに電車から降りる。

無人駅を通りぬけ、物置みたいに小さな駅から外に出ると、目の前には田んぼがどかーんと広がってた。

今日はイヤになるほど天気が良いから、東西南北どちらを向いても、どこかしらで、緑がテカテカギラギラ光ってて、ちょっと目が痛い。

オレのジィちゃんも米を作ってるから、この緑の海のどこかに、ジィちゃんの田んぼもあるんだろうなぁ。

緑がざわざわと揺れるこの風景を見るたび、オレはいっつも「夏休みなんだなぁ」って思うんです。


「いざ、ジィちゃんちへ!」


昼間なのに誰もいない駅前を見回したあとは、野球帽をかぶりなおし、駅から山の方へまっすぐのびてる一本道を歩き出す。

目指すジィちゃんちは、この道をずーっと歩いて行った先にあるんだ。

ひたすらまっすぐ行けばいいから、迷子になる方が難しいかもね。


「あらぁ、眠田さんのお孫さん! ぎっくり腰のお見舞い?」

「おばぁちゃん、腰、大変ねぇ」

「お母さんは元気? おばぁちゃん、腰を悪くしたんですってねぇ」


一本道にそって歩く途中、あちこちで、近所の人たちに会う。

頭を下げてあいさつすると、みんな決まってバァちゃんの腰のことを言ってくるんだ。

まさか町中の人が知ってるのか、バァちゃんのぎっくり腰。

あとなんで、自己紹介もしてないのに、みんなオレがバァちゃんの孫だって知ってるの!?


田舎おそるべし、と、うなりながらズンズン進んでいると、まだだいぶ先の方に、見覚えのあるカワラの屋根が見えてきた。

百年以上も前に建てたられたらしいジィちゃんちは、ジィちゃんとバァちゃんの二人暮らしなのに、やたらとでっかいんだ。

ふだんは使わない部屋がいくつもあって、この家で生まれて育ったオレのお母さんでさえ、「二、三回しか入ったことのない部屋がある」って言うんだから、びっくりする。


何年か前、今よりもっと小さい頃に探険したことがあるんだけど……ふだんは誰も通らない、明かりが何もついてない廊下とか、バァちゃんのバァちゃんが使ってたっていう部屋とか、どういうわけか外から開かないようになってる物置とか……そういう場所がいくつもあって、怖いったらなかった。


でも一番怖かったのは、探険してるオレを見付けたバァちゃんから、

「勝手にそんな所に入って、連れて行かれても知らないからね!」

……って怒られた事だったりする。

誰が、どこに、連れて行くんでしょうね?


そんなことを思い出しながらも、あと何歩ぐらいで門の前に着くかな、って歩数を数えながら歩いていると、七十三歩目をふみ出したところで、「リョウちゃん!」って、聞き覚えのある声がした。


「こっちだよ! よく来たね!」


門の前で手をふりながらさけんでいたのは、オレのジィちゃんだった。

名前は眠田ねむりだ宗次郎そうじろうっていって、なんかちょっとカッコイイ。

だけど本人は気が弱そうで、ヒョロっとやせてる。

オマケに、ちょっと背が高いから、今みたいに右手を大きく振り回してると、すごく目立って、かなりはずかしいんだ。

大きい犬がシッポをふってるみたい、って言ったのは、お母さんだったかなぁ。


そんなジィちゃんはオレのお母さんのお父さんなんだけど、笑うと目が思いっきり細くなるところが、お母さんそっくりだと思う。

お母さんに言うと「まだあんなシワシワじゃない!」って怒るから、絶対に言えないけど。


全速力でジィちゃんの所まで走って行くと、ジィちゃんはやっと、手を振るのを止めてくれた。


「駅まで迎えに行けなくてごめんねぇ、リョウちゃん」

「小さい子じゃないんだから平気。駅からずーっと一本道だし。あ、そうだ。これ、おみやげの水ヨウカン」


ヨウカンの袋を渡すと、ジィちゃんは「わぁ、おバァちゃんの大好物なんだよ」と喜んだ。

……あ、そうだった!

そもそも、今日はバァちゃんのお見舞いに来たんでした。


「バァちゃんの具合はどう? ぎっくり腰って、すごく痛いんでしょ?」

「うん、ジィちゃんもやったことあるけど、そりゃあもう痛いよぉ。今は家の中で休んでるはずだから、まずは顔を見せてあげて……って、あ!」


門をくぐって玄関へと向かっていると、ジィちゃんはいきなり立ち止まり、口を半開きにして家の方を見てる。

なんだなんだとオレもそっちを見てみたら、ハデハデなピンクのパジャマを着た人が、ゆっくりと、玄関から外に出て来てた。

あのすごいピンクは……バァちゃんだ!


「バァちゃん、起きてて大丈夫なの!?」


ピンクパジャマの人は、やっぱりというか、当たり前というか、オレのバァちゃんだ。

少しヨロヨロしてるのがあぶなっかしくて、あわてて駆け寄ると、「なんだ、涼かい」とつぶやいて、ジロリとこっちを見る。

オレより少しだけ背が高いバァちゃんの目は、ギョロリと大きく、ギリリとつり上がってて、正直おそろしいったらない。

しかも今日は腰が痛いせいか、いつもの三十倍ぐらい顔がけわしくて……やっぱりおっかないや。


でも、一番おどろくべきことは……こんな顔してても、べつに怒ってるわけじゃないんだよなぁ、バァちゃん。

家族以外の人にそう教えても、ぜったいすぐには信じてもらえないって思うぐらいに。


「大丈夫じゃないが、いつまでも寝てたって、何も出来ないからね」


バァちゃんはオレの頭を軽くぽんぽんとたたくと、ニヤリと笑う。

オレが遊びに来た時には、あいさつ代わりに、いつもこうされるんだ。


「せめて座っていればいいのに。歩き回るの大変でしょ?」

「座ったまんまでいるのも、なかなかつらいもんなんだよ。それに、ゆっくりだったら大丈夫。ほら、病院でコルセットをもらったしね」


そう言いながらバァちゃんは、お腹のあたりに巻いてるまっ白な腹巻きみたいなのをバチバチとたたく。

でも、急にしかめ面になってしまった。

やっぱり、まだまだ痛いんじゃないのかなぁ?


「ところで涼……今日は、あんた一人で来たのかい?」


しかめ面はそのままで、バァちゃんは不機嫌そうに質問してくる。

お、オレ、何かバァちゃんを怒らせるようなこと、したっけ……?

まだ、してないよね?


「う、うん。そうだけど、どうして?」

「アタシは『麗一郎れいいちろうも一緒に来い』って言ってたはずなんだけどねぇ」


よりいっそう低い声でつぶやいたばぁちゃんの目が、ギリリととがるのを、オレは見てしまった。



麗一郎ってのは、オレの兄ちゃんのことだ。

中学一年生で、性格は……超悪い。ヤになるほど意地悪で、ずるいんだ。

そのせいで、お父さんお母さんだけじゃなく、バァちゃんにもしょっちゅう怒られてるんだけど、全然まともにならない。

ああいうの、死んでも治らない、ってヤツじゃないかな?



「でもオレ、兄ちゃんから『お前一人で行け』って言われたよ? バァちゃんが電話でそう言ってたからって……」


昨日、バァちゃんから「ぎっくり腰になった」って電話がかかってきた時、それを取ったのは兄ちゃんだった。

電話を切った兄ちゃんは、オレに「バァちゃんが、お前に『手伝いがてら泊まりにおいで』だってさ」って言ったんだけど……さては兄ちゃん、ウソついたな!


「麗一郎のバカめ。いつもいつも逃げ回って。今度会ったらタダじゃおかん」


バァちゃんが顔をしかめながらそう言うと、それまで何も言わずにニコニコしてたジィちゃんが、急にあわてだした。


「れ、レイちゃんも中学生になって色々と忙しいんじゃないかな! 後から来るつもりなんだよ、きっと! ……それより、早く家の中に入ろう? リョウちゃんお昼ごはんまだでしょ?」


厳しいバァちゃんとは正反対で、すごく優しいジィちゃんは、兄ちゃんをすぐにかばう。

そういう時は、すんごい早口になるからすぐわかるんだ。

兄ちゃんなんて、一回バァちゃんにぶっ飛ばされればいいのに、なんてことを考えてる間にも、ジィちゃんはオレの背中をぐいぐいと押す。

そして、そのまま玄関から家の中へと押しこまれちゃったのだった。


……と、とりあえず、おじゃましまーす!

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