「見えない」
時間は、お昼の一時をちょっと過ぎたころ。
ジィちゃんちに来て最初のお昼ご飯は、ジィちゃんのゆでた、ふにゃふにゃのソーメンだった。
バァちゃん特製のツユ(とてもおいしい)をつけてずるずる食べていると、テーブルの向かいに座っていたバァちゃんが、話しかけてくる。
「涼、ちょっといいかい?」
「なに? ソーメンおかわり?」
「ちがうちがう。今から大事なことを言うから、よく聞きな」
「な、なんなのトツゼン」
オレは思わずはしを置いて、背すじをピンと伸ばした。
「明日からしばらく、バァちゃんのかわりにやって欲しいことがあるんだよ」
「うん、いいよ。手伝うために来たんだし。何すればいいの?」
「神様のお
「それって、家の中の神棚のこと?」
「ちがうちがう。そっちはジィさんがやってくれるから大丈夫」
じゃあ一体どこのお社だろ、と、オレが首をかしげると、バァちゃんもそっとはしを置いた。
「お勝手口のドアから外に出たら、裏山につながってる山道があるのは知ってるね?」
「う、うん。行き止まりに小さいお社がある道だろ?」
バァちゃんが言う「裏山」ってのは、ジィちゃんちの裏にある、小さくて、丸い山のことだ。
まるで、ミソ汁のおわんを逆さまに置いたみたいな形をしてる。
裏庭の奥にある山道を登っていくと、山の中ほどの所で道が終わってて、そこに、小さくて古いお社があるんだ。
小さいころは、バァちゃんといっしょによくお参りに行ったっけなぁ。
でも、その山は、大昔から神様やらオバケやらが住み着いている所でもあるから、ぜったいに子供だけで入っちゃダメだって言われてるんだけど……本当のところはよくわからない。
だって兄ちゃんは何回も一人で入って行っては、バァちゃんにバレてものすごく叱られてたし、この家で育ったお母さんも、「何もいないわよぉ」って笑いながら、一人で山菜をとりに行ったりしてたんだもん。
「で、でもさバァちゃん。裏山って、子供だけで行っちゃダメだって言ってなかったっけ?」
「あんた達が小さい頃はね。でも、今はお前も大きくなったんだし、バァちゃんの代わりに、裏山のお社にお供えしてる神様のお水を、キレイなものに交換してほしいんだよ」
「ひ、一人で?」
「もちろん一人で。この家にいる間は、毎朝ね」
「毎朝っ!?」
これまでは入っちゃいけないって言われてた場所に、いきなり、たった一人で?
オレがごくりとツバを飲み込むと、それまで静かにソーメンをズルズルしていたジィちゃんが、いきなり、キッ、と顔を上げた。
ピピッとソーメンのつゆが飛び散って、ちょっときたない。
「ちょっと待って
ジィちゃんはやけにマジメな顔でそう言った。
ちなみに、「吹雪」っていうのはバァちゃんの名前だ。ジィちゃんはバァちゃんを名前で呼ぶんだ。
ただし、バァちゃんはジィちゃんのこと「ジィさん」って呼んじゃうけど。
「そんなこと言ったって、今のアタシじゃ腰が痛くて山道なんて登れないし、アンタは朝から何かといそがしいじゃないか」
まゆげとまゆげの間にシワをよせ、バァちゃんはムスっとした顔で言う。
すると、ジィちゃんは「うぅ」と声に出してひるんじゃった。
ジィちゃんってば、バァちゃんに弱いからなぁ。
「アタシもね、本当は麗一郎にやらせるつもりだったんだよ。あの子は、小さいころから私らの言い付けをやぶって、一人で裏山に入って遊んでたぐらいなんだから」
そう言うと、バァちゃんは、ふぅ、とため息をはいた。
……くそぅ、うらむぞ兄ちゃん!
兄ちゃんのムカつく笑顔を思い浮かべながら、バァちゃんとジィちゃんの顔をかわるがわる見ていると、ジィちゃんがオレの頭をグリグリとなでてくれた。
「うう~ん……たしかに、リョウちゃんはレイちゃんとはちがって『見えない』から、逆に大丈夫……かな?」
ちょっと待ってくださいジィちゃん。
『見えない』って、いきなり何の話?
「大丈夫でしょうよ。山道を登って水を替えるだけなんだから。『見えない』なら、何も起こりようもない」
ば、バァちゃんまで!
だから『見えない』ってどういうこと!?
「ねぇねぇ『見えない』って何? もしかして本当にオバケがいるの? 兄ちゃんには見えるんでしょ?」
オレはガマンできず、二人の話に乱入してしまった。
ここだけの話だけど、兄ちゃんは生まれ付き、オバケが見えちゃう人らしい。
いや、兄ちゃんだけじゃなく、バァちゃんやジィちゃんにも見えてるんだって。
特にジィちゃんとバァちゃんなんて、時々「先生」とか「
いわゆる『霊能力者』ってやつらしいんだけど……その呼び方は好きじゃない、って、ジィちゃんが言ってた。
そしてオレはと言えば、じまんじゃないけど、オバケなんてさっぱり見えない。
霊感ってのもゼロだ。
ついでに言うと、お父さんもお母さんも見えないから、やっぱり、兄ちゃんやジィちゃんたちが特別なんだと思う。
「なぁに、見えないんなら、何も気にしなくてもいいんだよ」
オレが必死に質問したのに、バァちゃんはあっさりとそう言った。
「で、でも、裏山にはオバケがいるってことは間違いないんだよね? オレに見えてないだけで」
「そういうことだねぇ」
「だったら、裏山にはちょっと行きたくない……ん、です、けど」
オレがおそるおそる、そう言ったとたん……バァちゃんの目が、ギリギリとつり上がる。
あ、まずい。
そして、やばい。
「……涼、アンタは今、何年生だい?」
「五年生になります」
「そしたら来年は六年生だ。……小さな子供じゃあるまいし、いつまでも情けないことを言うんじゃない!」
バァちゃんは雷みたいにピシャリと言うと、またソーメンをずるずると食べ始めちゃった。
オレ、知ってるぞ。こういうの、リフジンっていうんだ。
こうなったらジィちゃんに助けてもらおうって思ったけど、ジィちゃんはニコっと笑って「がんばってね!」って言うだけ。
くそぉ、オレの考えは甘かったみたいだ。
だってよく考えたら、ジィちゃんってバァちゃんに逆らえないんだもんな……。
こうなってしまったら、もうバァちゃんの言うことを聞くしか道はない。
観念したオレは、もう一度はしを手に取ると、ソーメンを1本ずつ、ちゅるちゅると食べるのだった。
バァちゃんに「ダラダラ食べるな!」って怒られながら。
ちょっとだけかなしくなった昼ご飯の時間の後、ジィちゃんちの玄関に置いてある電話を借りて、家に電話をかけてみた。
ジィちゃんちに着いたら電話しなさいってお母さんに言われてたのを、思い出したんだ。
家の電話番号を押してしばらく待っていると、5回ほどコールした後に……兄ちゃんが出た。
え、なんで? 今日はお母さん、仕事が休みのはずなのに。
『おぅ、涼。ちゃんと着いてたか。バァちゃんはどうだ?
「何言ってんだよ。本当にぎっくり腰だったよ」
『マジで? てっきりオレを呼び出すためのウソだと思ってたんだけどなぁ』
「だからオレをだまして、一人で行かせたのかよ!」
『別にだましてはないだろ、人聞きの悪い。言わなかっただけだ』
「同じだよ! 兄ちゃんのせいでオレ、明日から裏山のお社の水を……」
『あ、友達が迎えに来たからもう切るわ。今からプール行くから。じゃ、ジィちゃんとバァちゃんによろしく!』
ガチャブツッ、と勢いのいい音を立てて、電話が切れる。
オレも受話器をたたきつけたい気分だったけど、ジィちゃんちの電話機だから、ぐっとこらえた。
兄ちゃんめ……ぜったい、後から仕返ししてやるからな! 覚えてろ!
オレもプール、行きたいなぁ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます