三日目 7月29日

見てない、聞いてない。

いつもの様に、朝五時半に目が覚めると……何も見えない。

それもそのはずで、シツジのやつがオレの顔の上に乗っかって、目をふさぐようにして寝てた。

もし口までふさがれてたら、ちっ息してたじゃないか!


「バァちゃん、おはよう」


台所にいたバァちゃんに朝のあいさつをしたら、顔を洗って服を着替え、ペットボトルをかかえて勝手口へ向かう。

するといつの間に、さっきまでぐーぐー寝ていたはずのシツジが起きてきていた。ちぇっ。


「ご主人、朝っぱらからムニャどこいくですか? 家出するムニャですか?」


ムニャムニャと、何だかヘンなしゃべりかたをしながら、シツジが背中にくっついてきた。


「こんな堂々と家出するわけないだろ、バァちゃんそこにいるのに。神様のお社の水を替えに行くんだ。お前が昨日、ジャマしたやつ」

「あのころはボクもコドモでしたからねぇ」

「昨日のことじゃないか!」


まるで何年も前のことみたいに言うシツジにあきれながら、行ってきます、と、お勝手の戸を開ける。

さて、今日も無事に水替えが出来ますように…………って、え?

なんで、シツジもいっしょに外に出て来るわけ?


「お前、ついて来る気なの?」

「当たり前ですよぉ。ボクとご主人はイッシンドータイってやつなんですから」

「それはだけは、ゼッタイに、いーやーだ!」


なんで、こんな米粒オバケと一心同体にならなきゃならないんだよ。


「せっかくなんだ、そう言わずに行っておいで」


オレとシツジがもめてる事に気付いたんだろう、見送りに出ていたバァちゃんが、そう言った。


「でも、シツジってオバケだろ? お社に連れてっても大丈夫なの? シュッって消えちゃわない?」

「ええええ、ボク、シュッって消えるのはヤですよ!」

「それは大丈夫。そいつをしつけた時に、ちょっと神様の力をお借りしたって言ったろ? ……それに、一心同体とはいかなくっても、いっしょに生活して、上手くコントロール出来るようになれば、言うことを聞かせるのだってかんたんになるんだよ」


バァちゃんにそんな風に言われてしまうと、納得するしかない。

お願いだから面倒ごとを起こしてくれませんように、と、何度も何度も心の中で神様にお願いしながら、オレはいつもの山道へとふみ出したのだった。






生意気な口をきくシツジと口ゲンカをしているうち、気付いたら、お社についてた。

ほんと、何も起きなければ、あっと言う間のことなんだよなぁ。

今日はすごく天気が良いから、朝日に照らされたお社が、いつも以上にありがたく見える。


(今日一日、シツジがヘンなことしでかしませんように)


決められた通りに水を替え、お社にしっかりと手を合わせる。

願いごとは口に出さない方がかなうってジィちゃんが言ってたから、口は開かない。


その間、シツジはぼ~っとオレを見てたんだけど、いきなりフワフワとお社に近付いたと思ったら……何かを、ぽちゃん、と水の器に落とすのが見えた。

さっそく、ヘンなことをしでかしやがった!


「お前、何したんだよ! 神様の水になにか入れただろ!」

「ぼくもオソナエモノしたんです。ご主人みたいに」


えへん、と言わんばかりに、得意げな顔になる。


「だったら、なんで神様の水に入れるんだよ!」

「えー、オソナエモノを入れるところじゃないんですか? これ」

「ちがう!」


神様に向かってごめんなさいと言いながら、水の器をのぞきこむと、小さなキノコがぷかぷかと水に浮いている。

確か前もそうだったけど、キノコからはうっすらとしたケムリみたいなのが立ち上ってたものの、ほんの三秒ほどで消えちゃった。

キノコの胞子ってヤツなのかな? 前に本で見たような。


何にしろ、神様の水をキノコ水にするわけにはいかない。

キノコをひょいと指でつまみ上げ、林の方に投げすてようとすると……シツジが手に抱き着いて、いや、手首にぶら下がってきた。ちょっと! 重い!


「あー! 捨てないで捨てないで! ぼくのオソナエモノなんですから!」


意外なことに、どうやらイタズラでやったわけじゃないらしい。

仕方がないので、水の器のとなりに───シメジっぽいけどちょっと違う───キノコを置いて、「こんな供物でごめんなさい」と、もう一回手を合わせた。


チラリと横を見ればシツジも同じように手を合わせようとしてたけど、手が短いせいで、体がなんか変な形になってて笑いそうになる。

それをごまかすため、オレはシツジに質問してみることにした。

前からちょっと気になってたことがあるんだ。


「そう言えばお前って、キノコのオバケだったの?」

「はぁ? なにヘンなこと言ってるんです? ご主人」

「だってお前、キノコ投げてきたじゃんか。今もキノコをお供えしたし」

「あー、あれは、このお社の奥の森に、キノコのバケモノが眠ってるんですよ」


……へ?

今、なんて言った? コイツ。


「キノコのバケモノって、何それ」

「昔からいるヤツなんです。ボクは見たことないですけど、キノコのバケモノがねてる所には、たくさんキノコが生えてるんですよ。ちぎっても生えて、ちぎっても生えて。だからキノコ投げホーダイでした!」

「やめろよ! なんて事するんだ! バケモノが起きたらどうすんだよ!」

「もう何百年もねてるんですから、起きませんよぉ。ご主人のおくびょうもの~、腰ヌケ~、お前のバァちゃんオニ、アクマ~!」

「臆病者でけっこう! あと、バァちゃんにチクってやるからな、最後の」

「ごめんなさい」


シツジはペコペコと頭を下げていたものの、何を思い付いたのか、口を大きく開けると、楽しそうな顔をした。


「そうだ! キノコのバケモノのところ、見に行ってみます? ここからちょっと奥に入って行ったところなんですよ!」

「で、でも、お社の道から離れたらマズイし……」

「すぐそこだからダイジョウブですよぉ。ヤバいと思ったら逃げちゃえばいいんですから! それにボクも一緒ですよ!」

「それが一番不安なんだけどなぁ」


シツジは返事なんて待たずに、こっちですよー、と、お社の裏側の雑木林へと一人(一匹?)でガサガサ入って行く。

オレはすぐにそれを追いかける……前に、お社にぺたりと両てのひらをくっつけてから、雑木林へと踏み込んだ。

お社にさわったのは、何かあった時、神様のパワーをちょっと貸してもらえるかなーと思ったんだ。

取り替えた水の分ぐらいはさ。


「ほら、すぐそこなんです」


シツジに案内され、背の高い草や、木の枝を掻き分けながら、奥へ奥へ進んでいく。

すると、急に、何も生えていない場所に出た。まるでそこだけ、草刈りしたみたいに何も無い。

空気がひんやりしているのは、まだ朝だからか……それとも。ぶるり。


「これ見て下さい」


シツジに言われてそっちの方を見てみると、シツジが浮かんでる場所の下に、コケまみれの岩が、でんっ、と置いてある。

高さは……オレのヒザぐらいかなぁ。

よく見てみると、その岩を真ん中にして、木や草が全然生えてないみたいだ。

どうしてだろうと不思議に思っていると、シツジがケラケラ笑いながら言った。


「この下に、キノコのバケモノが寝てるんですよぉ」

「ひぇっ」


思わず声に出ちゃったけど、幸い、まだ笑ってるシツジには聞こえてなかったみたいだ。

バケモノがいるって言われたからか、なんかさっきから、すごく嫌な感じ……寒気とか、肌がビリビリする。

こんな所にいつまでもいたくなくって、もういいから帰るぞ、と言おうとしたら、シツジが頭の上で「あれぇ?」なんて変な声をあげた。


「な、なんだよ。どうした?」

「キノコがないや」

「キノコがない? ……そう言えば、さっきお前、キノコがいくらでも生えてくるって言ってたよな」

「そうなんですぅ。ホントは、あの岩のまわりにびっしりキノコが生えてて、とってもすぐに生えてくるんですけど」


首をかしげてるつもりなのか、体をナナメに傾けながら、シツジはふよふよと、オレの肩まで降りて来た。


「お前が全部取っちゃったんじゃないの?」

「全部はムリですよぅ。前は、とったらすぐに生えてきてましたもん」


そんな話をしてる間にも、肌のビリビリがひどくなってくる。

時々、静電気がおきたときみたいに、バチッ、バチッって感じもするんだ。

イヤな予感、っていうのがジワジワとしてるような気がして、オレはとなりで浮いてるシツジの頭をぎゅむ、とつかんだ。


「わわ、何するんですかご主人! 痛いですよ!」

「もう帰ろう。……オレ、ここキライだ」

「えー、ボクはぜんぜん平気なのにー。ご主人のよーわーむーしー!」

「うるせぇ。弱虫でけっこう! オバケのお前といっしょにすんな」


シツジが飛んで逃げられないように、しっかりつかんだまま、オレは早足でお社の方へと戻る。

バケモノの力か何かで、戻れなくなってたらどうしよう……って、心臓がバクバクしてたのは、シツジにはぜったいにないしょだ。

無事に、何事もなく山道へと戻ってきた後、オレはお社に向かって何度も頭を下げて、心の中でお礼を言いまくった。


「何もありませんでしたねー。つまんない」

「つまんなくていいんだよ。……よし、帰るぞ」


人の気も知らず、とんでもない事を言うシツジの口の辺りをぎゅむと掴み、山道を小走りで帰る。

のんびり帰ってると、後ろから何かが追いかけてきそうな気がしたんだ。

ここは神様の道だから大丈夫だって、前にジィちゃんが言ってたけど……シツジは、追いかけて来ちゃったしなぁ。


それと、キノコ岩(今、名付けた)のことはバァちゃん達には内緒にしとかなきゃ。

道を外れて山の奥に行った事がバレたら、さすがのジィちゃんにも怒られるだろうから。


「シツジ、キノコのバケモノの所に行ったこと、バァちゃんたちにはヒミツな」

「どうしてです? 今度はフブキ様もいっしょに……」

「お前、もしバァちゃんにバレたら、お前も消されちゃうかもしれないんだぞ」

「ひぃ、それはイヤです!」


シツジを口止めしたいなら、バァちゃんの名前を出しておどかすのが一番みたいだ。

ちょっとかわいそうだけど仕方ない。

すっかりおとなしくなったシツジを引きずるようにして、オレはジィちゃんちへの道を急いだ。





全速力で裏庭へと帰り着くと、バァちゃんは外に置いてあるイスに腰かけ、タマネギをヒモでくくってた。

バァちゃんの作ったタマネギは甘くて美味しい……って、今はそんなこと考えてる場合じゃない。

ゼェゼェと息をきらせたオレに気付いたバァちゃんは、少しだけ顔をしかめながら言った。


「遅かったねぇ、またその白いのがイタズラでもしたかい」

「してませんよ! ねぇご主人、ぼく良い子でしたよね!?」

「良い子じゃあなかったけど、まぁ、イタズラはしてない……かな?」


神様の水にキノコを入れたのは……本人のよれば、いたずらじゃないみたいだから、カウント外だろう。

キノコのバケモノの所に行ったことは、オレも一緒だったから同罪ってことで。


「もうご主人! そこは『してない』って、ハッキリ言ってくださいよぅ!」

「わかったから! 背中に登るな! 髪の毛引っ張るな!」


何かあればすぐ人の体に登ろうとする、うっとうしいシツジを引きはがそうともがいていると、バァちゃんが呆れたように、ふぅ、と息を吐いた。


「まぁ、何も無かったんならいい事だよ。……さて、朝ご飯にしようか。今日はたまご焼きだよ」

「わーい! たまご焼き、たまご焼き! たまご焼きってなんですか!」


ご飯を食べる必要なんてないクセに、シツジは大喜びしながらオレより先に家の中に入っていく。

オレはシツジにぐちゃぐちゃにされた髪の毛を整えながら、さっきのバァちゃんみたいに、ふぅ、とため息を吐いてしまった。


あれだけ大騒ぎしたのに、お腹があんまり減ってないのは……バァちゃんに隠しごとを作っちゃったせいかもしれないなぁ。

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