第10話 便利屋扱い
来生本家での訓練に同行を始めてから、ルーカスは色々な意味で呆れ果て、音も無くジークが近寄って来た時に思わず問い質していた。
「ジーク、どういう事だ? 二人の刀はどちらも刃を全く潰していない様に見えるが、日本では真剣で打ち合うのが普通なのか?」
その疑問に、ジークは額を押さえながら、呻くように答えた。
「まさか、そんな事は……。ただ彼女の母方の祖父が結構厳しくて、その方が亡くなる前は、悠理達と同様に小学校から直行してここに来て、訓練されていたと悠理から聞いた事があります。恐らくその時から、真剣を扱っていたものと思われますが……」
「それに加えて、どうしてあの伯父はあんなに手練れなんだ? 藍里は書道家だと言っていたが」
「確かに書道家として活躍されていますが、彼とは子供の頃に手合わせをした事がありますが、確かに強かったですね……」
「……っ、あのな!?」
どこか遠い目をしながら、答えにならない事を呟いたジークに、ルーカスが苛立った声を上げた。それを左右からウィルとセレナが腕を引きつつ宥めながら、後方に下がらせる。
「殿下、お二人の戦闘域に近づいていますから、ここにいては危ないです。もう少し下がっていましょう」
「よくよく考えてみれば来住様は、“あの”マリー様の兄上ですから。あの腕前は、ある意味納得です」
「…………」
それを聞いたルーカス達は何とも言えない表情になって黙り込み、一塊になって後方に移動した。そして二人の動きを見ながら、冷静にそれを検証し始める。
「取り敢えず、実戦形式での訓練でも、何とかなりそうで良かったです」
「後は、魔術の方をどうするかですね」
ジーク達が今後の課題を検討し始めた為、ルーカスも口を閉ざして二人の手合わせを見守る事にした。長さ的には刀より有利に見えても、逆にその長さの為振り回しにくく、重量もそれなりに見える薙刀を、縦横無尽に扱っている藍里を見たルーカスは、改めて彼女に対する評価を変える。
それからはその場の誰もが無言のまま見守る中、二人の打ち合いが暫く続いた。そして藍里が突き込んできた刀を刃で打ち落とし、基樹の体勢が崩れた所を狙って打ち突こうとしたが、その隙は演技で、そのまま勢い良く受け身を取りつつ転がった彼に難無くかわされた挙句に脇腹に剣先を突き付けられて、続行不可能となった。
「まだまだだな。試合までにはきっちり勘を取り戻していくぞ?」
刀を突き付けてきた伯父に「ここまで」と言われたと同時に、緊張の糸が切れて地面にへたり込んだ藍里は、全く息を切らさず、汗もかかずに含み笑いで見下ろしてきた彼に、息も絶え絶えに申し出た。
「……ちょっと待って、休憩。息、切れた」
「緊張し過ぎだ。もっと普通に呼吸しないと、戦闘中に酸欠になるぞ?」
呆れ気味に言ってきた基樹に、藍里は精一杯言い返す。
「そうは言っても! 伯父さんが矢継ぎ早に攻撃してくるんだもの!」
「攻撃を、休み休みやってどうする。しかし今回、紅蓮に傷を付けられなかったな。下手をしたら、ボロボロになるかと思ったが」
そう言われた藍里は自身の手の甲から腕を覆っている物を見下ろし、傷一つ無いのを認めて驚いた顔になった。
「本当。何回かは確実に掠っていたから、てっきり切れているか破れているかと思ったのに」
「この前、聖紋とやらが出たと聞いたし、自然に反応したんだな」
「反応って、何が?」
さらりと紡がれた言葉に藍里が怪訝な顔で尋ねると、基樹は道場の入口を指差しながら指示を出した。
「後から説明する。取り敢えず休憩だ。ほら、水を持って来てくれたぞ? 十分後に再開だ」
「了解」
見れば気を利かせたらしいセレナが、どこから調達してきたのかグラスに入った水とタオルを手に近づいてきており、伯父の指示に文句を付ける理由などない藍里は、座り込んだまま素直に頷いた。
「アイリ様、母屋の方に飲料水を貰いに行きましたら、アイリ様の従兄だという方に遭遇しまして、ついでにタオルもお借りしてきました。宜しかったらお使い下さい」
そう言って穏やかな笑顔で差し出されたそれらを、藍里は笑顔で受け取った。
「ああ、一成さん、帰って来ていたんだ。もう夕方だしね。じゃあ、ありがたく頂きます」
「はい、どうぞ」
「従兄弟?」
二人の会話を聞いて不思議そうにルーカスが呟くと、セレナが向き直って説明を始めた。
「はい、基樹さんにはご子息が二人おられて、上の方だそうです。今は夕飯の支度で忙しいので、目途が付いたら殿下に挨拶させて貰うと仰っていました」
「夕飯の支度? そう言えば基樹氏の夫人は、今日は留守なのか?」
何気なく問いを発したルーカスだが、それを聞いた途端藍里は口からグラスを離し、遠い目をしながら呟くように告げる。
「伯父さん、離婚しているのよ……。ちょっと変わっている人だし、過去に色々あったみたいで。でも和恵伯母さんも遠縁の人で、昔から伯父さんのあれこれは知っているから、問題ないと思っていたんだけど……」
「そうか……」
そこで他の三人から目配せを受けたルーカスだったが、そんな忠告を受けずともこれ以上踏み込まない方が良い事が分かった彼は、それきり口を閉ざした。
十分後に訓練が再開され、ルーカス達は再び二人の観察兼護衛を始めたが、特に基樹の展開する魔術を見ながら、疲労感に満ちた声を漏らしていた。
「……ジーク、来住氏があれほど魔術に長けているというのは、反則以外の何物でも無いと思うが?」
その問いかけに、ルーカスが何を言いたいのか分かり過ぎる位分かっていたジークは、思わず頭を下げて謝罪した。
「すみません。俺も基樹さんがあんなに強いとは……、というか、あれほど魔術の腕が立つ方だとは、微塵も思ってはいなかったものですから……。子供の頃は、目の前で使われた事などは皆無でしたし」
それに続いてウィルとセレナが、しみじみと感想を述べる。
「ですが考えてみれば、あのマリー殿の実の従兄弟で、義兄に当たる方ですからね。当然と言えば当然ですね」
「あのご様子だと、実力は『ファル』クラス……、いえ、下手をすると『ディル』でしょうか?」
「そんな事を考えるのは不毛ですよ。親父は別に聖騎士位なんて、微塵も興味はありませんから」
「え?」
突然割り込んだ男の声に四人が一斉に振り向くと、その中で先程顔を合わせていたセレナが頭を下げて、ルーカスに二十代後半に見える彼を紹介した。
「先程はありがとうございました。殿下、こちらは基樹氏のご子息の、来住一成さんです」
「お邪魔しています。ルーカス・ディル・ディアルドです」
「初めまして、来住一成です。アルデインからはるばるご苦労様です」
そこで互いに笑顔で右手を差し出して握手を済ませてから、普通には生じない筈の衝撃音が生じた裏山に顔を向けた。そして斜面の一部が崩れているのを認めたルーカスが思わず顔を顰めたが、何故か一成は手前に倒れている木を認めて、満足そうな笑みを浮かべる。
「ああ、ちゃんと予定通り切っているな。親父があまり楽しそうだから、頼んでいた事を忘れているかと思った。どうやらあの物騒な中に割り込んで、叱る羽目にならなくて助かった」
「頼んでいた事?」
心底安心した様に一成が呟いた内容に、ルーカスが怪訝な顔をした為、一成は律儀にその理由を説明し出した。
「あそこの山は、我が家の所有ですが、手入れをしないと荒れて、管理が大変なんです。ですが間伐するのも、人手を集めたり業者に頼むと色々手間がかかる上、物入りで」
「はぁ」
だからどうしたとルーカスは生返事をしたが、ここで一成は一転して良い笑顔になって話を続けた。
「今年はどうしようかと思っていたら、万里叔母さんから連絡を貰ったもので、急いで山を回って、伐採する必要がある木に、印の縄を結び付けてきたんです」
「え?」
慌ててルーカスが倒れている木を確認すると、確かに見える範囲で切り倒されている木の幹全てに、赤い紐が結び付けられているのを認めて、思わず顔を引き攣らせた。それには構わず、一成は上機嫌なまま話を続ける。
「いやぁ、本当に助かりました。あ、親父が切った木は、運搬を頼む業者がトラックに積み込み易いように、魔術で山から降ろしてあの林道に面したそこの空き地に、積み上げておいて下さい」
結構な広さのある裏庭の片隅を指差しながら、さらりと仕事を頼んできた一成に、ルーカスは慌ててそれを遮ろうとした。
「あの、ちょっと待っ」
「それでは宜しくお願いします。皆さんの分も夕飯を準備してありますので、遠慮なさらずに召し上がって下さい。さあ、準備再開するか」
「あの!」
しかし一成は、ルーカスの呼びかけなど物ともせず、さっさと母屋に戻ってしまった。そしてその場に呆然とした四人が取り残され、しかしこのままでも居られないと、ウィルが恐る恐る、ルーカスに声をかける。
「ええと……、あの、殿下?」
「切り倒した木を、一ヶ所に集めるだと? 俺は便利屋か!?」
「殿下はお休みになっていて下さい。アイリ様の訓練の場所を提供して頂いているのは確かですから、私達が処理しますから」
我に返ったルーカスが激昂すると、セレナが取り成すように申し出た。しかし彼はそれに素直に頷く事はせず、渋面になりながらも裏山に向かって足を進める。
「……俺もやる。お前達だけにさせられん。そんな事が父上の耳に入ったら叱責される」
「宜しくお願いします」
ルーカスが癇癪を起こさずに余計な仕事に取り掛かってくれた事で、三人は感謝して頭を下げた。そして斜面を登りながら左右の斜面に倒れている木を見つけると、魔術で宙に浮かして下の裏庭へと誘導する。それを二十本ほど片付けた所で、誰からともなく呆れ半分感嘆半分の呟きが漏れた。
「しかし、本当に目印を付けておいた木だけ、切り倒しているみたいですね」
「ここまでくると、お見事の一言しか出ません」
「もっと凄いのは、アイリ様を斬るついでに切っている訳ですから、その目印の前に、アイリ様を追い込む必要があるわけですよね? 本人にはそうと悟られずに」
そこで思わず顔を見合わせて四人は無言になったが、ルーカスが嫌そうな顔になって呟く。
「……化け物か」
他の三人も否定できず、その場に気まずい沈黙が漂った。しかしその時、突然そう遠くない所から、怒鳴り声が伝わってくる。
「ほらほら、避けてばかりいないで、とっとと反撃してこいや!!」
「伯父さん、絶対、性格が豹変しているわよね!?」
その両者の叫びと共に、四人の所にまで拳大の岩石が大量に飛んで来た為、各自反射的に障壁を作ってその直撃を避けた。
「随分、派手にやっていますね」
「あの二人に間違って斬られない様に、十分注意しろ?」
「了解しました。まだ死にたくはないです」
それから一時間近くの間、時折二人に遭遇してちょっとした命の危険に晒されながらも、四人は黙々と、山中に散乱した木の回収に勤しんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます