第25話 扉

 全員で窓が無い広い部屋に入ると、まず真っ先にドアの両側に二人、更に向かい側の壁にあるドアの前に二人、明らかにアルデインの警備兵と分かる松葉色の軍服で武装した男達が目に入り、藍里は一瞬たじろいだ。次に改めて向かい側の壁に設置してあるドアをしげしげと眺めた藍里は、全員が室内に入ってから、軽く扉を指さしつつ隣にいたルーカスに囁く。


「ええと……、話に聞いていた『扉』って、あれ、よね?」

「ああ」

「あれが異世界、リスベラントに通じているの?」

「そうだ。お前が四年前まで、グースカ寝ている間に通過していた奴だな」

 そう断言された藍里は、真顔で縦2m、横1m程に見える、木製の古ぼけたドアを凝視した。そして再び問いを発する。


「本当に、リスベラントに通じているのはあそこだけ? もしくは扉の大きさが、魔術で大きくなったりはしないの?」

「勝手にどんな事を想像していたのかは知らないが、本当にあそこだけで、枠の大きさも変えられない。だから互いの世界に、あの大きさ以上の物を持ち込めない。そもそも持ち込みには、厳しい制限があるが」

 素朴な疑問に、真面目にルーカスが答えてくれた為、藍里はうっかり率直な感想を漏らした。


「そうなんだ……。あの扉について色々話は聞いたけど、想像していたより、随分しょぼい、痛っ!!」

「黙れ。不敬罪と見なされて、この場全員に、寄ってたかって刺されるぞ?」

「…………すみません」

 思わず率直な感想を口にしてしまった藍里の足を、ルーカスが素早く自分の足を彼女のスカートの下に潜り込ませて力一杯踏みつけた。

 低い声で警告された藍里が周囲を見回すと、扉の前には大きな机が二つ置かれており、そこで何やら書類仕事をしているらしいスーツ姿の男性や、藍里達同様これからリスベラントに向かう者が数名見受けられ、彼らが自分達を興味深そうに見ているのが分かり、大人しく口を噤む。


「それでは、通過手続きに入ります。まずあなたのお名前を聞かせて下さい」

「ルーカス・ディル・ディアルドだ」

「確認しました。こちらで待機をお願いします」

「分かった」

 ルーカス達が一団となって部屋を進み、片方の机の前に到達すると、扉の管理者らしい男性が書類を捲りながら机越しに質問を繰り出した。さすがにルーカスに対しては顔パスっぽい雰囲気だったものの、彼は一応既定のやり取りをしてから、扉の前に並んでいた者達の列の最後尾に付く。


「それでは名前をお願いします」

「藍里・来住・ヒルシュです」

「ヒルシュ……」

 次に進んだ藍里は気負う事なく名前を述べたが、その途端、室内の空気がざわりと動いた。それを感じ取った藍里だったが、聖紋絡みでの御前試合の事とか、色々性格に問題がある兄達の妹という事で耳目を集めているのだろうと分かっていた為、平然と相手の反応を待つ。そして目の前の係官らしき人物は、何故かどう言って良いものか迷うような素振りを見せてから、結局平凡な言葉を口にした。


「……お気をつけて」

「どうも」

 藍里もそれ以上言いようが無く、軽く会釈してルーカスに後ろに並んだ。それからセレナ達が後に続き、全員が扉の前で一列に並ぶと、時間を確認した担当者が椅子から立ち上がり、渡界希望者達に言い聞かせる。


「それでは時間ですので、扉を開けます。まずリスベラント側からの通行者が通り抜けてから、こちらからの通過をお願いします」

 それから徐に扉を開けていくと、その枠の中にここに来るまでに通過した時と同様の、漆黒の空間が見えてきた。少しの間そこに全く変化は見られなかったが、何か色が見えたと思ったら、紺のスーツ姿の中年男性が姿を見せて、室内に足を踏み入れる。そして次々にワンピース姿の少女や、ジーンズ姿の学生っぽい青年などが現れて、藍里は今現在の自分の姿と併せて考えて納得した。


(ああ……、そうか。こっちに来る方は、現代風の衣装で来る必要があるわけね)

 彼らは、担当者が座っているもう一つの机の前に一列に並び、確かに渡界したとの確認を取って貰い始めると、扉の取っ手を掴んで開けたままの担当者が、扉の前に並んでいる者達に「それではお通り下さい」淡々と声をかけた。

 皆経験者らしく、一人ずつゆっくり扉の向こうの闇が広がる空間に足を進めていき、すぐにルーカスの番になった。


「じゃあ、先に行くぞ」

 そう言い置いて、ルーカスも躊躇う事無く歩き出し、すぐにその背中が扉の向こうの闇に包まれて見えなくなる。その一連の流れを見た藍里は、視界が利かない空間に進む事に加え、先程から感じている何とも言えない重圧感を感じて、彼女には珍しく正直回れ右したい気分になった。


(うわ……、何、これ、ちょっと気持ち悪い。物置とか会社の戸をくぐった時も違和感を覚えたけど、その時以上に、なんとなくざわざわする。怖いとか鳥肌が立つと言うのとは、また別の感覚だけど)

 順番になって「どうぞ、お進み下さい」と声をかけられても、思わず渋面になって止まったままの彼女に、セレナは距離を詰めて後ろから囁いた。


「すぐ向こうに着きますし、最初は誰でも慣れないものですから」

 声をかけられて我に返り、さすがにここで自分が動かないままでいると、周りの人間の迷惑だと再認識した藍里は、一瞬怖気づいたのを誤魔化す様に苦笑いしてみせた。

「そうなんだ。あまり慣れたくは無いけどね」

 そして彼女はこの数年意識していなかった、父親の故郷に向かって足を踏み出した。

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