第14話 日々の情景

「おっと……、来るか?」

 登校する為、藍里と並んで歩道を歩いていたルーカスだったが、腕時計に付随させている防御魔術が反応して危険を察知した為、瞬時に意識を切り替えて攻撃してくると思われる方向に向き直った。しかし彼が反応する前に、藍里が淡々とした口調で片腕を振りつつ、短く呪文を唱える。


「シャー、テス、ラン」

 そしてまるで小蠅を追い払う様に藍里が小さく手を振ると、その手の先から生じた青白い光が空中を伸びて来た雷状の電光を絡め捕り、逆に一直線に空中を走って行った。そしてその飛んで行った光が木々に隠れて見えなくなってから、ルーカスは一応尋ねてみる。


「……行ったか?」

「多分。狙った相手まで、到達したとは思うわ。勘だけど」

 多少自信なさげに小首を傾げた藍里だったが、ルーカスは苦笑しながら保証した。


「お前の『勘』なら、確かだろうさ。……しかしこんな晴天に、雷が落ちるわけがないだろうが」

 最後は苦々しげに悪態を吐いたルーカスに、藍里は思わず足を止めて問いかける。

「え? 今のってまさか、偶然の事故を装って、私を殺す気だったの? 幾ら私でもこんな日に、落雷で感電死するなんて思わないわよ?」

「……今日の刺客は、お前以上の馬鹿らしい」

「何ですって!? あんたって時々、本当に失礼よね!」

 本気で腹を立て始めた藍里を半ば無視して、ルーカスは腕時計に触れながら通信用の魔術を起動した。


「ジーク、どうなっている?」

 その端的な指示にも、万事心得た返答が返って来た。

「そちらの方にはウィルが待機していましたので、今向かわせて確認しています」

「今回は公の場での魔術の行使で、二重の規約違反だ。逃すなよ?」

「心得ました」

 そんなやり取りを聞いている間に気持ちを落ち着けた藍里は、先程の件について若干呆れた様に感想を述べた。


「だけど、相変わらずの物量作戦かと思いきや、とうとう魔術で狙って来るようになったわね」

「しかも登校時に公道で狙うとは……、本当に見境が無くなってきたな。連中が相当焦っている証拠だとも言えるが」

 思わず難しい顔になったルーカスだったが、一見何も異常がない藍里の腕を見て苦笑いの表情になった。


「しかし本当に、その紅蓮の防御能力は凄いな。大抵の危険は回避できそうだ。リスベラントでも、そこまでの物はなかなかお目にかかれないぞ?」

 藍里の制服の袖の上に装着している紅蓮だったが、不可視化魔術を施してきた為見た目に違和感はなく、先程の攻撃もいち早く察知し、殆ど自動的に反撃したのを見て取ったルーカスは、感心した様に告げた。すると今度は藍里が苦笑して肩を竦める。


「そうなの? 確かに便利だけど、日常的に使うと生存本能が鈍るから、使うのは程々にしておけと伯父さんに言われたけどね。取り敢えず命が惜しいから、御前試合までは標準装備にさせて貰うつもりよ」

「本当に、あの人は容赦ないな……」

 毒にも薬にもならない外見と雰囲気を醸し出しているかと思いきや、全く得体が知れない来住家当主を頭に思い浮かべたルーカスは、それを打ち消すように軽く首を振った。そして気を取り直して、話題を変える。


「だが短い日数で、何とか形になってきて安心した。これで御前試合前にあっさり殺されたり、試合で無様な負け方をされたりしたら、俺やジーク達の立場が無い」

「無様に負けてやろうかしら?」

「おい!?」

 ぼそりと呟かれた言葉に、ルーカスが血相を変えた。それを見た藍里が、悪びれない表情で肩を竦める。


「冗談よ。だって人に殺し屋を差し向けて、自分はふんぞり返っている様な輩、気に入らないし。証拠が揃わないだけで、目星は付いているのよね?」

 その問いに、ルーカスは落ち着かなさ気に、微妙に視線を逸らした。

「まあ、それなりにな……」

 それに若干引っかかりを覚えたものの、藍里は歩き続けながら淡々と告げる。


「大体、私が聖紋とやらを持っているのが許せないなら、自分自身で叩きのめしに来れば良いのよ。こそこそ手下を小出しにしてくるなんて、こちらからガツンと一発、一矢報いてやらないと、気が済まないわ」

「だろうな。遠慮する事はない。半月後の御前試合では、全力でやれ」

 力強く言い聞かせて来たルーカスに、藍里はある事を思い出した。


「そう言えば、対戦相手ってもう決まったのよね? 対策を練るとか、言ってなかったっけ?」

 そう聞かれた途端、ルーカスの顔が苦々しいものに変化する。

「ああ。今日から、その対策を含めた訓練になる予定だ。しかしよりにもよって、あいつが相手とは……」

「何? 知り合い?」

 不思議そうに尋ねた藍里だったが、彼は微妙に返答を避けた。


「リスベラントでは、聖騎士同士なら大体の顔と名前は、見知っているものだからな。だが試合の時、遠慮は無用だ。全力でかかれよ?」

「勿論、そのつもりよ。目一杯暴れてやるわ」

 そう言って不敵に笑いつつ、豪快に右手を振って見せた藍里に、ルーカスは思わず半眼を向ける。


「……お前、段々性格が粗野になってないか?」

「え? そうかしら?」

 惚けた口調でそんな事を言った藍里に、ルーカスは再度溜め息を吐き、黙って並んで学校への道を歩き続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る