第15話 舞台裏

「ジーク、回収した。喚いて五月蠅いから、問答無用で黙らせたが」

「そうか」

 少し坂道を上がった場所から、何事も無かったかのように登校していく藍里達を見下ろしているジークロイドの腕時計が、通信を知らせる波動と共にウィルの声を伝えてきた。それを聞いたジークは、相変わらず二人を視界に収めながら、事務的に確認を入れる。


「因みに、身元は分かったか?」

「ナーデス子爵家の三男」

「……なるほど」

 あっさりと捕獲できたのは幸いだったが、あわよくば人一人殺害するつもりで襲撃しているにも係わらず、しっかりと身元が分かる物を携帯しているのはどういう了見かと、ジークは本気で襲撃犯を問い詰めたくなった。しかしここでウィルが唐突に発した問いに、否応なく意識を向けさせられる。


「どうする?」

「どうする、とは?」

 本気で戸惑った声を出したジークだったが、問いかけたウィルもそんな反応は想定外だったらしく、困惑しながら言葉を重ねてくる。


「え? だから、このお間抜けなボンボンの処遇についてだが……」

「ちょっと待ってくれ」

 そう断りを入れたジークは、ジャケットのポケットからスマホを取り出し、それを媒介にして、某所のとあるシステムにアクセスし始めた。


「フィスト、リュ、アジェス……」

 短くジークが呪文を唱えると、何も操作せずとも彼の手の中のそれは自動で電源が入り、膨大なデータを処理し始める。そしてそれは二分程で、ジークが求めていた結果をはじき出し、ディスプレイに表示した。それを無表情で見下ろしたジークは、何の感情も感じさせない声音で、通話を再開する。


「たった今、確認を取った。日本の入国管理局と在アルデイン大使館の記録では、ナーデス子爵の三男に該当する人物が、日本に入国した正式な記録は皆無だ」

「この短時間に、どうやって調べた? こっちの世界では、軽々しく魔術を使うなと、いつも口にしているお前が」

 若干ウィルがからかう口調で言い返してきたが、ジークはそれを完全に無視して話を続けた。


「然るに、お前が捕らえた人物は、整形手術で彼と同じ顔にして彼の名前を騙っている、正体不明のテロリストに過ぎない。今現在公爵からは、アイリ嬢を保護し、彼女に害をなす存在については、手段を選ばず排除する旨の指示を受けている。即刻殺害の上、存在自体を抹消しろ」

 全く感情を見せずに言い切ったジークに、ウィルは小さく口笛を吹いてから、皮肉気に感想を述べた。


「お前が躊躇い無く、そこまで言うとはな。それは今回狙われているのが、彼女だからか?」

 その問いかけにジークは直接答えず、冷え切った声で決断を促す。

「やりたくないなら、俺がやるが?」

 それを聞いたウィルは、呆れ気味に言い返した。


「ちゃんと俺が責任持って、後始末するさ。全く、馬鹿だよな。こそこそ魔術を使って入国なんかするから、家族が抗議もできやしない」

「じゃあ、任せたぞ」

「了解」

 そんな些か不愉快な会話を終わらせたジークに、背後から声がかけられた。


「ジーク。お二人とも、無事に登校しました。私達もそろそろ出勤しましょう」

「そうだな」

 別方向から藍里達を護衛していたセレナが、学校敷地内に二人が無事に入った事を確認してから、報告を兼ねてジークの所にやって来た。その報告に頷いてから、スーツ姿の二人は何事も無かったかの如く歩き出す。


「随分、考え無しの人間が居たものですね。本国の方で、アイリ様の御前試合に関して、相当揉めているらしいのは分かりますが」

 対外的な配慮など全く考慮しない先程の魔術での攻撃に、セレナは呆れ果てた口調で呟いた。それにジークも、苦笑いで応じる。


「揉めているのはいつもの事だと、諦めていた筈だがな。少しだけ本国に帰るのが、億劫になってきた」

「同感です。日本は居心地が良いですから。いえ、あちらが悪過ぎるだけですか……」

 そんな事を自嘲気味に呟いてから、セレナは軽く頭を振ってジークを見上げた。

「向こうが居心地の悪い私はともかく、ジークはこちらが懐かしいでしょうし、仕事絡みでも、来る事ができて良かったですね」

 微笑しながら話しかけたセレナだったが、ジークは微妙な顔付きになった。


「あまり、良くは無かったな……」

「え?」

「こちらに出向く事になったのは、彼女に危害が加えられる可能性が出てきたからだからな。正直、万里さんから聖紋の話が出なければ良かったと思っている」

「でも……」

 ジークが本心からそう思っているのが分かったセレナだったが、生粋のリスベラント人である彼女は納得しかねる顔付きになった。それを見たジークが、困ったように弁解する。


「勿論、聖紋の重要性は、俺も重々承知しているが、それの有無だけで人生を左右されるのは、どうかと思っているだけだ」

 淡々とそう口にしたジークを見て、セレナは小さく笑いながら告げた。

「ジークはアイリ様の立場を中心に考えていますから、彼女の家族みたいですね。と言うか、れっきとした家族でしたね」

 その指摘に彼は若干言葉に詰まってから、かなり強引に話を終わらせた。


「……戸籍上だけの事だ。急ぐぞ」

「はい」

 以前からの界琉や悠理達とのやり取りで感じている、ジークと彼等の距離感を改めて疑問に思いつつも、ここで些末な事に関わっている場合では無いと、セレナは気を引き締めて彼と並んで歩き続けた。

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