第4話 聖紋の意味

「悠理がどこまでお前に説明したのかはルベトさんから聞いたから、重要な事から補足説明する。アルデインからリスベラントに繋がる扉には、厳しい使用制限がある。こちらの世界では異端でしかない能力を持つ人間が、リスベラントには数多存在していて、寧ろ能力が無い人間の方が希少だ。おまけにこれもトップシークレットだが、対外的にはアルデイン国で産出している事になっている貴金属やレアメタルの類は、実は九割以上リスベラントで産出している」

 そこで一旦口を噤んだ界琉が相手の反応を窺うと、藍里は無言のまま言われた内容を考え、真剣な顔で感想を述べた。


「それは……、確かに口外できないトップシークレットね。下手をすると『リスベラントは国際法上で認知された国ではないから、そこの産出物は誰の物でもない』とか屁理屈をつけて、欲に駆られた有象無象の連中が採掘の為に大挙して押しかけそう。それにあまり考えたくないけど、珍しい力の持ち主だからと中世同様に迫害されるか、下手したら人身売買の可能性も出そうね。その扉の使用制限に関しては納得できたわ。アルデイン国民だからと言って自由に使わせたら、どこからどう秘密が漏れるか分からないものね」

「その通りだ」

 ここで先程からのやり取りでちょっとした疑問を感じた藍里は、問いを発した。


「因みにリスベラントの広さはどの位なの? アルデイン公国と同じ位?」

「面積で言えば測定可能な範囲だけでも、リスベラントの方がかなり広い」

「『測定可能な範囲』って、どう言う意味?」

「リスベラントの四方の端は森や山の奥の辺境で、常時霧が立ち込めている。そしてそこに足を踏み入れた者は、二度と帰って来ない」

「……何なの、その物騒過ぎる国境と言うか、世界設定」

 想像して思わず顔を強張らせた藍里に、界琉が淡々と説明を続ける。


「辺境の各地には一応地名はあるが、当然誰も住めない未開の地だ。だから公爵家や伯爵家などにはれっきとした領地や領民が存在するが、一代限りの辺境伯にはその辺境の地が贈られて、その地名を名乗る事になる」

「それが『グラン辺境伯』とかなのね」

「そうだ。そのリスベラントで建国の祖と崇められている女性、聖リスベラ。本名リスベラ・ディアルドの額には、三日月が一番太い所で百二十度ずつずれて重なった形の、紅い痣が存在していた。それが『魔女』と呼ばれた一因でもあったが」

「確かにそんな物が額にあったら目立つわよね」

「リスベラントではそれを聖紋とし、最も高貴な意匠としている。だからリスベラントの国旗は緑地に紅の聖紋のデザインで、アルデインの国旗は何度も危機を救って貰ったリスベラントへの感謝の意味合いも兼ねて、白地に紅の聖紋のデザインになった」

 そこで父の故郷であり、今現在自身も国籍を保持しているアルデインの国旗を脳裏に思い浮かべた藍里は納得したが、すぐにまた新たな疑問が浮かび上がった。


「そういえば、その模様がさっき私の胸元に浮かび上がっていたのは、何か関係があるの?」

「お前は過剰に興奮した時とか、大量に魔力を行使した時だけ聖紋が浮かび上がる、特殊体質らしい。ここからが重要だが……。これまでにリスベラントでお前と同様に身体のどこかに聖紋を持った人間は、確認できているだけで過去に四十七人存在している」

「そうなの? じゃあ、凄く珍しいわけじゃないのね」

 何となく安堵した藍里だったが、続く界琉の台詞を聞いて顔を強張らせる。


「リスベラントでの成人到達年齢は十六歳だが、記録ではそれまでに二十六人が死亡している」

「……何、その尋常とは思えない早逝率?」

「因みに残る二十一人の内、六十を超えて生きた人間は四人だけだ」

 そこで藍里は、はっきりと顔色を変えた。


「何よそれ! その聖紋って、病気の遺伝子とか持った人に現れるわけ!?」

「記録に残っている限りでは何人かは病没だが、騒乱時にアルデインに出向いて戦死した他は、リスベラント内での権力闘争の過程での死亡だ。聖紋保持者は殆どの者がかなりの魔力の保持者の為、周囲から乞われて公爵に就任したり、その後継者や配偶者になったりしてきた。それで自分自身や親族と敵対する勢力に命を狙われて、謀殺された可能性が高い」

「なんて理不尽な……」

 藍里は盛大に顔を顰めた。そんな彼女に、界琉は容赦なく現状を指摘する。


他人事ひとごとのように言うな。突如として次期公爵候補に躍り出たお前も、一部の人間達の、暗殺リストのトップに躍り出ているんだぞ?」

「何よ、その次期公爵候補って!? 第一、本人もそんな物があるって知らなかったのに、どうしてリスベラントの人間がそれを知ってるのよ!?」

「先月の園遊会で、母さんが口を滑らせた」

「何でお母さんが?」

 思わず声を荒らげた藍里に、どこか遠い目をしながら界琉が説明を続けた。


「リスベラントの者なら聖紋の意味は知っていて当然だから、あまり話題に上る事も無かったのが裏目に出た。これまで大きな公式行事だけ辺境伯夫人として出席していた母さんは、それまでこの事実を知らなかったんだ。実際俺達も、アルデインで生活するまで知らなかったしな。その園遊会の時、比較的仲の良い貴族の奥方同士で歓談中、偶々国旗のデザインから聖紋の話になった時、『その形の痣なら娘に時々出ていました。出たり消えたりするから少し心配していたけど、変な物では無かったのね。実害が無いから放置していたけど』と事も無げに語って、会場中を驚愕の渦に叩き込んだそうだ」

「お母さん……」

 あまりと言えばあまりの事態に、藍里は文字通り頭を抱えた。


「その時の騒ぎは凄まじかったらしい。何十年ぶりかで聖紋持ちの人間が現れたら、その人物が事もあろうにリスベラントの外で生活していたわけだから。そんな前代未聞の事態に『公爵後継者候補として即刻本国に召還を』という聖紋至上主義派と、『リスベラント外の人間など排除すべき』との血統至上主義派とに分かれて、一触即発の事態になった」

「勘弁して……。どうしてそんな、派閥抗争っぽいものに巻き込まれる羽目に……」

「因みにベビーバスで湯あみ中に、手を滑らせてお前を危うく溺れさせかけた時や、離乳期に無理に食べさせようとして、喉に食べ物を詰まらせた時とかに、聖紋が浮き出ていたと母さんが言っていた。どうやらお前は自分が知らない所で、時々生命の危機に瀕していたらしいな」

(お母さん、絶対それだけじゃ無いわよね? 今まで私を、何回殺しかけたのよ!?)

 昔から母親の天然ぶりには密かに悩まされる事が多かった藍里は、本気で頭痛を覚えた。そんな彼女に界琉が、同情する視線を向ける。


「その園遊会の後に一部の貴族が不穏な動きを見せたから、この際お前をアルデインの公宮で保護して、そこで次期公爵に相応しい知識と教養と技量を身に付けさせようという話も出たんだが」

「冗談じゃないわよ! 人権侵害も甚だしいわ!?」

 顔色を変えて藍里が反論すると、界琉は軽く頷いてから説明を続けた。


「それは父さん達も同意見だったから、『娘はこれまで自由に育ててきた為、国を守る気概や人を使う心構えなどは皆無です。本国への召還など現時点では認められません』と突っぱねたんだ。だがアルデイン本国ならいざ知らず、お前を日本で無防備な状態で放置できなかったから、公爵閣下と父さんが協議の結果、反対派の実行部隊を一網打尽にするまで、お前に内密に護衛を付ける判断を下した」

「護衛? それならどうして今日襲われた時に、出てこなかったのよ?」

「連中が出てくる前に、お前が排除してしまったからだ。ルベトさん経由で報告が上がっている」

「私、何もしていないわよ!?」

 再び声を荒らげた藍里だったが、ここで界琉は唐突に話題を変えた。


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