第33話 二つの御前試合
迎えた、御前試合当日。
すっきりと気持ち良く目覚めた藍里は、普通に朝食を平らげて、一度自室へと戻った。そして室内で軽くストレッチなどをして時間を潰した後、ゆっくりと着替えを始める。
「よし、準備完了!」
短めの白筒袖の道着に藍染袴を身に着けた自分の姿を、姿見で確認した藍里は、両腕に装着しているのが露わになっている紅蓮に、小さく語りかけた。
「今日は、色々宜しく」
その囁きに応える様に、紅蓮が一瞬だけ淡く紅く光り、それが消えてから藍里は部屋を出て、一階の玄関ロビーへと向かった。
「本当に、その恰好で行くのか」
袴に草履と、一見どう見ても戦闘に不向きな藍里の格好を見て、ルーカスは本気で眩暈を覚えた。しかしそれを、藍里が一笑に付す。
「当たり前よ。着慣れないチャラチャラした服より、よっぽど良いわ」
今日臨むのが一応公式な場である為か、全員昨日までの服装より金属製の飾りや緻密な刺繍、襟や袖口が広がっている衣装を着込んでいる状態を見て、藍里は皮肉っぽく口にした。それにルーカスが、弁解がましく答える。
「さすがに試合時は、動きやすい服を着ている。それより、武器はちゃんと持っているよな?」
「大丈夫よ。藍華はちゃんと紅蓮に入れてあるから」
そう言いながら腕に付けている紅蓮を軽く叩いた藍里に、彼は不安を隠せない表情で呻いた。
「……とても不安だ」
「失礼ね。何がそんなに心配なのよ?」
「何もかもだ」
「本当に失礼な奴よね」
へそを曲げた藍里が彼に文句を言っていると、彼女同様普段着からの着替えを済ませた万里達が、明るく声をかけた。
「頑張ってね? 私達は観客席で、応援しているから」
「はいはい。なんなのよ、皆揃っての、そのゴージャス衣装は。娘や妹が文字通り真剣勝負をするって言うのに、娯楽じゃないのよ?」
思わず藍里が母親に冷たい目を向けたが、万里は少し困った様に言い返した。
「だって御前試合って、半ば娯楽の一種だもの。見物に行く人は、皆こんな格好よ? 地味な格好をしたら、周りから浮くじゃない」
その主張に、藍里は思わず呟く。
「……アラフォーで堂々と振袖を着た人が、今更何を言ってるのよ」
「あら、藍里。何か言った?」
「何でも無いわ。あれ? 界琉だけ妙に地味ね。そんな格好で良いの?」
ここで家族の中で一人だけ、一切飾りのない上地味な色合いのシャツとベスト、すっきりとしたデザインのズボンとブーツという出で立ちの長兄に、藍里は不思議そうな顔を向けたが、彼は淡々と理由を説明した。
「一応、動きやすい様にな。藍里の次に試合をするから」
「それなら納得……、じゃなくて!! 『次に試合をする』って、何よそれ!!」
寝耳に水の話に、藍里が慌てて問い詰めると、界琉は怪訝そうに問い返した。
「聞いていなかったか? てっきり殿下達から、聞いているものだと思っていたが」
そこで視線を向けられながら言われた台詞に、ルーカス達が盛大に首を降った。
「俺達も初耳ですから!」
「何だ、そうか。じゃあそう言う事だから」
あっさりと話を終わらせた界琉に、唖然としたウィルが慎重に尋ねてみた。
「……カイル殿。その試合、いつ頃に開催が決まりましたか?」
「うん? そうだなぁ……、ちょうど藍里の試合が決まった頃か?」
とぼけた口調で界琉が返すと、今度はセレナが若干顔を強張らせながら問いかける。
「因みに、対戦相手はどなたでしょうか?」
「アシミル子爵家のマース殿です。広い胸をお借りする気持ちで、戦いますよ」
そう言って嘘臭い笑みを振り撒いた彼を見て、ルーカス達は呻いた。
「よりにもよって、こっちも『ディル』じゃないか……」
「普通だったら、かなり話題になる筈なのに……」
「アイリ嬢の話題に隠れて、殆どスルーされていますね」
そんな囁き声を交わす同僚達とは違い、ジークだけは怒りを露わにして彼を睨んだ。
「わざとぶつけたのか?」
それに界琉が、ジーク以上の険悪な表情で睨み返す。
「愚問だし、お前にどうこう言われる筋合いは無い」
「…………」
そこで男二人が睨み合い、何故か一触即発の空気になった為、ルーカス達は勿論藍里も慌てたが、ここで間延びした声が二人の間に割り込んだ。
「まあまあ、界琉は昔からちょっと引っ込み思案で目立つのが嫌いだし、お茶目な性格だから敢えて黙っていただけだから」
その白々しい物言いに、その場にいた殆どの者が(それは一体誰の事だ!?)と心の中で突っ込みを入れ、ジークは疲れた様に溜め息を吐いた。
「お前も、本当に相変わらずだな、悠理」
それに、悠理が微塵も悪びれずに言い返す。
「理解者がいてくれて嬉しいよ。ジーク兄ちゃん?」
「…………」
含みのある笑顔付きの、子供の頃の呼び名で言われたジークは、何とも言えない表情で黙り込んだ。そして界琉も、それ以上事を荒立てるつもりは無かったのか無言を貫き、この隙にここを抜け出そうと、ルーカスが藍里に声をかける。
「それじゃあ、そろそろ出発するぞ」
「そうね。じゃあ先に行っているから」
「ええ、頑張ってね」
そして軽く手を振って藍里が断りを入れると、家族が玄関先で彼女達の出発を見送った。
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