第32話 創造主の意図
「それで? 言いたい事はそれだけかね?」
「いえ、月から太陽に変わるのを見てから、ずっと考えていました。どうしてこの世界を作った人は、太陽と月をこんな風にしたのだろうと」
真顔で藍里がその疑問を口にした途端、ルーカスが如何にも呆れたと言った口調で、口を挟んできた。
「は? お前、何を言っているんだ?」
「だって、雲だって自然に流れて、適度に雨だって降っているんでしょう?」
「それはまあ、そうだが?」
「それに星だって、季節で移り変わるのは無理みたいだったけど、向こうと同じく東から西に動いていたわ。それなのにどうして太陽や月だけは少しも動かないで、明るさが変わるだけなの? できるだけ向こうの世界を模倣するなら、それぞれ昼と夜に動かせば良いんじゃない? 星が動かせるなら、できると思うわ」
そこまで言われて、ルーカスは急に自信無さ気に応じる。
「それは……、何か理由があるんだろう。そうするには、何か魔術的に難しい何かが」
「魔術的な理由では無いと思うわ」
「それなら、何だって言うんだ?」
あっさりと否定されて、ルーカスは半ばムキになって言い返したが、続く藍里の主張に、驚いた様に目を見開いた。
「誰もが目にする太陽と月を、敢えて向こうの世界と違う様にしたのよ。このリスベラントは自分達が本来住む世界ではない、異世界だと言う事を忘れないために」
「何だと?」
「最初にここを作ったご先祖様達は、凄い努力をしたと思う。こんなに元の世界とそっくりに作って。だけど本当は、元の世界に帰りたかったのではない? だから自分達は無理だろうけど、後の世代には戻って欲しくて、その人達が生まれ育ったここが、本来生きていく場所では無いって事を忘れて欲しくなくて、わざと目に見えて分かる違いを作ったんじゃないかしら」
「…………」
それを聞いたルーカスは勿論、室内にいた全員が無言で藍里を凝視すると、その視線を感じた藍里は、居心地悪そうにランドルフにお伺いを立てた。
「え? あ、あの……、私、何か変な事を言いました?」
「いや……、別におかしくは無い」
「そうですか」
そう言われて藍里が安堵していると、慌ただしくドアがノックされたと思った直後、ランドルフと同年配の男が、ドアを開けて顔を覗かせた。
「ああ、公爵閣下、こちらにいらっしゃいましたか。探しましたよ?」
その安堵と怒りをない交ぜにした顔を見て、ランドルフが苦笑しながら立ち上がった。
「おや、見つかったか。もう少しのんびりできるかと思ったが。それではこれで失礼する」
「お忙しい中お時間を頂き、ありがとうございました」
藍里も自然に立ち上がり、彼に向かって頭を下げた。すると彼女に向かって、ランドルフが右手を差し出してくる。
「リスベラントへようこそ、アイリ・ヒルシュ。近いうちに君の呼称に『ディル』が付く事を願っている」
その真摯な口調と表情に、藍里も反射的に真顔になって手を伸ばし、その手を固く握り返した。
「奪ってみせます」
「頼もしいな。……皆は引き続き、アイリ嬢の警護と必要知識の講義を頼む」
「……はい」
「畏まりました」
藍里の宣言に小さく笑ってから、ランドルフはルーカス達に向き直った。そして最後にセレナに声をかける。
「セレネリア」
「はい」
「暫くは戻らなくて良い。益々居心地が、悪くなっているだろうからな」
「ありがとうございます」
藍里的には(第二公妾なのに、それで良いの?)とは思ったが、本人がどこか安堵している様子なので、余計な口は挟まなかった。そして側近らしい男に急かされてランドルフがドアの向こうに消えた途端、彼女は真顔でルーカスに向き直って確認を入れる。
「取り敢えず、これで終わり?」
「あ、ああ……、そうだが……」
「いやったぁ~、緊張したぁぁ~。さっすが一国のトップ。眼力がハンパ無かった~」
「…………」
盛大に伸びをして、如何にも開放感溢れる表情と様子の彼女を、他の者が何とも言えない表情で眺めていると、流石に気付いた藍里が変な顔をしながら尋ねた。
「あれ? さっきから黙りこくって、皆、どうしたの?」
「何でもない。さっさと屋敷に戻るぞ」
「はぁい。だけど、ルーカスのお父さんにしては、話が分かるナイスミドルよね!」
「…………」
「だからどうして黙っているのよ? 気色悪いけど」
そこで歩きかけたルーカスが再び歩みを止めた為、不思議そうに藍里が声をかけると、ルーカスは勢い良く背後を振り返って彼女を叱り付けた。
「お前の神経が、図太過ぎるからだ!!」
「なんですって!? 私が何をしたって言うのよ!!」
そこで口喧嘩が勃発した二人をジーク達は何とか宥め、すれ違う人間達の視線を再び集めながら公宮から出た。そして藍里達の乗る馬車の背後を馬で付いて行ったが、公宮を出てすぐに馬を並べているジークが声をかけてくる。
「殿下、どうかされましたか? 先程から、顔色が優れませんが」
彼が心配してくれた事が分かったルーカスは、慌てて首を振った。
「すまない。体調が悪いわけではない。考え事をしていただけだ」
「考え事、ですか?」
不思議そうに尋ね返してきた彼に、ルーカスは尚も少し考え込んでから、思い切った様に尋ねてきた。
「ジーク。お前は魔力無しと判定されて、向こうの世界に出された時、世界の違いにショックを受けなかったか?」
その質問の意図が掴めないながらも、ジークは正直に思っている事を告げた。
「勿論驚きましたし、慣れるのに暫くかかりました」
「俺もだ。だが太陽と月に関しては、これはこういう物だという事実だけ理解して、どうしてそうなったのかなんて、考えてみた事も無かった」
「……それは、私も同様です」
何となく相手の言いたい事が分かってきたジークが神妙に応じると、ルーカスは自問自答する様に言い出した。
「良く考えてみれば、リスベラントで生まれ育った者が向こうの世界に行く事はあっても、向こうで生まれ育った者がリスベラントに来る事は、建国以来殆ど無かったんじゃないのか?」
「考えてみれば、確かにそうかもしれません」
「だから辺境伯夫妻は、敢えて向こうで育てたのでは……、とか思ってな。思考形成には、環境が大きな影響を与えるから」
「それで、殿下は何を言いたいのですか?」
ジークがそうお伺いを立てたが、それに対してルーカスは些か投げやりに首を振っただけだった。
「悪いが、単に思いついた事を口にしただけだ。あの一家の考えている事など、誰が読めるって言うんだ……」
最後は忌々しげに呟いたルーカスに、ジークは思わず笑みを浮かべる。
「私の経験上でも、公爵閣下並みに読めませんね。取り敢えず藍里嬢が閣下に気に入られたらしい、位の事は分かりましたが」
「それはそれで、色々大変だがな……」
その心底うんざりした彼の表情を見て、ジークは一人笑みを深めた。
翌朝、朝食後に三兄妹だけで何やらコソコソと話をしていたと思ったら、界琉は槍を、藍里は藍華を手に、辛うじて瓦礫に覆われていない門から正面玄関に続く道の所で、何やら妙な事を始めた。
「お前達……、明日は御前試合だって言うのに、何をやっている?」
両手でそれぞれの得物をグルグルと回しながら、時に打ち合い、時に放り投げている行為を見て我慢できなくなったルーカスが尋ねたが、その問いに二人は手を止める事無く、事もなげに答えた。
「何って、薙刀でバトントワリング?」
「槍を使っての棒術ですが、それが何か?」
当然の如くルーカスの疑問に答えてから、二人は互いに言い合う。
「やっぱりさぁ、片方に刃が付いているから、バランスを取るのが難しいんだけど?」
「文句を言うな。俺だって条件は同じだ」
それを聞いたルーカスが、こめかみに青筋を浮かべる。
「……ふざけているのか?」
「失礼ですね、殿下」
「気分転換に、真面目に遊んでいるのに決まっているじゃない」
「あのなぁっ!!」
真顔で言い返してきた二人に、本気で声を荒げたルーカスだったが、ここで藍里の悲鳴が上がった。
「いたっ!! ちょっと悠理! 何をするのよっ!!」
その声に慌てて良く見ると、悠理がそこら辺に転がっている爪の大きさ位の細かい瓦礫を、藍里目がけて次々指で打ち出しているのが分かった。そして悠理は妹に文句を言われているにも係わらず、面白がる様に打ち続ける。
「何って、これ位の攻撃、無意識にかわせって。ほらほら」
「うっざ! グェ、マ、レイ!」
相変わらず藍華を回しながら、自分の周囲に透明な防御壁を展開させた藍里に、悠理は益々面白そうな顔になりながら宣言した。
「おお、上等。それじゃあ、こっちも本気で行くぞ! ジュード、ギア、ラシカ、ティ!」
彼がそう呪文を唱えると、これまでよりも更に大きな瓦礫が無数に浮かび上がり、しかもそれが炎を纏って一斉に藍里目がけて飛んで行く。
「ちょっ、何すんのよ! 悠理の鬼! 悪魔!」
「おらおら、こっちは貴重なオフを、お前の為に使ってやってるんだ。暇潰し位させろ」
「来てくれなんて、頼んで無いわよ! 悠理の馬鹿ぁぁぁっ!!」
血相を変えて次々瓦礫を藍華で叩き落していく藍里を見ながら、セレナは思わず感想を述べた。
「ユーリ殿……、なんだか基樹殿と重なりますね」
「やっぱりあの一族と、必要以上に関わり合いたくない……」
そんなしみじみと実感のこもったルーカスの呟きに、他の三人は否定も肯定も出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます