第37話 晴れ男の真実

「何だ? 開始当初から、動きが随分あいつらしく無いな。さっきから逃げてばかりに見えるし」

 そう疑念を口にしたルーカスに、セレナも心配顔で応じた。

「私も同感です。それに、かわし方も中途半端と言うか……。何やら攻撃を、躊躇している感じがしますが……」

 そこで彼女を宥める様に、ウィルが口を挟んでくる。


「アイリ嬢は試合の勝手が分からないから、最初のうちはアンドリュー殿の攻撃をかわしつつ、様子を見ているんじゃないのか?」

「俺も最初はそう思ったが、何となく変だ」

「何かあの方達がこの試合で、よからぬ事を企んではいるのでは?」

 ジークも険しい表情で眼下に広がる競技場を見下ろしながら懸念を口にした為、セレナは益々狼狽したが、ここで前方からのんびりとした声がかけられた。


「それでは一つお聞きしますが、セレネリア殿。先程仰った『あの方達』が、よからぬ事を企んでいない時などありますか?」

「それは……」

 椅子に座った身体を捻って後ろを向き、からかい混じりに界琉が言ってきた言葉に、セレナは何も言い返せなかった。そんな二人を見て、ルーカスが幾分厳しい口調で、界琉を窘める。

「カイル殿、この様な場所で身も蓋も無い事を口にして、からかわないで貰いたい」

「失礼しました。事実を口にしただけですが」

 一応謝罪の言葉を口にして前に向き直ろうとした彼に、ルーカスはすかさず問いを発した。


「ところで界琉は、この試合をどう見ている?」

 その問いに、界琉は再び背後に視線を向けながら冷静に問い返した。

「どう、とは?」

「何かおかしくはないか?」

 鋭く問いを重ねたルーカスだったが、界琉の反応は淡々としたものだった。


「おかしいですが、ある意味予測通りです。それこそ“あの方達”が、何やら小細工をしていると思われます」

「だったら!」

「観客席に居る私達には、何もできませんよ」

「それは、そうかもしれないが!」

 思わず声を荒げたルーカスだったが、界琉はそのまま前に向き直り、代わりに悠理が背後を振り返って、ルーカスを宥めにかかった。

「殿下。そう心配されなくとも、大丈夫だと思いますよ? 言っていませんでしたが、藍里はこちらに来る前に、基樹伯父さんから幾つかの策を貰ってきたみたいですし」

「来住氏から?」

 藍里同様、御前試合についての知識や経験が皆無の彼から策を貰っても、何の役にも立たないだろうとルーカスは不審に思ったが、それを見た悠理は、笑いを堪える表情で言ってきた。


「それでは殿下。ちょっとだけ気が楽になる情報を、教えて差し上げましょうか? 藍里は晴れ女なんです」

 にこにこと、一見邪気の無い笑顔で言われた内容を頭の中で反芻したルーカスは、すぐに怒りを押し殺しながら、低い声で言い返した。

「悠理……。それがどうした」

「それで基樹伯父さんは、晴れの日だけ出かけます。だから俺達兄妹が遊びに出る日も、伯父さんに予定を聞いて、それに合わせていました」

 それを聞いたルーカスは、イラッとしながら悠理を問い詰めた。


「だから、来住氏が晴れ男だったら、どうだって言うんだ!?」

「言いたい事は、単にそれだけです。後はご自分でお考え下さい」

「あのな!!」

 とうとう堪忍袋の緒を切らし、椅子から立ち上がったルーカスだったが、先程から何やら考え込んでいたセレナが、静かに彼に声をかけた。


「……ちょっと待って下さい、殿下」

「何だ!?」

 若干険しい顔で振り返ったルーカスに、セレナはまだ幾分迷いながら、慎重に自分の推論を口にしてみた。

「今の話……、来住氏が出かける日は、天気が必ず晴れと言う事ですよね?」

「そうらしいが?」

「かつ、晴れ女と言及したアイリ様とは、微妙に違う言い回しをされたという事は……。来住様は『出かける日に晴れの日が多い』晴れ男の分類に入ると言うよりは、『晴れると分かっている日に出かける』とも言えませんか?」

 セレナがそう言い終えた瞬間、競技場の喧騒とは裏腹にその一角だけは無気味に静まり返り、次いでルーカス達は血相を変えて悠理に迫った。


「まさか……、来住氏が、予知魔力保持者!?」

「そんな稀少魔力の持ち主が、“外”に存在するなんて!」

「有り得ないだろう……」

 そこでルーカスは、大変重要な事柄に気が付いた。

「ちょっと待て、悠理。まさか来住氏は、今日の試合の勝敗まで分かっているのか?」

 それに悠理が、呆れた様に肩を竦めながら答える。


「殿下……、未来の可能性は幾つもあります。その中の最良の結果を掴む為に、術者は分かっている範囲で最良の策を提示しているに過ぎません。尤も、これは相手と確たる信頼関係が築けている事が大前提ですが」

「どうしてだ?」

 思わず不思議そうに尋ねたルーカスに、悠理は冷静に解説する。

「そうでないと、失敗した場合に『どうして上手くいかなかった』と文句を言われ、成功した場合にも『もっと効果が出せる方法や、楽に達成できる方法があったんじゃないか』と疑われるからですよ。因みにこれは、ご先祖様の実話だそうです」

 それを聞いたルーカスは、思わず渋面になりながら確認を入れた。

「すると何か? 来住家には代々、その手の魔力が高い人間が生まれていたと?」

「かなり珍しいですが。……お、予想以上に白熱してるな。せっかくの衣装が、あちこちボロボロになってきた」

 そこで前に向き直って競技場に視線を落とした悠理が、劣勢に立たされている藍里を見て能天気な声を上げた為、思わずルーカスは、相手の喉を締め上げたい衝動に駆られた。


「実の兄が言う台詞か!?」

「いや、この際本気で怒ってぶち切れて、全力でぶちかました方が良いと思うので」

「ダニエル、マリー! それで良いのか? お前達は娘が心配では無いのか!?」

 悠理では話にならないと、ルーカスは試合開始から一言も声を発していない彼らの両親に声をかけたが、その反応はある意味予想通りだった。


「勿論、関係の無い怪我人は、なるべく出させない方向で待機しています。これは娘にも言い聞かせておりますので」

「でも……、あの東側の固まっている辺りは、死人が出なければ、怪我人位出ても支障は無いわよね?」

「そうだが……、そこら辺を藍里に言い含めておくのを、すっかり忘れていたな」

「あの子ももう子供ではないし、一々説明しなくとも、それなりに判断して上手くやるわよ。少しは娘を信用して」

「そうだな」

 そこで顔を見合わせて満足気に微笑み合う夫婦に、ルーカスはたまらずこめかみに青筋を浮かべて怒鳴りつけた。


「それで納得するな!!」

 観客席でそんな議論の応酬がなされていた頃、競技場の中でも動きがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る