第18話 アルデイン=リスベラント?
「グェン、ニゥ!」
「レーナ、ミュステ、ガル!」
セレナの細い剣が横一文字に空を切ると、その軌跡から無数の火球が生じ、それらが全て藍里に向かって一直線に飛んで行った。しかし直線的な動きであれば軌道が読めるわけであり、藍里は落ち着き払って構えていた藍華の刀身に空気中の水分を凝縮させ、火球の到達予測値に向かって突き出す。それによって刃先から噴出した水の網は、引っ掛かった火球を瞬時に包み込んで消滅させた。そんな防御を施した直後、藍里は手にした藍華の石突き部分で地面を強く叩きながら、声を張り上げた。
「ファル、ジー、エン!」
するとセレナの立っている周囲の地面が崩れ、一気に地上に噴出した地下水が空気に触れた途端鋭い氷の針と化し、セレナの身体を貫こうとしたが、大人しくそれを待つ彼女ではなかった。
「リュー、ドォリラ!」
周囲に伸びた針状の氷を難無く剣で切り払いつつ、余裕で空中に飛び上がると同時に、その手元から蛇の様に伸びた複数の火炎が、木の間をすり抜けながら藍里に向かう。
「さすがにしつこいし、徐々に難易度が上がっているわ。さすがよね!」
「無駄口なんか、叩いている暇がありますか? 余裕ですね。ジェル、ラ、フィード!!」
「そんな余裕、あるかぁぁっ!! タシェ、ジス、ネー!!」
お互いに、真剣そのものの顔付きで術を繰り出しつつ、時折剣で打ち合っている女二人の様子を、ルーカス達は無言で観察していた。彼らはいつものように周囲を警戒しながら、藍里の攻撃や防御について改善するべき所が無いかチェックしていたが、この頃になると僅かに余裕も出て来ていた為、安堵の表情を顔に浮かべながら言葉を交わし合う。
「随分、様になってきたな」
「この分なら、何とかなりそうですね」
「相手もそうだが、こちらも守れなかった場合、色々と拙いからな」
屋敷寄りの場所でルーカス達がそんな事を口にしていると、母屋から来たらしい基樹が、いつも通りののんびりとした口調で声をかけてくる。
「お疲れ様。そろそろ止めて、夕飯にしないかい?」
相変わらず気配を感じさせずに背後から近寄って来る相手に、内心ではうんざりしながらも、ルーカス達はそれを面には出さずに振り返った。
「ああ、もうそんな時間ですか」
「そうだな、今日はこれまでにするか。……セレナ。そろそろキリの良い所で止めろ」
「分かりました」
通信用魔術を施してある腕時計越しにジークが指示を出すと、戦闘中にも係わらず、しっかりとセレナが応じてきた。それと同時に、先程までの喧騒が嘘の様に静まり返り、ジークは周囲の人間に悟られない様に張り廻らせていた防御壁を、無言で消失させる。
それから、ここ暫くの習慣と化した来住家での夕飯を、基樹達と共に食べ始めたが、その開始早々、ルーカスは基樹から質問を受けた。
「毎日ご苦労様。試合まで、あと一週間だね。ところでリスベラントには、いつ藍里を連れて行くつもりなのかな? まさか試合当日に、出向く事はないだろう?」
「はい。時差の関係もありますし、三日後には移動しようと思っています。彼女と父の対面予定もありますし」
「ああ、そうだね。聖騎士位を貰う為に出向くのに、公爵様にご挨拶も無しだと拙いよね」
基樹がおっとりとした口調で納得した様に頷くと、如何にも盲点だったと言う様に藍里が呟く。
「あ、時差……。そうか、その問題もあったのね」
何を今更と思ったルーカスだったが、リスベラントに関して全く知識が無いなら仕方が無いと思い返し、何気なく確認を入れた。
「そういえばアイリは、アルデインに行った事はあっても、リスベラントに行った事は無いんだよな?」
「それは勿論」
「四年前まで毎年家族全員で、夏休みに行っていましたよ?」
「……え?」
肯定しようとした藍里だったが、ここで基樹がさり気なく爆弾発言を投下した為、ルーカスは絶句し、彼女は盛大に声を裏返らせた。
「えぇえ!? 伯父さん、私、全然リスベラントの記憶が無いし、知識も無かったわよ!? 確かに四年前までは、毎年アルデインには行っていたけど!」
しかし狼狽する藍里とは対照的に、基樹はご飯茶碗片手ににこやかに言ってのけた。
「例の扉を使って、リスベラント東京支社とアルデイン公宮経由でリスベラントに行っていたが、藍里には睡眠魔術をかけて、寝ている間に日本からリスベラントへ連れて行って、そこがアルデインだと説明していたそうだよ。だから『藍里は扉の事は、全く気が付いていない』と万里が言っていたし」
そう言われた藍里は、思わず頷いて答えた。
「うん、普通に飛行機を使って、アルデインまで行っていたのかと……。それに私って『飛行機に乗ると寝る体質だ』って皆が言っていて、その前後の記憶も曖昧なのは『一旦寝るとなかなか起きないから、毎回運んでやってるんだからな』と界琉と悠理が……」
その時点で唖然としているルーカス達から(幾らなんでも、それは無いだろう)的な視線を浴びているのを感じた藍里だったが、何も考えていない風情の基樹の説明は、更に続いた。
「そのアルデインと説明を受けた場所、もの凄く牧歌的な風景だっただろう?」
「言われてみれば……、道を行き交っているのが馬とかロバとか馬車で、電気が通ってなくてランプを使っていたし。服装も『郷に入れば郷に従えって言うしね』と言って、お母さんが毎回用意していたのが、ファスナーもスナップも付いていない、素材も化繊以外の木綿か麻……、そう言えば靴とかも……」
居心地悪そうにしながらも伯父の問いに律儀に答えていた藍里だったが、段々ルーカス達の眼差しが、驚愕を通り越して唖然としたものに変化してくる。
「さすがに中二の時に、『藍里が『何だかおかしくない?』と言い出したから、これから連れて行くのは止めるわ』と万里が言っていたんだ。だから藍里は、今回がリスベラント初訪問じゃないから」
「……そうですか」
にこやかに結論づけた基樹の前で、藍里は何も言えずに項垂れた。その様子を見て、ルーカス達が囁き合う。
「どうしてその年になるまで、疑いもしなかったのかが理解できない……」
「ある意味、類を見ない大物ですね」
「辺境伯夫妻は、何の説明を受けていないアイリ様を、平気でリスベラントに同行させていたとは……。それで何の問題も生じさせていなかったとは、さすがです」
本気で頭を抱えたルーカスに、感心しきりのウィルとセレナ。その中でジークがただ一人無言を保っていると、基樹が話題を元に戻した。
「それでさっき出発の予定を聞いたのは、それが決まったら藍里に衣装を渡しておこうと思ったからなんだ」
「衣装?」
怪訝な顔になった藍里から息子に視線を移した基樹は、静かに問いを発した。
「一成、用意はできているか?」
「ああ。父さんに言われた通りの物を、準備しておいた。今持ってくる」
そして薄笑いをその顔に浮かべて立ち上がった一成を、藍里達は不安気な表情で見やった。
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