第17話 第二公妾セレネリア

「この際、洗いざらいお教えしますと、そのアンドリュー様と、公爵様とエレノア様の間に産まれた長女のアメーリア様はご婚約なさっていまして、挙式が再来月の予定です」

 その内容には、さすがの藍里も驚いた。


「はぁあ? そんな時期に、御前試合なんかして良いの?」

「良いも悪いも、公爵閣下の裁定が下った決定事項ですから」

「それに挑戦者が勝ったら、相手の聖騎士位が貰えるのは聞いていたけど、そういえば取られた相手はどうなるの?」

「本来は、挑戦者の聖騎士位と入れ替えになるのですが……。アイリ様は未だ聖騎士位をお持ちではありませんから、アンドリュー様が負けたら無位に転落と言う事になります」

 当然と言わんばかりに告げるセレナの声に、重々しいウィルの声が続いた。


「そうなったら大変です。一度御前試合をしたら、同じ人間が同じ聖騎士位をかけての試合は、一年間は認められないので」

「どうして?」

 意味が分からない藍里が尋ねると、ジークが肩を竦めながら補足してくる。


「同一人物が次々試合を申請したら、その度に臨席しないといけない公爵の負担が増えるでしょう? ですから、年間総試合数を調整する為の措置です」

「ですからアンドリュー殿は無位が嫌なら、まずディルより下の騎士位保持者に試合を申し込んで騎士位を奪わないといけませんが、下の騎士位になるほど人数が多く、いつ頃、どこら辺に試合を突っ込めるやら……」

「そこでまた負けたら、更にその騎士位の挑戦が、一年間できなくなりますしね」

 男達が口々に言い合う中、黙って話を聞いていた藍里が、素朴な疑問を口にした。


「でも……、仮にも最上級の『ディル』の人だから、『ファル』以下の聖騎士位なら、楽々と奪えるでしょう?」

「……どうでしょうか?」

「どういう意味?」

 誰に言うとも無く自分が疑問を口にした途端、他の者達が黙り込んで微妙な顔付きになった為、藍里の困惑度が増加した。その戸惑いが容易に分かったジークが、どう説明しようかと迷いながらも、重い口を開く。


「何年か前に、彼がディルを獲得した時の御前試合を、直に見ましたが……。あれはおそらく、八百長試合ではないかと……」

「はぁ? 何? まさか相手がお金を貰って、わざと負けたとか?」

 予想外過ぎる上、やけに俗っぽい話を聞かされた藍里が呆れながら尋ねると、ジークは困った様に話を続けた。


「金銭のやり取りは無くとも、オランデュー伯爵家の権勢はそれなりですから。現にその試合で負けた方は結構年配の方だったのですが、そのまま聖騎士を退いて、オランデュー伯爵領での、騎士見習い指導役に就任したそうです。元々そちらの出身だったみたいですし」

「……せこっ!」

 思わず遠慮の無さ過ぎる感想を口にした藍里だったが、ジークは勿論、この手の事には煩いルーカスさえも、彼女の発言を咎めたりはしなかった。その代わりいつも以上に真剣な表情で、ルーカスが彼女に言い聞かせる。


「今ジークが説明した様な理由で、アンドリューとオランデュー家の面子を守る為に、これから余計になりふり構わない妨害工作とか、襲撃とかの可能性があるわけだ。だから俺達も十分注意するが、お前もくれぐれも油断するなよ?」

「分かっているわよ。だけどどうしてよりにもよって、そんな面倒で因縁が有り過ぎる奴が、私の対戦相手になったわけ?」

「それは……」

 そこで困った様にルーカスは言葉を濁したが、他の三人は異口同音に断言した。


「界琉が、一番ディルを盗りやすい相手と判断したからでしょう」

「カイルの奴が、ディルの中ではあいつが一番チョロい奴と判断したからだな」

「カイル殿が、ディルの中では一番容易い相手だと思われたかと」

 全員、真顔での断定に、藍里はがっくりと肩を落とした。


「分かっていたつもりだったけど……。界琉ったら、相手にも私にも容赦無いわね。『なりふり構わず盗りにいけ』と、無言でプレッシャーをかけられている気がするわ」

「事実そうです。頑張って下さい」

 思わず愚痴を零した藍里を、気の毒そうにジークが慰めたが、他の三人の気持ちも全く同じだった。それから幾つかの注意事項を確認し、その日の訓練の内容を打ち合わせしてから、全員で外へ出て裏山で実戦形式の稽古を開始した。


「それではいきます! リュー、デス、シェイン!」

「フェル、ギ、レ!」

 どうやらセレナ愛用の剣は、彼女が常時身に付けていたブレスレットに封入してあったらしく、呪文で取り出したそれを媒介に、色々なタイプの炎を藍里に向かって繰り出してきた。

「ガゥ、ラーグド、ファン!」

「リェール、ビルザ!」

 セレナが放つ炎は洗練されて統一された動きで、ある時は無限に広がり、またある時は幾筋もの細い線になって藍里を襲ったが、対する藍里は殆ど条件反射ながらも水や氷を瞬時に作り出し、壁を展開させたり一点突破を試みたりと、互角の戦いを見せていた。

 そんな二人の様子を少し離れた場所から観察していたルーカスは、隣に立つジークにぼそりと告げた。


「あの場面で……、セレナがあんな事まで言及するとは、全く思っていなかったんだが……」

 戸惑い気味の台詞に、ジークが苦笑いしながら問い返す。

「正直に言ったりしたら、藍里殿が『愛人なんて不潔だ』とかなんとか、言い出すと思いましたか?」

「お前はその類の心配は、全くしていなかったのか?」

 怪訝な顔を向けられたジークだったが、そこで微笑みつつきっぱり断言した。


「彼女は、どういう人間でも、色眼鏡で見る事はありませんから」

 そう口にした彼を見たルーカスは、納得して話題を変える事にした。

「何にせよ、戦闘センスはそれなりに持っていて助かったな。後は本番に向けて、攻撃の精度と威力を上げていくだけか」

「後は煩い外野の排除ですね。……来ているぞ、ウィル」

「ああ。引っかかっている」

 急に顔付きと口調を改めたジークが注意を促すと、ウィルも何やら予め配置しておいた魔術に反応があったらしく、冷え冷えとした口調で応じた。そんな二人を見たルーカスが、苦々しげに吐き捨てる。


「……小蠅共が性懲りもなく、また湧いて出たか」

「小蠅から野犬程度には、グレードアップしましたがね」

 ルーカスに負けず劣らずの辛辣な口調でウィルが応じた所で、ジークが未だ戦闘中の二人をチラリと見てから、二人に指示を出した。


「殿下は、向こうの斜面をお願いします。ウィルは南西の山道沿いを頼む。俺は公道からの侵入を阻止する。二人に知らせるまでも無いとは思うが、討ち漏らしたらすぐに連絡を」

「分かった」

「了解」

「一応、来住氏にも警戒と、万一の時のフォローを頼んでおきます」

 そうして役割分担と方針を確認した三人は、真剣に戦っている二人の邪魔をしないように速やかにその場から散開し、招かれざる客の排除に勤しんだ。

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