最終話 新たな決意
雷太郎君が目を開けると、目の前には心配そうな稲光先生の顔がありました。雷太郎君の体は全て雲の中に埋まって、顔だけが外に出ています。もう夜は明けたようで、東の空には朝焼けが広がっています。
「気がついたか、太郎」
稲光先生がいつになく優しい声で言いました。雷太郎君は何か言おうとしました。しかし言葉が出てきません。
「いいんじゃよ、太郎。何も言わんでいい」
稲光先生はそう言うと雷太郎君の頭を撫でました。雷太郎君の胸の中には、雲に帰れたんだと言う感激がじわりじわりと涌いてきました。
「おまえが悪いんじゃない。全てわしが悪いのじゃ。おまえが誤って地上に落ちた時、光太君がすぐにもおまえを探しに行くと言ってくれた。しかしわしはそれを断わった。太郎、わしはおまえを試してみたくなったんじゃよ。そしておまえは見事にわしの期待に応えてくれた。しかし、まさかこんな事になろうとはな」
稲光先生はそこで言葉を区切ると、しばらく黙って何か考えているようでした。そしてまたゆっくりと話し始めました。
「太郎。これで気が済んだか。もうこの雲の下におる人間は全てガンマー光帝によって汚染されてしまった。人間だけではない、全てのモノが、おまえが解放したガンマー光帝によって」
「先生、違うんです。ボクはただベータ族を助けたかっただけなんです。人間たちを苦しめようと思ったのではないんです」
雷太郎君は稲光先生の言葉に耐えきれないように叫びました。稲光先生は雷太郎君の言葉を聞くと、眉間に皺を寄せて話しました。
「人間というものも哀れな存在なのじゃよ。あんな恐ろしい力を使ってまで、ベータ族を呼び出そうとするのじゃからな。そう、ベータ族がいなければ生きて行けないほど、弱く、悲しい存在なのじゃ。それでも昔の人間は今よりもずっと強かった。仕掛けなど作らずとも己の力だけで物事を解決しておった。だが、いったい何がこれほどまでに人間を変えたのじゃろうな。ベータ族の力がなくては生きては行けぬと、頭から思い込んでしまっておるのじゃ。本当にかわいそうなのは働かされるベータ族ではない。彼らを働かせる人間の方なのじゃよ。他の者の力を頼らねば日常の生活もままならぬ、今の人間の方なのじゃ」
「先生、ボクは、ボクは……」
雷太郎君は稲光先生の言葉を聞いて胸が詰まりました。そして自分の考えがどんなに浅かったかを思い知らされて、もう何も言えなくなるのでした。
「太郎、もういいからおやすみ。今日は一日寝ているがよい。しかしまた明日から修業を始めるぞ。さあ、分かったら、早くおやすみ」
稲光先生はそう言うと立ち上がりました。雷太郎君も目を閉じようとしましたが、ふと、気にかかることがありました。
「先生、次郎はどうしたんですか。それに光太さんは」
雷太郎君の言葉に稲光先生の顔色が変わりました。それを見て雷太郎君は全てを了解しました。
「やっぱり、あれは次郎だったのか」
雷太郎君はここへ来る途中に聞いた声を思い出しました。もう間違いありません。雷次郎君は地上へ行ったのです。雷太郎君の代わりに地上へ落ちて行ってしまったのです。
「次郎め、いつの間にあんな力を身につけたのか」
稲光先生は思い出すように言いました。
「ガンマー光帝の力は強力だった。わしと光太君の力を持ってしても、雷の道を作ることは容易ではなかった。しかもヤツの力は強くなる一方じゃった。実際わしらはもう駄目だと思ったのじゃ」
稲光先生は悲しそうな顔をしています。
「その時、次郎が出来かけの雷の道に飛び込んだのじゃ。そのおかげで雷の道は完成し、おまえをここへ引き上げることができた、だがその代わりに次郎が地上へ行ってしまった」
稲光先生は大きくため息をつきました。
「光太君は自分の雲へ戻って仲間を集めておる。次郎を探しに行くためのな。次郎はまだ子供だし、それに地上にはガンマー光帝もおる。放って置くことはできんからな」
雷太郎君はやるせない思いで一杯でした。雷次郎君は兄である自分を助けるために自ら雷の道に飛び込んだのです。あの時、聞こえてきた雷次郎君の声、それは今もはっきりと耳に残っています。
「次郎、ありがとう。おまえはこんな情けない兄ちゃんを、ずっと心配してくれていたんだな」
しょげ返る雷太郎君。しかしそれが稲光先生も同じでした。雷次郎君の力を借りねば雷の道を作れなかったのです。稲光先生もまた自分の非力を苦々しく感じていたのです。
わだかまる後悔を噛み締めながら二人はしばらく黙っていました。が、ふいに何かを思い出したように稲光先生が明るい声で言いました。
「おお、そうじゃ、言い忘れておった。おまえの代わりに地上からここへ来た雷じゃがな、無事に試験に合格して一人前の雷として認められたのじゃ。今は自分が元居た雲に戻っておるんじゃが、そこでの用事が済み次第、またこの雲に来るそうなんじゃ。一度会って話してみるといいぞ」
「先生!」
雷太郎君が大きな声を出しました。稲光先生は目を丸くして雷太郎君を見ました。
「何じゃ、太郎」
「先生、ボクはこれから一所懸命修業をします。そしてもう一度地上に行きます。地上へ行って次郎を見つけ出し、今度こそ必ずガンマー光帝をやっつけてやるんです」
雷太郎君は大きな声でそう言うと、明るい顔で青い空を見上げました。雲一つない空にはいつもと変わらないお日様が、もう昇って来ていました。
雷太郎君の冒険 沢田和早 @123456789
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