修業開始
やがて遠くの方に何かが見えてきました。何だろうと思う間もなく稲光先生と雷太郎君はそこに到着しました。子供の雷様が仰向けに寝転んで空を見つめています。
「おお、次郎。待ちかねたじゃろ。思ったより手間がかかったわい。何しろえらく遠くまで行っておってな」
稲光先生は子供の雷様にそう言うと、ようやく雷太郎君の腕を放しました。雷太郎君はくっきりと手の跡が付いた左腕を右手でさすりました。寝転んでいた子供の雷様はむっくり起き上がると、雷太郎君に向かって言いました。
「兄ちゃん、またさぼっていたんだね。きちんと修業をしないと立派な雷になれないって、先生も言っているのに」
「分かっているよ、次郎」
雷太郎君は腕をさすりながら、少し不機嫌な調子で言いました。そんなことは弟の雷次郎君に言われるまでもなく、雷太郎君にもよく分かっているのです。
けれども雲の穴から地上の様子を垣間見た日から、雷太郎君は今一つ修業に身が入らないのでした。何か分からない、雷太郎君を引き付けるものが地上にはあるのです。修業よりも大事な何かがあるような気がするのです。もちろん修業の大切さも分かってはいるのですが。
「いいや、分かってはおらんぞ、太郎」
稲光先生が幾分穏やかな声で言いました。
「おまえはまだ修業の大切さを分かってはおらん。よいか、我々雷の力というのは、きわめて巨大なものじゃ。巨大な力を持つ己を制御する、これがどれほど難しく大変であることか。雷の修業とは、いわば己との戦いじゃ」
稲光先生の話を雷太郎君も雷次郎君も黙って聞いていました。
「まあよい。いずれおまえたちにも分かる時が来るだろう。さて、説教はこれくらいにして修業を始めるか。だいぶ遅れてしまったわい」
稲光先生の言葉を聞いた二人は背筋を伸ばし、気を付けの姿勢をしました。
「では、今日の修業を始める。一同礼!」
「よろしくお願いします!」
二人は声をそろえてそう言うと深々と礼をしました。修業の前にはそうする決まりになっているのです。稲光先生は大きくうなずくと話し始めました。
「今日も昨日同様、雷の道の話から始めることにしよう。雷の道は我々雷にとって非常に重要なものじゃからな。オホン」
稲光先生は大きな咳払いをしました。
「最初は昨日の復習じゃ。雷の道を使う場合は大きく分けて二通りあったが、それはどういう場合だったかな。次郎、言ってみなさい」
「はい。雲と雲の間を行き来する時と、雲と地上の間を行き来する時です」
雷次郎君は元気よく答えました。稲光先生はうむうむとうなずいています。
「その通りじゃ。我々雷は、雲の上なら自由に行き来できる。しかし雲の外に出るとなるとそうはいかん。雲と雷は引き合っておる。飛び上がれば引き下ろされ、飛び降りれば引き上げられ、真横に飛べば引き戻される。雷は雲に縛られていると言えよう。よって雲の外へ出るにはどうしても雷の道が必要となる。さて、では、その二つの場合の雷の道はどういう点が違っていたかな。太郎答えてみなさい」
「えっ、あの、二つの場合というのは何でしたっけ」
「雲と雲の間を行き来する場合と、雲と地上の間を行き来する場合じゃ」
稲光先生はじれったそうに質問を繰り返しました。
「えーと、二つの違いは、えーと、えーと……」
雷太郎君は顔を上に向けて一所懸命思い出そうとしました。しかし頭の中には何も浮かんできません。
「何じゃ、もう忘れてしまったのか。昨日教えたばかりじゃというのに」
稲光先生が呆れた顔をしました。雷太郎君は首をすくめて頭をかいています。
「まあよいわい。二つの場合の異なる点とは必要な雷の数じゃ。雲と雲の間を行き来するだけなら一人の雷でできる。しかし雲と地上の間となるとそうはいかん。二人の雷が必要なのじゃ。すなわち、雲に一人の雷、地上にもう一人の雷を用意させ、雷の道を互いに反対方向に移動して行き来するのじゃ。つまり雲と地上の間の移動は、それだけ難しいというわけじゃな。だからこそ、これが一人前の雷になるための試験に使われているのじゃ」
稲光先生は言葉を区切って、雷太郎君の方をちらりと見ました。雷太郎君は真剣な顔で聞いています。
「さりとて、特に力のある雷の中には一人だけで地上へ行ける者もおる。そこまでの力を身につけていれば大した雷と言えるじゃろう」
「先生、先生は一人で地上へ行けるんですか」
雷次郎君が大きな声で質問しました。
「もちろんじゃ。ただし昔のわしだったらの話じゃがな」
稲光先生が苦笑いをしながら答えました。
「わしは歳を取りすぎた。今となってはそんな力は無いだろう。しかしまだまだそこらの若い雷には負けはせぬぞ」
「先生、ボクも先生みたいに立派な雷になれますか」
「無論じゃ、次郎。いや、次郎だけではない、太郎、おまえもじゃ。これからの頑張りようによっては、おまえたちはわし以上の雷に……」
「先生!」
二人の会話を聞いていた雷太郎君が大きな声で稲光先生の言葉をさえぎりました。稲光先生は驚いた顔で雷太郎君を見つめました。
「なんじゃ、太郎」
「先生、ボクはいつになったら試験を受けられるんですか」
稲光先生の顔がにわかに曇りました。目付きも厳しくなっています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます