大暴れ
「太郎、オレと最初に会った時の話を覚えているか。ベータ族を呼び寄せるには人間の作った仕掛けの他に、その仕掛けを動かすとてつもない力が必要だ、そう教えてやったよな。その力をここで利用させてもらうのさ」
「仕掛けを動かす力を……」
「そうさ。さっき羽交締めにしてやったベータ族が働きかけていたのは、ポンプだ。そのポンプを使ってどこかに水を送っていやがった。それで考えたんだが、その水はたぶんそのとてつもない力を冷やして制御するためのものだと思うんだ。だからある程度の時間ポンプの働きを止められれば、その力の制御が外れ、自分から暴れ出すはずだ。そしてこの仕掛け全体を壊し始める……」
電太君の顔は恐いくらいに真剣でした。
「だけどよ、その力の正体がいったい何なのか、俺もよくは分からねえんだ。その力の前では雷でさえも敵わない、その程度のことしか知らねえ。だから危険だと言えば危険なんだ。だが、ここまで来たらもうそれしか道はねえ」
電太君はそこまで言うと口を閉ざしました。二人は無言で互いの顔を見つめ合いました。二人のすぐ近くをベータ族が忙しそうに駆け抜けて行きます。雷太郎君は立ち上がりました。
「分かったよ。やろう、電太君。駄目で元々だ」
「そう来ると思ったぜ」
電太君も立ち上がりました。
「よおし、それじゃ一発やってやるか。太郎、まず、おまえはここの電線を通せんぼしてくれ。一人たりともこの電線の先に行かせないようにするんだ。そうすればこの先で働いているベータ族もやがて力を使い果たしポンプが止まる。それまでこの電線の前で頑張るんだ。もし逆らうようなら波をお見舞いしてやれ。ここのベータ族は弱い。ほんの少しの波を浴びただけで気絶しちまうはずだ」
「分かった。電太君はどうするの」
「俺はこの部屋で暴れまくってやるよ。端子という端子をぶち壊してやる。それと気にかかるのは制御するものは水だけじゃねえってことだ。おそらく他にもあるに違いねえ。だから、それを見つけ出して叩き壊す」
電太君は雷太郎君の肩に手を置きにっこり笑いました。
「何の因果でこんなことになっちまったのかねえ、まったく。静電気族の電太様のお人好しには、我ながらあきれかえるぜ。ははは、じゃあな太郎」
電太君は笑い顔で手を振ると、部屋の中心向かって走って行きました。雷太郎君はしばらくその後ろ姿を見送っていましたが、電太君の姿がベータ族に隠れて見えなくなると、自分たちがやって来た電線の前で仁王立ちになりました。中へ引き込もうとする力を背中に感じます。
「電線に力が働き始めている。別のベータ族を送り込むつもりなんだ」
雷太郎君の予想通り、すぐ一人のベータ族がやって来ました。太郎君の横を素通りして電線の中へ入ろうとします。
「ごめん、君をこの先へ行かせるわけにはいかないんだ」
ベータ族の体を両手で抱きかかえる雷太郎君。それでもそのベータ族はまったく怯みません。雷太郎君を引きずってでも中へ入ろうとします。雷太郎君の体が薄っすらと青白く輝きました。
「えいっ!」
バチバチッ!
抱きかかえていたベータ族の体に火花が飛び散りました。雷太郎君が発したのは雷の道を作る時とは比較にならないほど微小な波でしたが、ベータ族を倒すには十分でした。呆気なく気絶してしまいました。
「よし、この調子だ頑張るぞ!」
自分自身に気合いを入れる雷太郎君。ベータ族は次々と電線へ押し寄せて来ます。
ピーピーピー!
何かのブザーが鳴り始めました。
――電気系統に異常発生。一カ所ではありません。
――直ちに原因を調べろ。
「ほらほら、この端子もぶっ壊してやるぜ!」
電太君の大声も聞こえてきます。派手に暴れているようです。雷太郎君は群がって来るベータ族を倒しながら、また心の中のもやもやが大きくなってくるのを感じていました。
「ベータ族のみんな、ごめんね。これもみんなのためなんだ。みんなが嫌いでこんな乱暴を働いているんじゃないんだよ。みんなを助けたい、ただそれだけなんだ」
ブーブーブー!
ブザーの音が変わりました。先ほどより大きな音で響いてきます。
――冷却水に異常です。ポンプが止まっています。
――なんだって。予備電源を働かせろ。
ベータ族の動きが変わりました。今まで一人一人が別々の動きをしていたのに、数人のベータ族が一方向に向かって動き出したのです。電太君はその変化にすばやく気が付きました。
「どうやら水ポンプが止まったらしいな。おっと、そうはさせねえぜ」
電太君はベータ族が向かっている電線にいち早くたどり着くと、その前に立ち塞がりました。電線に入ろうとするベータ族を情け容赦なく倒していきます。
――駄目です。予備電源、働きません。
――炉内温度、圧力上昇。冷却系統一部破損。
――運転中止だ。全制御棒下ろせ。
またベータ族の動きが変わりました。電太君はベータ族の動きについて行こうとしますが、目の前にいるベータ族にじゃまされて身動きできません。電太君は雷太郎君に向かって大声で叫びました。
「太郎、おい太郎、ベータ族の行く先の電線を塞いでくれ」
電太君の声を聞きつけて、雷太郎君はベータ族の動く方へ走りました。しかし一部のベータ族はすでに電線に入り込んでいます。
「し、しまった」
雷太郎君は全速力で電線にたどり着くと、中に入ろうとしているベータ族を引きずり出し、その前に立ち塞がりました。
「はあはあ、少し中に入っちゃたけど間に合ったかな」
ブブーブブーブブー!
ブザーの音がまた変わりました。ただならぬ事態が起こっているようです。
――駄目です、制御棒一本しか下りません。
――炉内各数値、更に上昇。危険です。
――
雷太郎君は疲れていました。もう一体何人のベータ族を床に眠らせたことでしょう。
「ぜいぜい……くそっ、閉じ込められた力はまだ暴れ出さねえのかよ」
疲れているのは電太君も同じでした。行き場を失ったベータ族が次々と襲いかかって来るのです。しかし、自分の目論見がうまく行っていることだけは分かっていました。電太君も雷太郎君も疲れた体に鞭打ちながらベータ族を倒し続けるのでした。
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