電太君の企み

「ここは……まるでひとつの建物みたいだ」


 配電盤と呼ぶにはあまりにも大きすぎました。高さも奥行きも距離があり過ぎて、どこまで広がっているのか見当もつきません。三郎君と二人で働いていた小さな配電盤などとは比較にならない大きさです。

 雷太郎君はその巨大さに目がくらむような気がしました。集まって来ている電線の数はもう数え切れないほどです。その大きな空間の中で何百というベータ族が忙しそうに動き回っています。ある者は電線を出たり入ったり、またある者は端子と端子の間を行き来し、そして、それらは完全な統率の下で行われています。少しの無駄もありません。


「ふうー、こりゃすげえや」


 頭を押さえていた電太君が言いました。


「太郎、さっきはありがとよ。だが苦労した甲斐があった。ここが中央制御室だ、間違いねえ」


 電太君の息もまだ乱れています。汗だらけの顔には深い疲労が見て取れます。


「ううん、お礼なんていいよ。でもまさかこんなに大きいなんて……」


 雷太郎君は忙しそうに動き回るベータ族を眺めながら考えました。これだけの数のベータ族の動きを、自分と電太君の二人だけで止めるのはどう考えても不可能です。


「力ずくでは駄目だ。となれば……説得するしかない」


 雷太郎君は立ち上がりました。途中で立ち寄った変電所では自分の話を誰も聞いてくれませんでした。しかしここはもう働いている現場です。どのベータ族も辛い仕事に苦しみながら力をすり減らしているのです。だったら自分の言葉に耳を傾けてくれるかもしれない、雷太郎君はそう考えたのです。


「みんなあー、聞いてくれないか。君たちは人間のために働く必要なんかないんだよ。人間のために自分の力を使い果たすなんて馬鹿げていると思わないかい。自分の力は自分のために使っていいんだよ、いや、そうするべきなんだ。みんなあー、働くのをやめよう。これ以上ベータ族を呼び出すような仕事はやめてしまおう。おーい、聞こえているかい、みんなあー!」


 響き渡る雷太郎君の声。しかしベータ族の様子はまったく変わりません。働くのをやめるどころか興味を示す素振りさえありません。まるで聞こえていないかのように黙々と働き続けています。


「みんなあー、手を休めてボクの話を……」

「無駄だぜ、太郎」


 床に転がって休んでいた電太君が起き上がりながら言いました。


「無駄なんてことないよ。話せばきっと分かってくれるはずだよ」

「いいや、無駄だ。最初の配電盤で羽交い絞めにした時に分かった。こいつらは言葉を知らないんだ。おまえの話なんて仕掛けが発する雑音と同じ、何の意味もない」

「言葉を知らない? どうして? ボクが出会ったベータ族はみんな頭が良くて何でも知っていて……」

「それは働く場所が決まっていないからさ」


 電太君は雷太郎君の言葉をさえぎると、諭すように話し始めました。


「ここで召喚されて社会へ送り出されるベータ族は、家でも工場でも事務所でも、とにかくどこででも働けるように知識と力を与えられる。ところがここにいるヤツらにはその必要はない。何をするか決まっているんだからな。いわば生まれたての赤ん坊と同じだ。一つか二つの役割をこなせればそれで良し。余計な知識は与えられない。もちろん言葉も教えちゃもらえない。しかも非力だ。最初の場所で取っ組み合った時に分かったんだが、恐らく外で働くベータ族の一割程度の力しかない。質より数で仕事をさせているんだろうよ」

「そんな……そんな酷いやり方で、ベータ族のみんなを……」


 雷太郎君は言葉を失いました。ベータ族に対する人間の仕打ちは予想以上に無慈悲なものだと感じたのです。何も知らずに黙々と働き続けるベータ族の哀れな姿。雷太郎君は為す術もなく、そんな彼らを見つめることしかできませんでした。


「太郎、まあ、座れや」


 電太君が雷太郎君の手を引っ張って言いました。雷太郎君は力なく電太君の横に座りました。すっかり落胆しています。


「電太君、やっぱりボクたちの企ては無謀だったのかもしれないね。こんなに大きな場所だったなんて、こんなに多くのベータ族が働いているなんて、こんなにボクらの声が届かないなんて……力も言葉も役に立たないのなら、もうボクらには打つ手がないよ」

「おいおい、こんな所で弱気な言葉は聞きたくないぜ。しっかりしろよ、雷さんよ」


 電太君はいつものように雷太郎君の背中を叩きました。しかし、雷太郎君は座ったままうつむいています。


「まあ、聞けや、太郎。確かにこれだけの数のベータ族の動きを止め、これだけ巨大な仕掛けを壊すなんぞ、俺たち二人だけでできるわけがねえ」

「そう、そうでしょ。やっぱり」


 雷太郎君は顔を上げました。電太君は分かってないなと言わんばかりに首を横に振っています。


「早とちりするなって。二人だけで無理なら誰かの力を使わせてもらえばいいのさ」

「誰かの力? どういう意味?」


 電太君は雷太郎君の問い掛けにすぐには答えませんでした。ただ口元に不敵な笑みを浮かべて雷太郎君を見つめるのでした。

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