炉心溶融
「うおおお!」
電太君の雄叫び。突然驚くべきことが起こりました。数百のベータ族が一気に一つの電線を目指して動き出したのです。雷太郎君も電太君もそのただならぬ動きが何を意味するのか、すぐには理解できませんでした。が、何かに気づいたように電太君が叫びました。
「太郎、あの電線だ。あの電線が最後の切札なんだ。あそこを塞げば閉じ込められた力は必ず動き出す!」
電太君も雷太郎君も他のベータ族同様、その電線を目指して走り出しました。しかしほとんど全てのベータ族がそこへ向かって動いているのです。そう簡単にはたどり着けません。そうこうするうちに、先頭のベータ族がその電線の中へ入り込み始めました。電太君は歯ぎしりしました。
「くそ、ここまで来て行かせてたまるか」
電太君の体が青白く光りました。それと同時に波も集まっています。電太君は自分に残った全ての力をその波に叩きつけました。
「てええーい!」
電太君の体からおびただしい量の波がほとばしり出ました。強力な雷の道が電線に向かって完成し、それは前にいるベータ族を全て凪ぎ倒して、電太君の体を一瞬のうちに電線の入口まで運びました。
「電太君、大丈夫?」
遅れて来た雷太郎君が電太君の手を取って話しかけました。電太君の顔はもう真っ青です。そしてその体は三郎君の最期の時と同じく薄く透け始めています。雷太郎君は心配そうに電太君を見つめました。
「はあはあ、太郎、早くここから行ってくれ、何人かのベータ族が電線に入り込んじまった。はあはあ。行って、やつらが働くのを止めてくれ」
「うん。電太君も一緒に」
「御覧の通りだ。オレは今ので力を使い果たしちまった。はあはあ。ここに残って、ベータ族がこれ以上電線に入るのを、食い止めるよ」
電太君は苦しそうにあえぎながらにっこり笑いました。
「さあ、行ってくれ、この仕掛けさえ働かなければ、力が動き出す。そうすれば、ベータ族は自由になるんだ。さあ、太郎行け!」
床に倒れていたベータ族が起き上がり始めました。そしてゆっくりとこちらに向かって来ます。雷太郎君はもう何も言いませんでした。そして電太君の手を離すと、電線の中に飛び込みました。
「おまえたちは、一人も行かせねえ」
雷太郎君が行くのを見届けた電太君は力なく立ち上がりました。その電太君に向かって、何百というベータ族が再び近づいてきました。
「うわー!」
電線の中を走る雷太郎君の後ろから、大きな叫び声が聞こえてきました。電太君の声です。けれども雷太郎君は振り向きませんでした。とにかく一刻も早くこの先の仕掛けへたどり着き、ベータ族が働くのをやめさせなくてはいけないのです。電太君もそのために自分の力を使い果たして頑張ってくれたのです。
『やめるのじゃ、太郎』
「まただ、また聞こえる」
雷太郎君は耳を押さえました。あの声です。しかし、今の雷太郎君にはそんな声に気を掛ける余裕はありません。ただひたすら暗い電線の中を駆け続けました。
やがて前方に数人のベータ族の姿が見えてきました。歩いて進んでいるベータ族を追い抜いて、雷太郎君は電線の出口から外に出ました。
「働かせはしないぞ」
電線の外では最初に入り込んだ数人のベータ族が大きな仕掛けを動かしています。雷太郎君は彼らに向けて波を食らわせてやりました。働いていたベータ族は気を失って全員床に倒れました。雷太郎君は乱れた息を整えながら倒れた彼らを見つめました。
――ECCS働きません。電気系統被害拡大。
――このままでは水蒸気爆発の恐れが……
ウオーン、ウオーン、ウオーン!
建物全体を揺るがすような低い警告音が鳴り始めました。雷太郎君は床に倒れているベータ族を眺めながらぼんやりと立っていました。自分は何をしているんだろう。自分のしていること……こんなに多くのベータ族を倒し、電太君の力を使い果たしてまでやらなければいけないのだろうか。その疑問は再び雷太郎君を捕らえ、心の中で広がり始めました。悪いのは本当に人間なんだろうか。ベータ族が人間に働かされていたように、人間もまた何者かの手によって……
「いる、何かとんでもなく大きなものが……」
雷太郎君は感じました。得体の知れない巨大な何かが自分の間近に存在していることに。と同時に、この建物へ入る時に感じた、あの妙な気配もまた胸の中に漂い始めています。この気配、この感じ、これは何なのだろう……目の前の隔壁からは何かが漏れ出そうとしています。
――放射線量急激上昇! 危険な状態です。
――全員退避、退避せよ!
漏れ出てくるのはたくさんのベータ族でした。いやベータ族だけではありません。見たこともない様々な者たちが、もう数え切れないほどたくさん四方八方へ高速で飛んで行くのです。しかもその数はどんどん多くなっていきます。それらは壁を貫通し、建物の外へ出てもまだその速度を緩めようとはしません。逃げ惑う人間の体をも容赦なく突き抜けて拡散していくのです。雷太郎君はいったい何が起こったのかまるで分かりませんでした。
『太郎、逃げるのじゃ、太郎』
しかし雷太郎君は身動きできませんでした。いつの間にか沸騰した流れの中に浸されていたのです。地上で初めて会った親切な水たまりとも、電太君と出会った空き缶の水たまりとも違う流れ。その流れが持つ邪悪な意思が雷太郎君を縛るのです。
「やって来る、何かが目の前に……」
ずっと感じていた嫌な気配が徐々に大きくなっていきます。それは途轍もない大きさを持ち、圧倒的な力を感じさせる何かでした。押し潰されそうな威圧感を撥ね退けようと、雷太郎君は呪文を唱えました。
「拡張拡張然して極大!」
一気に大きくなる雷太郎君の体。それでもまだ威圧感は消え去りません。近付いてくる者の巨大さは空の入道雲のように桁違いなのです。雷太郎君はその恐ろしい気配に心臓が震える思いでした。
と、隔壁から漏れ出る様々な者たちの数が急激に増えました。まるで大きな手に掴まれた小鳥のように、雷太郎君はその場に立ち尽くしていました。
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