光帝ガンマー

「そこの雷族、名乗れ」


 低く、そして有無を言わせぬ声が雷太郎君の頭の上で響きました。目を凝らしても前にいる者の正体はよく分かりません。雷太郎君は叫びました。


「ボクは雷太郎だ!」

「ふっ、まだ子供か。ずっと見ていたぞ。大それたことを仕出かしたものだな」

「ベータ族を人間から解放するためだ。人間のやり方がどうしても許せなかったんだ」

「ほう。人間への憎悪がおまえを駆り立てたのか」


 様々な者たちは相変わらずあちこちへ飛び去って行きます。そしてその巨大な者は邪悪な流れを伴いながら、雷太郎君の前へ静かに姿を現しました。瞬間、雷太郎君は驚きのあまり声も出なくなりました。それは波だったのです。膨大な量の波の塊が、莫大な力を放って、そこに立っていたのです。雷太郎君は震える声で尋ねました。


「お、おまえは何者だ」

「私はガンマー光帝」

「ガ、ガンマー、光帝……」


 雷太郎君はガンマー光帝の放つ力に圧倒されそうでした。体は見えない縄に縛られたように動きません。ガンマー光帝は低く響く声で話し始めました。


「そう、私こそ世界で最も大いなる力を持つ存在。だが人間どもは私の力を利用するために、小賢しい手段を使って私をこの中に閉じ込めた。愚かな人間どもめ、この私を利用するとはなんという不敵さ。この私の力を制御できるなどという馬鹿げた夢を見る人間どもよ、今こそ私の力を見せてやろう。そしてその思い上がった考えを後悔するがよい。私を侮辱したおまえたちの罪は絶対に許されぬ。この地上の全ての人間が私の足元にひれ伏し、苦しみ、どんなに許しを乞おうと、決して消えはしないのだ」


 ガンマー光帝の声は雷太郎君の胸の中に重く響きました。人間に対する怒りと憎しみに駆られたガンマー光帝の傲慢不遜な姿。それはまた、三郎君の仇を取るためにここまでやって来た、雷太郎君自身の姿でもあったからです。


「さあ、行け、私の手下どもよ。この地上の全てをガンマー光帝の元にひざまずかせるのだ」


 ガンマー光帝の発する黒い光が一段と強くなりました。黒い光を浴びた者たちは意思を失った人形のように周囲へ拡散し、飛び散って行きます。その中にはたくさんのベータ族もいます。雷太郎君はたまらず叫びました。


「やめろ!」


 雷太郎君の顔は怒りに震えていました。ベータ族を自分の従僕のように使うガンマー光帝のやり方が我慢できなかったのです。


「太郎とやら、おまえは特別に私の元で働かせてやる。私をここから出してくれた礼の代わりにな」

「ふざけるな!」


 雷太郎君は叫びました。


「ベータ族を解放しろ。ベータ族だけじゃない。他のみんなも自由にしろ」

「何を言うのだ」


 ガンマー光帝の声が大きくなりました。


「我らは人間に復讐しているのだぞ。おまえも人間に復讐するためにここへ来たのではなかったのか」

「違う、違うんだ。ボクがここへ来たのはそんな事のためじゃない」


 雷太郎君の心の中からはもう人間に対する憎しみは消えていました。その代わりにガンマー光帝への敵意が胸の中で煮えたぎっていました。雷太郎君の体が青白く光り始めました。波も集まり始めています。


「ほう、私と闘うと言うのか。雷ふぜいが」


 雷太郎君の体を縛り付けていた力が次第に弱くなっていきます。雷太郎君は残っている全ての力を全身に集めました。光も波も、今までにないほど大きく膨らんでいきます。


「ほほう、子供のわりには力があるな」


 雷太郎君は身を丸めました。もう両足で支えきれないほどの力が全身に満ちています。雷太郎君は胸の中の怒りを解き放つように大声を出しました。


「ええええーい!」


 大きな光の玉となった雷太郎君は床を蹴ると、ガンマー光帝目掛けて一直線に突き進みました。体当りするつもりなのです。


「愚かな!」


 ガンマー光帝の人差し指から無数の波が発せられました。それは雷太郎君に絡み付き、いとも簡単にその体を床に叩きつけました。


「う、うう……」

「ははは。この私に逆らうとは笑止千万。太郎とやら、どうだ。これでも私の元では働きたくないと言うのか」


 雷太郎君は床に這いつくばったまま首を横に振りました。


「そうか。ならばおまえも私の足元で消えていくがよい。陽の世界の力を借りずに私を倒そうとした愚かさを思い知れ。ははは」


 ガンマー光帝の体からあふれる力が急激に大きくなりました。その恐ろしいまでの力は、雷太郎君が今まで経験したことのない凶暴さを秘めていました。次の瞬間、想像を絶する爆風が巻き起こり、轟音が響き渡りました。そして雷太郎君を、この建物全体を、空高く吹き上げました。


「うわああー!」


 空中に舞い上げられた雷太郎君は目を閉じていました。体も心も完全に疲れきっていたのです。ただ僅かに動く唇だけが、懐かしい二人の名を言葉にするのでした。


「三郎君、電太君……」

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