すれ違ったふたり
雷太郎君は地面の上に倒れていました。最初に地上に来た時と同じように仰向けに横たわっています。顔にはぽつりぽつりと雨が落ちてきます。全ての力を使い果たした雷太郎君はもう体を動かす気力もありませんでした。
遠くの方で建物が白い煙を上げています。そして、おびただしい数の様々な者たちが淡く発光しながら、様々なモノを、建物も、人も、草も、木も、地面も、全てのモノを貫き、汚染して、地上を拡散していくのが分かりました。その上方には、まるでこの世の全てを支配しようとしているかのような、ガンマー光帝の巨大な姿があります。
夜空は真っ黒な雲に覆われて星は一つも見えません。雷太郎君は目を閉じました。もう何もかも諦めていました。稲光先生の言葉通り、地上へ来るのは早すぎたのです。こんな恐ろしいことを引き起こしてしまったのは自分なのです。こんなになってしまった地上をそのまま放っておいて、自分だけ雲に帰ることなどできようはずがありません。と言って今の自分にはもう電線の中へ入り込む力さえ残っていません。
「三郎君、電太君、ボクも君たちの所へ行くよ」
三郎君は消えました。電太君もあの調子ではとても助からないでしょう。ならば自分もまた消えるべきです。雷太郎君は地面に身を横たえたまま、自分の力が完全に消滅するのを待とうと思いました
『太郎、聞こえるか、太郎』
またあの声が聞こえてきました。しかし雷太郎君は目を閉じたままです。
『太郎、諦めてはいかん。高みに、その鉄塔に登るのじゃ、太郎』
雷太郎君は目を開けると横を見ました。近くに鉄塔があります。しかし雷太郎君は動きません。
『太郎、登れ。これ以上ガンマー光帝の力が強くなっては助けられぬ』
雷太郎君は自分の力をもう一度全身に集め始めました。わずかですが力が残っています。雷太郎君の体がうっすらと輝き始めました。しかし鉄塔まで雷の道を作るだけの力はありません。
『太郎、動けんのか、太郎』
雷太郎君はまた目を閉じました。やはり無理です。雲への帰還などもう叶わないのです。と、その時、雷太郎君の頭の中に三郎君の声が聞こえてきました。
(太郎さん、必ず、必ず雲に帰ってくださいね……)
三郎君は雷太郎君が雲に帰ることを願って消えて行ったのです。こんな所で消えてしまっては三郎君が喜ぶはずがありません。
「そうだ、三郎君は確かにそれを願っていたんだ」
その声は雷太郎君に大きな力を与えてくれました。雷太郎君の中に眠っていた力を呼び覚ましてくれたようでした。雷太郎君の体の輝きが大きくなりました。雷太郎君は起き上がりました。そして、鉄塔めがけて思いきり地面を蹴りました。
「えーい!」
空中に浮いた雷太郎君の体は鉄塔の手前で一度地面に落ちました。しかし、すぐに地面を蹴って、次の跳躍で無事に鉄塔にたどり着けました。雷太郎君は疲れた体にむち打つと、休むことなく頂上目指して鉄塔を登り始めました。
「そうなんだ、自分のためにも、三郎君のためにも、電太君のためにも、ボクは雲に帰らなくちゃいけないんだ」
雷太郎君は鉄塔の遥か上空を見ました。垂れ込めた雲の中に、一点、光っている部分があります。動かない手と足を励ますように、鉄塔の頂上を目指して、その光を目指して登りました。
最初に鉄塔に登った時、雷太郎君はまだ何も知りませんでした。あの時はベータ族に会う、そのことだけで頭が一杯でした。あの時の自分を思い出すとなんだかおかしくてたまりませんでした。
『いいぞ、太郎、その調子じゃ、頑張れ』
登り始めてからずいぶん経ちました。雷太郎君はもう完全に疲れきっていました。けれども、すでに頂上は見えています。雷太郎君は最後の力を振り絞ると、自分の体を鉄塔のてっぺんへ押し上げました。
風が強く吹いています。雷太郎君はその風に吹き飛ばされないようにするだけで精一杯でした。雲の一点で輝いていた光が、次第に強くなってきました。そして、そこから自分に向かって波が流れて来るのも分かりました。雷太郎君は鉄塔にしがみついて、その光を見つめました。
『太郎、おまえも集中してくれ』
しかし今の雷太郎君に力はほとんど残っていませんでした。もう、体を光らせることも、波を集めることもできません。ただ、鉄塔にしがみついているだけです。やがて雲の光から流れて来る波が、強く太くなってきました。光の輝きも激しくなってきます。雷の道が徐々にできつつあるのです。
『駄目じゃ、ガンマー光帝の力が強すぎる』
雲から放たれる輝きはもうまぶしくて見ていられないほどです。しかし雷の道はまだ完成しません。雷太郎君は何とか自分も波を送り出そうと全身に力を込めました。しかし駄目です。雷太郎君は遠くを見ました。ガンマー光帝はますますその勢力を広げていきます。
『太郎、もう少し頑張れんか、太郎!』
聞こえて来る声の調子も悲痛です。
『なんたることじゃ、このわしが、雷一人引き上げられんとは、何という……』
ガンマー光帝はもう空の全てを覆っています。雲の光から流れて来る波も、ガンマー光帝の黒い光によって、だんだんと弱くなっていくのが分かります。雷太郎君はぼんやりと懐かしい雷雲を眺めました。
「ありがとう、稲光先生。でも、全てはボクの責任なんです。先生の努力には本当に感謝しています。ボクはもうあきらめました。三郎君、ごめんね。君の望みを叶えられなくて。雲に帰れなかったボクを許してくれるかな」
雷太郎君は小さな声でそうつぶやきました。そして、鉄塔を握りしめていた手をゆっくりと放しました。小さな体が落ちていきます。
『やめるのじゃ、次郎!』
突然大きな声が聞こえてきたかと思うと、空中に浮いている雷太郎君の体に大きな力が働きました。そして雷太郎君に向かっておびただしい量の波が流れてきたのです。その波は雷太郎君を掴むと、上空に向かって強大な力で引き上げ始めました。雷の道が完全にできています。
「こ、これは、いったい……」
雷太郎君は柱の中を猛烈な勢いで引き上げられて行きました。と、上の方からこちらに向かって何か小さな者が落ちて来ます。
「兄ちゃん……」
すれ違いざまに懐かしい声が聞こえてきました。しかしその声はあっという間に聞こえなくなり、小さな者は地上に向かって消えて行きました。雷太郎君は目を閉じました。そしてその後のことはもう何も分かりませんでした。
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