ベータ族

「変電所はまだ先だな」

「電動機の原理はどうだっけ」

「おいおい、邪魔だぞ」

「とにかく急がなくちゃ」

「えーと、こっちはよしと、次は」

「なかなか覚えられないや」


「な、何なんだ、ここは……」


 電線の中に入った雷太郎君はびっくりしました。とにかく大変な数の雷、いや、おそらく彼らがベータ族なのでしょうが、それが大変な勢いで同じ方向に走って行くのです。よく見ると雷太郎君自身も彼らと同じ方向に動いています。しかしベータ族の動きは雷太郎君の動きより断然速いのです。


「これって、みんなベータ族なんだろうか」


 雷太郎君はその流れに身を任せたまま、ぼんやりと彼らを見つめました。電線の中は仄かな光が満ちていて、夜の闇の中でも周囲の様子が見えるのです。


「おい、そこ。そんなにノロノロしているのなら道を開けてくれ」


 一人のベータ族が雷太郎君に向かって突き進んできます。雷太郎君は一旦身を避けようとしましたが、意を決して両手を広げるとそのベータ族の前に立ち塞がりました。


「はあ? 何の冗談だ、おまえ」


 声を掛けてきたベータ族の速度が落ちました。それでも雷太郎君とはある程度の間を取ってそれ以上は近づこうとしません。雷太郎君は広げていた両手を下ろすと、できるだけ丁寧な口調で話し掛けました。


「邪魔してごめんなさい。あなたに訊きたいことがあるんです」

「なんだよ」

「あなたたちはベータ族ですか」

「そうだよ」


 そのベータ族はぶっきらぼうに答えました。


「あ、あの実は、ボク……」

「おい、急いでいるんだ、いい加減にしてくれよ。見ろ、すっかり遅れちゃったじゃないか」


 そのベータ族は再び速度を上げると雷太郎句の横をすり抜けて行ってしまいました。雷太郎君は呆然として後ろ姿を見送るしかありません。


「どうしてあんなに急いでいるんだろう」


 雷太郎君は首をかしげました。せっかくベータ族に会えたのに話もできないのではどうにもなりません。


 雷太郎君は流れに乗りながら走って行く彼らを眺めました。どのベータ族も顔をしかめて何かをぶつぶつつぶやいていますが、誰かとお喋りをしている者は一人もいません。そして、ただひたすら前へ前へと進んでいくのです。中には雷太郎君とぶつかりそうになっても、何も言わずにそのまま行ってしまうベータ族もいます。まるで、雷太郎君など居ても居なくても関係ないといった感じです。


「これじゃあ、一人でいる時と何にも変わらないや」


 思わず独り言をつぶいてしまう雷太郎君です。けれどもそんなに悲観的でもありませんでした。なにしろこの電線の中は雲の上にいる時と同じくらい自由に動けるのです。しかも自分で動かなくても一定の方向へ雷太郎君を運んでくれるのです。地面の上で身動きできずに寝転がっていた時と比べれば、状況はかなり好転していると言えるでしょう。


「今はみんなどこかへ急いでいるみたいだけど、いつまでもずっと走り続けって訳でもないだろうしなあ。目的地へ着けばきっと話もできるだろう」


 自分と同じ仲間がすぐ近くにいる、そう思うだけで雷太郎君の気持ちは随分と安らぐのでした。それに電線の中にいれば少なくとも動けなくて困るという事態には陥らないはずです。雷太郎君は流れの中で体を横にすると頭の下で腕を組みました。


「それにしても地上ってのは凄いなあ。こんな便利なものがあるんだから。これならどこへだって全然疲れずに行けちゃうなあ」


 雷太郎君は目を閉じました。途端に今までの疲れが体の上に伸し掛かって来ました。雷太郎君は流れに身を委ねたまま深い眠りに落ちて行きました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る