雷太郎君の冒険

沢田和早

 

第一章 雷太郎君、地上へ行く

こども雷、雷太郎君

 雷様と言うと、まぶしい光でお父さんの目をくらくらさせたり、耳をつんざく大きな音でお母さんをびっくりさせたり、小さい子がうっかりおへそを出して寝ていると、そのおへそを取って行ってしまったりする、ずいぶん恐ろしい方とみなさん思っているでしょう。

 昔、偉い絵書きさんが風の神様と雷の神様の絵を書いたのですが、その絵を見てもずいぶん恐い顔をしていますから、やっぱり恐ろしい方なのでしょうね。


 ところで、こんなことを書くと異議を唱える方もいらっしゃるようです。


「みんな雷様雷様なんて言うけど、本当はそんなものいないんだよ。あれは電気なんだ。ほら、ボクたちの家で使っている電気。あれが雷の正体なのさ。だから雷様なんて、そんなふうに『様』を付けて呼ぶのはおかしいんだよ」


 と、まあこんな意見を述べる方が結構います。


 でも、この際ですからはっきり言っておきましょう。間違いです。電気とは別に雷様はちゃんといるのです。

 それならどうして雷様と電気は同じだと思っている人がこんなにたくさんいるのでしょう。それは、雷様と電気はとてもよく似ているからです。

 本当によく似ています。右手と左手より似ています。一歳のあなたと二歳のあなたより似ています。それから11時59分と12時1分よりも似ています。まあそんなわけですから、みなさんが間違えるのも無理はないのです。


 雷様は普段は雲の上にいます。雷様のいる雲は特別の雲で一番高い所にあります。ですから雷様の頭の上に雲はありません。いつでも青空が広がっています。

 その最高位の雲の上で、雷様は毎日何をしているかといえば、寝っ転がって居眠りしたり、のんびりとひなたぼっこを楽しんだりしているのです。


 雷太郎かみなりたろう君もそうした他の雷様の例に漏れず、今日もひなたぼっこをしていました。


「あーあ、今日もいい天気だなあ。と言って、ここは雷雲の上だから、曇ったり雨が降ったりなんてするはずがないんだけど」


 雷太郎君は腕を頭の下に組んで青い空を見上げました。雲ひとつない青空の中、お日様はまぶしい光を放っています。


「ボクも早く一人前の雷になって、毎日こうやってひなたぼっこばかりして暮らしたいなあ」


 雷太郎君は青空を見上げながらつぶやきました。実は、雷様といっても雷太郎君ぐらいに子どものうちは、やらなければならない事がたくさんあります。一人前の雷になるには体も心も鍛えられなければならないからです。ひなたぼっこなどしている暇はないのです。


 ではなぜ雷太郎君がこんな所でのんびりとひなたぼっこをしていられるのかと言うと、それはさぼっているからなのでした。雷太郎君は体の向きを変えてうつ伏せになると、小さな声で呪文を唱えました。


雲薄雲薄うんぱくうんぱくしかして穿孔せんこう!」


 雷太郎君の顔の下にある雲が、みるみるうちに薄くなっていきます。やがて、雲にはぽっかりと穴が開きました。これは雷太郎君が最近習った雲に穴を開ける呪文です。分厚い雷雲に手で穴を開けようとすると大変な時間がかかりますが、呪文を使えば一瞬で穴を開けられるのです。


 この呪文を使って初めて雲の下をのぞき見た時、雷太郎君は地上の様子にすっかり心を奪われてしまいました。今まで、雲と空しか知らなかった雷太郎君にとって、雲の穴から見える地上の光景は驚きに満ちていたのです。

 それ以来、大切な修業をほっぽりだして、こうして雲に穴を開けては下の様子を眺めてばかりいる、今日この頃の雷太郎君なのでした。


「やっぱり地上は凄いなあ。ボクも早く一人前の雷になって、地上に降りてみたいなあ」


 雷太郎君は雲の穴に顔を突っ込んだまま、これまで何度も口にした言葉をつぶやくのでした。

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