雷の道
次の日もとてもよい天気でした。雷太郎君と雷次郎君は気を付けの姿勢をして、稲光先生の朝のお話を聞いていました。
「太郎、次郎、おはよう。本日も日本晴れの修業日和じゃな。と言ってもここは最上位にある雷雲の上だから、曇ったり雨が降ったりなどするはずがないんじゃがのう。ウオッホン」
稲光先生は大きく咳ばらいをすると話を続けました。
「さて、本来ならばすぐに今日の修業に入るところなのじゃが、今日はすぐには入らぬ」
稲光先生はまた言葉を区切りました。ずいぶんもったいぶっているように見えます。
「なぜならば今日はお客様があるからじゃ。久しぶりにこの雲に雷がやって来る」
「雷が!」
「この雲に!」
雷太郎君も雷次郎君も大きな声を出しました。二人とも驚きと喜びが入り混じった顔をしています。雷が住む雲に別の雷が来訪するのは大変珍しいことだからです。それに時には稲光先生が教えてくれない面白い話を聞かせてくれる雷もいるのです。二人は胸がわくわくしてきました。
「先生、その雷はどこから来るんですか。地上からですか」
雷太郎君が大きな声で稲光先生に尋ねました。稲光先生は首を振りました。
「いや、残念ながら、別の雷雲からじゃ。しかし今まで同様、おっと」
稲光先生は話すのをやめると遠くの方を見つめました。何も見えませんが稲光先生は何かを感じ取ったようです。
「これはいかん。思ったより早くやって来そうじゃわい。さっそく出迎えじゃ。二人ともわしの後について来なさい」
稲光先生はそう言うが早いか走り出しました。雷太郎君と雷次郎君も慌てて稲光先生の後を追いました。風が少し出てきたようです。
「雷のお客様かあ、楽しみだなあ」
「優しい雷だといいんだけどね」
稲光先生はだいぶゆっくり走っているようなので、走るのが遅い二人も何とかついて行けます。正面の青空に小さな雲が見えてきました。
「ほほう、なかなか若い雷のようじゃぞ。これは楽しみじゃわい」
稲光先生の独り言を聞いて、どうしてそんなことが分かるのか雷太郎君は不思議に思いました。
やがて正面に見えていた雲がどんどん大きくなってきました。吹いて来る風も強くなってきます。最初は無駄口を叩きながら走っていた二人も、今はもう稲光先生について行くだけで精一杯です。
「ふうー。次郎、大丈夫か」
「うん。大丈夫」
「今回はなんとしても雷の道を見るぞ」
「うん。ボクも見る」
別の雷雲から雷がやって来る時は必ず雷の道ができるのです。今までも何度か雷の道はできたのですが、雷太郎君も雷次郎君も肝心のところでいつも見逃していたのでした。雷太郎君は自分に言い聞かせるように言いました。
「なんとしても、今回こそ……」
稲光先生の背中が徐々に遠ざかって行きます。正面に小さく見えていた雲はいつの間にか大きく広がり、まるでこの雲に覆いかぶさるかのようです。風もうなり声を上げながら吹いてきています。二人とも強い風に押されてもうほとんど前に進めません。立っているのがやっとと言った状態です。
「駄目だ。進めない」
雷太郎君は雲の上に立ち尽くすと悔しそうにつぶやきました。稲光先生の姿は全く見えなくなりました。雷次郎君は雷太郎君の足にしがみついています。風はさらに勢いを増し、ごうごう言いながら雷太郎君に吹き付けてきます。雷太郎君は立っていることもできなくなって、その場にしゃがみこみました。
「おおい、来るぞお。まもなく雷がやって来る。二人ともよく見ておくのじゃあ」
風上から稲光先生の声が聞こえてきました。雷太郎君は手で顔を覆いながら正面の雲を見つめました。灰色の雲の中に、微かに青白く光るものがあります。
「次郎、あれだ」
雷次郎君も雷太郎君の体にしがみつきながら、正面の雲を見つめています。正面の空は灰色の雷雲に覆われて青空は全然見えません。やがて、雲の中の青い光がその輝きを増し始めました。その光は雲の中でどんどん膨らんで行きます。それに呼応するように吹いて来る風も激しさを増していきます。雷太郎君はまぶしさと風の強さに圧倒されて、目を閉じてしまいそうです。
「見るんだ。今日こそ、雷の道を」
雲の中の光は加速度をつけて膨らんで行きます。雷太郎君は耐えきれずにとうとう目を閉じてしまいました。その時、雷太郎君は何か、まるで別のものを感じました。それは風のように雲の中の光に向かって流れて行くのですが風ではありません。見たこともない全く別の何かが、吸い込まれるように流れて行くのです。雷太郎君は今までにない不思議な感覚に呆然としていました。
ガシャガシャガシャ、ガシャーン!
とてつもなく大きな音が響き渡りました。それと同時に目を閉じていてもまぶしいほどの閃光が周囲を包みました。雷太郎君も雷次郎君も体を丸めこんで頭を抱かえていました。しかし、その時、雷太郎君には見えたのです。目を閉じてはいましたが、目の前に確かに道のようなもの――あちらの雲からこちらの雲へと架かる光の帯――が見えたのです。それが何なのか、どうして目を閉じているのにそんなものが見えたのか、雷太郎君にはよく分かりませんでした。ただ混乱する頭の中には、不思議なものが見えたというその思いだけが、しっかりと残っていたのです。
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