止められないベータ族
台車が長い廊下の突き当りに差し掛かった時です。電太君が大声を上げました。
「おい、太郎あれを見ろよ。いいもんがあったぜ」
電太君が指さしたのはただの壁でした。しかしその壁には横に二つ並んだ縦長の穴があります。
「何あれ? 電太君」
雷太郎君にとっては初めて見るものです。電太君は呆れた顔をして言いました。
「なんだ、知らねえのか。ありゃコンセントだよ」
「コンセント?」
「そうだ。あそこにいろんな仕掛けをくっ付けて、ベータ族の力を働かせるのさ。三郎から聞かなかったのかい」
雷太郎君は首を振りました。三郎君と一緒に配電盤で働いていたのはたった一日だけでした。そこまで詳しく教えてもらう時間はなかったのです。
「でも、あんな所に入って大丈夫なの。それに狭そうだし」
「そりゃあ、ちょっと窮屈さ。あれは力を働かせるだけの端子と電線。あんな所まではベータ族も降りてこないからな。でも大丈夫だぜ、一人ずつなら十分通れる。それにあのコンセントには何の仕掛も付いていない。ってことは今のところベータ族の力は働いていないんだ。だからあそこから電線の中に入っても、たいした抵抗もなく遡れるはずだ。そしてその先のどこかにいるベータ族を探すんだ。分かったか、太郎」
雷太郎君は三郎君と一緒に働いていた時を思い出しました。確かに二人は箱の中に留まって、そこから出ている電線を通してその先の仕掛けを動かしていたのです。雷太郎君の顔が輝きました。
「分かったよ、電太君。そしてベータ族を見つけたら、働くのをやめさせるんだね」
「そういうこと。さあ行くぜ」
電太君は勢いよく空中に飛び出すとコンセントに飛びつきました。雷太郎君も電太君に続きました。台車を押していた人間は廊下の突き当りを右に曲がって行ってしまいました。
「よし、じゃあそれぞれ別の電線を行くか。狭いから這って行かなきゃいけねえが、頑張れよ、太郎」
「うん。電太君もね」
二人は互いの顔を見合わせた後、別々の穴に潜り込んで電線の中を進み始めました。雷太郎君は電線の中を這いながら、さっきの妙な気配について考えていました。どうしてあの容器からあんな気配を感じたのか、どうして電太君は何も感じなかったのか……
「雷の道を作った日を境に、ボクは別人になってしまったみたいだ。心も体も」
雷太郎君はここ数日、自分の身に起こる様々な出来事が気になって仕方ありませんでした。波の声、妙な気配、あるいはそれだけ一人前の雷に近づいているのかもしれません。
「ううん、余計なことを考えるのはやめよう。今は先へ進むことだけを考えなくちゃ」
電線の中は暗くまるで洞窟のようです。進みながら耳を澄ますと、隣からがさごそと擦れるような音が聞こえてきます。電太君が電線の中を這う音です。雷太郎君よりもかなり前方から聞こえてきます。
「ボクも急がなくっちゃ」
雷太郎君は腕に力を入れて電線の中を進みました。しばらく行くと前の方が明るくなってきました。この電線もそろそろ終わりのようです。と、前の方から怒鳴り声が聞こえてきました。
「おい、働くのはやめろって言ってんだよ」
電太君の声です。雷太郎君は這う速度を速めました。どうやら電太君の方が先に着いてしまったようです。
「電太君、どうしたの」
雷太郎君はようやく電線から出てきました。見ると、電太君が一人のベータ族を羽交締めにしています。
「口で言って分からなければこうしてやる」
電太君はそのベータ族を床にねじ伏せるとその上に両手をつきました。
「ええい!」
バチバチッ!
掛け声とともに電太君の両手から波が発せられ、青い火花が散りました。波に胸を直撃されたベータ族は驚いて気絶してしまいました。
「へっ、どんなもんだい」
「だ、駄目だよ、電太君」
雷太郎君は慌てて電太君のそばに駆け寄りました。
「ボクたちの目的はベータ族を救うために仕掛けを壊すことなんだよ。ベータ族をやっつけに来たんじゃないんだよ」
「お、おう、でもよ」
電太君は立ち上がりながら言いました。
「そのためにはベータ族の働きを止めなきゃならねえ。しかしこいつらは口で言っても分かっちゃくれねえんだよ。だったら無理やり止めるしかねえじゃねえか」
「そ、それはそうだけど」
雷太郎君は困りました。その通りだからです。
「まあ、たくさんのベータ族のためだ。ここはひとつ、こいつらに犠牲になってもらおうぜ」
「う、うん……」
雷太郎君の頭の中はなんだかもやもやしてきました。自分の行動は本当に正しいのだろうか、そんな疑問が涌いてきたのです。
「あっ、こいつ、いつの間に!」
電太君が叫びました。二人が言い合っているうちに別のベータ族がやって来て働いていたのです。
「この野郎、働くんじゃねえって言ってんだよ」
電太君は叫びながらそのベータ族を羽交締めにしました。しかしすぐ太い電線から別のベータ族がやって来て、中断している仕事の続きを始めました。
「やめよう、電太君。これじゃキリがないよ」
雷太郎君は思い出していました。三郎君が力を使い果たした時、間髪を入れず新しいベータ族が配電盤に入って来たことを。それはここでも同じはずです。どれだけベータ族の邪魔をしようと、尽きることなく代わりのベータ族がやって来るに違いありません。
「仕方ねえな」
電太君は羽交締めにしていたベータ族を放しました。解放されたベータ族はすぐさま仕事に取り掛かります。律儀に働き続ける二人のベータ族をただ眺めるしかない雷太郎君と電太君でした。
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