三郎君の計略

 明るいお日様の光が電線の中に差し込んでいます。雷太郎君はまぶしそうに目をこするとゆっくりと開けました。電線の外に広がる青空が目に沁みます。


「おはよう、太郎さん。ずいぶん気持ちよく眠っていましたね」


 三郎君の声がします。


「あ、ああ、三郎君、おはよう。ボク、だいぶ寝ていたみたいだね」

「だいぶ寝ていましたね」


 寝ぼけ眼の雷太郎君を見て三郎君はくすりと笑いました。


「あんまりよく寝ているので起こさなかったのですけど、実は最後の変電所はもう過ぎてしまったのです」

「ええっ!」


 三郎君の言葉に雷太郎君は愕然としました。


「私たちはもう決まっていますから、寝たままで通り過ぎても別になんて事はないですけどね。しかし他のベータ族のみんなはさすがに呆れた顔をしていましたよ」


 雷太郎君は自分の寝ぼすけぶりが恥ずかしくなりました。三郎君は愉快そうに笑っています。


「気にすることありませんよ。それでこそ雷です。ほら、太郎さん、見てご覧なさい」


 雷太郎君は起き上がって辺りを見回しました。走っているベータ族はもう一人もいません。みんな雷太郎君たちと同じように流れに身を任せているだけです。


「ここにいるのはみんな家庭用か、小さな商店や事務所の仕事を言い渡された者たちばかりです。ほらまた一人」


 三郎君は電線の壁面を指さしました。雷太郎君がそちらを見ると、一人のベータ族が電線の外に出て行くところでした。


「ああして一人ずつこの電線から自分の働く場所へ出て行くのです。もう配属先は決まっているのですよ」


 電線は以前よりも地面に低いところを走っています。そして周りには色々な建物がたくさん並んでいます。人はそれほどいませんが、動いて行くもの――三郎君の話では車という仕掛け――が道の上をたくさん走っています。外の様子はこれまでとはまるで変わっています。雷太郎君は目を丸くして電線から街の様子を眺めていました。


「太郎さーん」


 三郎君の声がしました。見ると、三郎君が電線の外に出て行こうとしています。


「太郎さん、私についてきてください」


 三郎君に言われるまでもなく、雷太郎君はすぐに三郎君の後を追いました。電線の外に出ると別の細い電線があります。その先には小さな箱があります。三郎君はその中に吸い込まれるように入って行きます。


「三郎君、待って」


 三郎君の後を追って細い電線を走り抜けると、雷太郎君はその箱の入口に近づきました。と、大きな声が聞こえました。


「だめだ!」


 雷太郎君は声には構わず中に入ろうとしました。しかし不思議なことに中には入れません。まるで入口が見えない板で塞がれているかのようです。


「一人だけだ。二人は入れぬ。おまえはその場で待機せよ」

「さぶろうくーん!」


 雷太郎君は大声で叫びました。入口から中は見えません。三郎君の姿も見えません。


「聞いてください」


 突然、箱の中から三郎君の声が聞こえてきました。


「その入口にいる子はきわめて出来が悪いのです。嘘だと思うなら判定してみてください」


 ややあって、今度は先ほどの声が聞こえてきました。


「ほ、本当だ、何も覚えておらぬ。これほど無能な者に会うのは初めてだ」

「そうでしょう。そこまで出来が悪いと、彼一人を箱に配属しても、ろくに仕事もできないと思います」


 雷太郎君は自分のことを悪く言われているようなので少し腹が立ちましたが黙って聞いていました。


「そこで、どうでしょう。私もあまり出来が良い方ではないので、二人で一人前ということにして、ここには二人を配属してくれないでしょうか。それが最良のやり方だと思います」

「おまえの言うことはもっともだ」


 突然入口に感じていた抵抗がなくなりました。雷太郎君は転がるように箱の中に入りました。薄暗い闇の中、三郎君が一人で立っています。


「三郎君」

「太郎さん、うまくいったでしょ。ふふふ」


 三郎君はにっこり笑いました。雷太郎君もにっこりしました。


「では特別にここには一度に二人を配属する。しばらくそこで待機しておれ」


 先ほどの声がしました。二人は暗闇の中でしばらく立っていましたが、


「電圧が落ちている。よし、おまえたちの番だ。しっかり働くように」


 その声とともに入口と反対の方向が明るくなりました。三郎君が気合いの入った声を出します。


「さあ、仕事の始まりですよ!」

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