最優秀ベータ族

「二次変電所!」


 大きな声が聞こえてきました。周りを走っているベータ族の顔に緊張の色が浮かびます。それとともに彼らの走る速度も遅くなってきました。


「次の変電所に着いたようですよ。太郎さん」

「そうみたいだね」


 ベータ族の動きは次第にゆっくりになり、やがて前の変電所と同じように動きを止めると、みんな一列に並び始めました。雷太郎君と三郎君も列に並びました。


「この変電所は前と違うの?」

「いえ、同じです。私たちはもう働き場所が決まっていますから、何も言われずに出て来ることになると思いますよ」


 雷太郎君は列に並びながら前や後ろのベータ族を見渡しました。やはりみんな必死の形相です。前の変電所の時とは比べものになりません。


「数は少ないのですが、特に力のある者はこの変電所で抜擢されて、大きな仕事を任せられます。だからみんなの気も張り詰めているのですよ。ちょうど私たちの逆ってわけですね」


 三郎君が苦笑いしながら言いました。前方にはこの前の変電所と同じ大きな箱が見えています。雷太郎君たちはその箱に向かってゆっくりと進んで行きました。

 一度目はずいぶんドキドキした雷太郎君でしたが、二度目となれば落ち着いたものです。それにすぐ後ろにはなんでも知っている三郎君も付いているのですから、鬼に金棒という感じです。


 しばらくして雷太郎君の順番が回ってきました。中は前と同じ真っ暗で道はくるくる回っています。と、何も起こらないまま出口に着いてしまいました。雷太郎君に続いて三郎君も出てきました。出口付近では前回と同じようにたくさんのベータ族がたむろして口々に何か言っています。


「まだ間に合う。まだ頑張れる」

「もう少しで大工場だったのに」

「やはり、最初の変電所の点数が低すぎた」

「知識は完ぺきだったのになあ」

「とにかく急ぐことだ。急ぐこと」


「ねえ、三郎君。ボク、思うんだけどね」

 ベータ族の様子を見ていた雷太郎君が尋ねました。

「ボクたちみたいに家庭用になるっていうのは、そんなに嫌なことなの」


「うーん、難しい質問ですね」

 三郎君は腕組みしました。

「はっきり言ってしまうとね、大部分のベータ族が家庭用か普通の事務所で働くことになるのです。ただ、やはりみんな大きな仕事をしたいのです。その方がベータ族としての評価も上がるわけですからね。だから嫌とか好きとかじゃなくて、自分を少しでも優秀なベータ族と認めてもらいたくて、みんな努力しているのです」

「ふうん」


 三郎君の説明を聞き終わっても、雷太郎君にはまだよく分かりませんでした。ただ、ベータ族は大変なんだということだけは、なんとなく理解できました。


「やあ、君たち二人とも家庭用だね」


 二人の後ろから声がしました。振り向くと一人のベータ族が立っています。三郎君は意表を衝かれたような声を出しました。


「あ、あなたは!」

「誰なの、三郎君の知り合い?」


 雷太郎君がそう尋ねると、三郎君は雷太郎君の耳に口を近づけて小さな声で話しました。


「彼はトップの評価を受けたベータ族です。最も優れたベータ族に与えられる胸章を着けています」

「その通り」


 三郎君が何を言っているのか、聞こえなくても分かっていると言わんばかりの口調です。そのベータ族は続けました。 


「ボクは最も優秀なベータ族なのさ。前の変電所でもここでも評価は満点、トップだった。そのおかげで、たった今、大規模実験施設での仕事を任されたよ。君たちが何人束になっても到底できないようなもの凄い仕事をね。君たちはまだ架空送電線だろう。ところがボクはこれから地中送電線さ。これであの生意気な鳩や烏どもに、頭の上に止まられることもないってわけさ。もっとも君たちみたいな出来の悪いベータ族にはそれがお似合いかもしれないけどね。ははは」


 雷太郎君は黙って聞いていましたが次第に腹が立ってきました。思わず大きな声で言い返します。


「ボクはベータ族じゃない。雷だ!」

「か、雷だって!」


 そのベータ族は雷太郎君の大声を聞いて一瞬ひるみましたが、すぐに元の落ち着きを取り戻すと言いました。


「ほう、雷ね。では雷君、なんだってこんな所にいるのかな。窮屈じゃないかね。どうだい、ひとつ電線の外でも飛び回ってみてはいかがかな」


 雷太郎君は返す言葉がありませんでした。そんなことはできないからです。


「おや、どうしたのかな。まさかできないなんて言うんじゃないだろうね。雷ならそんなことは朝飯前だものね」

「まだ子供の雷なのです。手違いでこんな所に来てしまったのです」


 三郎君がかばうように言いました。


「ふん。まあ、雷だとしても大した奴じゃなさそうだな。さあて、こんな所でぐずぐずしていてもエネルギーの無駄になるだけだし、そろそろ行くかな。まあ、君たちもせいぜい頑張るんだね。ははは」


 そのベータ族はそう言うと、笑いながら走り去って行きました。他のベータ族もみんな徐々に速度を上げて、また電線の中を走り始めます。雷太郎君たちも流れに身を任せて先へ進み始めました。


「なんだか、嫌な奴だったね」


 雷太郎君は怒っています。稲光先生以外の者にあんな失礼なことを言われたのは生まれて初めてでした。


「そうですね。でも、彼こそが最も優れたベータ族なのですよ。どのベータ族もみんな彼のようになるのを夢みて、あんなに頑張っているのです」

「ボクは三郎君があんなベータ族にならなくて良かったと思っているよ」

「ははは、ありがとう太郎さん。しかしどんなに遠慮深い者でも、自分が他人より優れていると分かれば、彼のようになるのかもしれません。私も雷についてはこう習いましたよ。雷はその強大な力を背景にして、地上のありとあらゆる者をその足元に屈服させる……」

「ボクはそんな雷にはならない!」


 雷太郎君は大きな声で三郎君の言葉をさえぎりました。三郎君はそれを聞いて少し笑いましたが、その笑い顔はなんだか悲しそうにも見えました。


 変電所を過ぎてほどなく行った地点で電線は二つに分岐していました。一つはこれまで通り空中を、もう一つは地中へと進んでいきます。地中へ行くのは非常にわずかな数のベータ族なのですが、彼らはみんなとても誇らしげな顔をしています。一方空中を行くベータ族は今までと同じように、ぶつぶつつぶやきながら先を急いでいます。

 もう夜もかなり更けてきたようで、電線の下でたくさん輝いていた光も、その数はだいぶ減ってきました。


「太郎さん、そろそろ休んだ方がよいのではないですか」


 眠そうにしている雷太郎君を見て三郎君が声を掛けました。


「うん。でもベータ族のみんなはまだ走っているよね。夜もずっとああやって走り続けているの」

「そうですよ」

「三郎君もそうだけど、ベータ族って本当に優秀なんだねえ。何でも知っているし、体も丈夫だし」

「優秀だから走り続けているのか、優秀ではないから走り続けているのか、どっちが正しいのやら、ふふふ」


 三郎君の言葉は雷太郎君にはよく分かりませんでした。雷太郎君は不思議そうな顔で三郎君を見つめました。


「今日はよく眠っておいた方がいいですよ。おそらく明日は最後の変電所を通過するはずです。そうすればこの旅は終わり、私たちは働かなくてはならなくなります」


 三郎君の言葉に雷太郎君はぎくりとしました。そのことは今までもずっと心の中に引っ掛かっていたのです。この旅はいつ終わるのか、終わった後どうなるのか。でも恐くて聞けなかったのです。明日でこの旅が終わるのならば、三郎君と別れなくてはならないのでしょうか。


「そしたらボクはどうすればいいのかなあ。この電線の外に出ないといけないのかなあ」


 雷太郎君は不安になりました。この電線を追い出されれば、また地面の上で身動きできなくなってしまうからです。


「心配ありませんよ、太郎さん。ふふふ。私には考えがあるのです。さあ、もう眠ってください」


 三郎君にしては珍しく自信に満ち溢れた言葉です。雷太郎君は流れに身を横たえました。


「三郎君のことだもの。きっとうまくやってくれるさ」


 雷太郎君はそうつぶやくと目を閉じて、深い眠りの中に入っていきました。

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