地上からの雷
稲光先生が走り去った後も、雷太郎君と雷次郎君はあっけにとられて、雲の上に突っ立っていました。
「修業が!」
「中止!」
修業が中止になることはきわめて異例と言えます。何しろ雷様には盆とか正月とか夏休みとか日曜日とかいったものはないのですから、私たちが毎日食べる三度の食事と同じくらい修業は当り前のことなのです。それが中止になるとはいったい何があったのでしょう。雷太郎君と雷次郎君は近くに立っている光太さんに向かって、矢継ぎ早に質問しました。
「光太さん、いったい何があったんですか」
「あの稲光先生があんなに張り切っているなんて」
「今まで見たこともありませんし」
「それに修業がお休みになるなんて」
「とても考えられないことです」
光太さんは交互に喋る二人をおかしそうに見つめています。
「光太さんが来たことと関係あるんですか」
「光太さんは何をしにこの雲へ来たんですか」
「稲光先生は何をしにどこへ行ったんですか」
やがて、話すこともなくなったとみえて、二人とも静かになりました。光太さんはにっこりと笑うとようやく口を開きました。
「あなたたちが不思議に思うのも無理はないですね。実を言うと、私の他にもう一人、別の雷がこの雲へやって来るのです。それも地上から」
「ち、地上から!」
「雷が!」
雷太郎君も雷次郎君もそれは驚いた顔をしました。これまで地上から来た雷を見たことは一度もなかったからです。
「そうです。地上から来るのです。ずいぶん昔の話ですが、この雲に地上からの雷を迎えたことがあったそうですよ。もちろんまだ君たち二人とも生まれてはいなかったようですが」
「す、凄いやあ」
「地上から雷が来るなんて」
二人は飛び上がらんばかりに喜んでいます。光太さんもにこにこしています。と、雷太郎君が急に真顔に戻りました。
「ねえ、光太さん。地上の雷がここへ来るってことは、誰かが代わりに地上へ行かないといけないんでしょう。だって、地上と雲の間に雷の道を作るには二人必要なんだから。代わりに行くのは誰なの?」
「私です。」
光太さんは静かに答えました。
「もう少し詳しく説明しましょう。実はここへ迎える雷は試験を受けに地上へ行っている雷なのです。君たちも知っているように雲と地上の間に雷の道を架けること、これが一人前の雷になるための試験でしたよね。ですから、本当に来るかどうかは、まだ分からないのです。もしまだ地上から雲へ雷の道を作る力を蓄えていなければ、ここには来ないことになります。もっともそんな例は滅多にないのですけどね」
「でも、そしたら、何も光太さんがわざわざこの雲に来なくても、光太さんの雲に迎えてあげればよかったんじゃないんですか」
「それが、あいにく私の雲には私一人しかいないのです。試験を受けに行った雷を迎えるには、代わりに地上へ行く雷と合格かどうかを判定する雷の二人が必要なのです。それに私自身、今回のようなことは初めてですので、まあ、助けてもらうつもりでこの雲に来たというわけです。稲光先生は今その準備に追われています。久しぶりの大仕事なのでずいぶん張り切っておられるようですよ。どうです、これで疑問はなくなりましたか」
光太さんはにっこり笑いながら二人を見つめました。二人とも疑問に思っていたことを全て話してもらえたので満足した様子です。
「ねえ、光太さん、その雷はいつ来るの。今すぐ、それとも明日」
「ああ、それは、はっきりとは言えないのです」
光太さんが少し困った顔をしました。
「なにしろ地上の雷を迎えるとなると、雷雲の下の気象状況が大きく影響しますからね。それに相手の雷との連絡もそう密には行えないので、位置の確認にだいぶ手間取るのです。そんなに長くはかからないとは思いますが、その準備はとても忙しいので君たちともあまりゆっくりお話ができないでしょう。それに地上の雷がここに来て、ようやく暇ができる頃には私は地上に行っているのですから、こうしてのんびり話ができるのは今だけかもしれません」
「そうですか」
雷太郎君も雷次郎君も少し残念そうな顔をしました。光太さんは相変わらずにこにこしています。
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