動く雲
「あれっ」
雷太郎君は何か妙な動きを感じました。雲が動いているような気がするのです。雷太郎君は遠くに浮かんでいる、光太さんがやって来た雲を見つめました。その雲はゆっくりと上に動いています。
「動いている、あの雲が動いている!」
「えっ」
雷太郎君の言葉を聞いて雷次郎君もそちらに視線を向けました。確かに光太さんがやって来た雲が上に動いていきます。
「こ、光太さん、大変だよ、光太さんの雲が動いている」
雷次郎君は上昇していく雲を指さすと大声で叫びました。しかし光太さんは相変わらずにこにこしたままです。
「ははは、大丈夫。動いているのは私の雲ではありません。この雲なのです。この雲が下に動いているのです。稲光先生、仕事を始めたようですね」
「この雲が?!」
雷太郎君も雷次郎君も光太さんの言葉が信じられませんでした。この雲は今まで一度も動いたことがなかったからです。二人ともこの雲は動かないものと信じ込んでいたのでした。
「でも、どうしてこの雲が」
雷太郎君が光太さんの顔をのぞき込みながら言いました。
「それはね、なにしろ地上からの雷を迎えるには、この雲はあまりにも高すぎるのです。力のある雷なら高くても道を作ることはできるでしょう。しかし試験を受けに行っているような若い雷になると、この高さではとても作れません。ですからある程度までは高さを下げてもよい決まりになっているのです。もちろん限度はありますけどね。その雷の力を応じて高さを決めるのです。稲光先生もその辺はよく心得ているはずです」
光太さんの説明に二人は安心したようです。そして、雷を迎える準備がこうして現実の形になって現れてきたので、なんだかわくわくして来ました。光太さんは口の端で少し笑うと雷太郎君に話し掛けました。
「ところで太郎君、どうでしたか。雷の道を初めて見た感想は」
「えっ!」
雷太郎君は光太さんの言葉に心臓を掴まれた思いがしました。
「光太さん、どうして、それを……」
「ははは、分かりますよ。私だけじゃない、稲光先生だってちゃんとお見通しですよ」
「なんだ、兄ちゃん、やっぱり見えていたんじゃないか」
嘘をつかれたと分かった雷次郎君は膨れっ面をしています。雷太郎君は苦笑いをしました。
「ごめんよ、次郎。でもあれが雷の道なのかどうかボクにもよく分からなかったんだ。だって本当に目を閉じていたんだから」
「そう、雷の道とは光のように目で見るものでも、風のように体で感じるものでもないのです。太郎君、今度、地上から雷が来る時には最初から目を閉じていなさい。そうすればもっとはっきりと見えるはずです」
「分かりました、光太さん」
雷太郎君は自分の見たものがやはり雷の道だと分かって、心が晴れる思いでした。雷次郎君が雷太郎君の腕を引っ張っています。
「ねえ、兄ちゃん、聞かせてよ、雷の道ってどんなだったの」
「ん、そうだなあ」
雷太郎君は空を見つめながら、先ほどの風景を思い出しました。
「まぶしくて目を閉じてしまったんだ。すると雲の中の光に向かって何かが流れて行くんだ」
「ほう、太郎君は波も見えたのですか。それは大したものですね」
光太さんが感心したように言いました。
「波の流れを捕捉できたとなると、太郎君、あるいは君が地上に行く日は近いのかもしれませんよ。これは次の雷の道が楽しみだな。ははは」
光太さんは大きな声で笑い出しました。雷太郎君と雷次郎君はあっけにとられた顔で光太さんを見ています。
「ところで君たちは本当に良い先生を持っていますね。稲光先生は非常に優れた雷です。あれだけの歳でありながら、まだあれほどの力を維持しているのですから」
光太さんの言葉に二人は顔を見合わせました。
「若い頃は大変な力を持っていたに違いありません。そういえば聞いたことがあります。かつて地上ばかりかあの空にまで雷の道を架け、天上天下を自由自在に駆け回っていた雷がいたと。あるいは、稲光先生が……」
「稲光先生ってそんなに凄いんですか」
雷太郎君は半信半疑で光太さんに訊きました。今まで何人もこの雲に雷がやって来ましたが、稲光先生のことをそんなふうに言ったのは一人もいなかったからです。
「そんな話、初めて聞きましたよ。なあ、次郎」
「うん。初めてです」
「そうですか。しかし他の雷も気づいていたはずです、稲光先生の偉大さを。それを言わなかったというのは、おそらく……」
その時、遠くの方から声がしてきました。稲光先生です。
「おーい、光太君、手伝ってくれえー」
「ああ、先生が呼んでいます。じゃあ、二人ともしばらくお別れです。次郎君、次はもっとしっかりと雷の道が見えるといいですね」
光太さんはそう言い残して声がしてきた方へ走って行きました。後にはまた雷太郎君と雷次郎君の二人が残されました。二人の頭の上には青い空が広がっています。その空の中に光太さんのやって来た雲が、もうだいぶ高い所にぽっかり浮かんでいました。
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