ベータ族の友達
「おや……」
再び流れに乗って進んでいた雷太郎君はあることに気づきました。先ほどからずっと一人のベータ族が自分と同じ速度で進んでいるのです。
『他のベータ族はどんどん追い抜いていくのに、彼だけはボクと同じ、のんびりと進んでいる。どうしてだろう』
気になった雷太郎君はそのベータ族の背後にそっと近寄りました。
「やっぱり家庭用だった……でも、仕方ないよね……」
そんなつぶやきが聞こえてきます。
『家庭用……ボクと同じだ』
雷太郎君は箱の中で言い渡された言葉を思い出しました。「得点は零点、家庭用に決定」きっとこのベータ族も同じような宣告をされたのでしょう。そう考えると前にいる相手が自分の仲間のような気がしてきます。
雷太郎君は思い切って彼の肩に手を置き、できるだけ明るく声を掛けました。
「こんにちは!」
「ええっ! うわっ!」
よほどびっくりしたのでしょう。そのベータ族はピョコンと飛び上がると、悲鳴に近い声を上げて振り向きました。雷太郎君は慌てて謝ります。
「あっ、ごめんごめん。驚かせるつもりじゃなかったんだ。えっと、君、ボクと同じくのんびり進んでいるから、もしかして雷なんじゃないかと思って」
「いえ、私はベータ族です。雷だなんて、とんでもありません」
「そう、なんだ……」
雷太郎君は少しがっかりしました。それでも自分の問い掛けにきちんとした答えが返って来たのは初めてです。嬉しくなって話を続けます。
「えっと、君さ、家庭用って言い渡されたんでしょ。さっき独り言が聞こえて来ちゃって。実はボクも家庭用って言われちゃったんだ」
そのベータ族は少し恥ずかしそうな顔をしました。が、すぐに笑顔を取り繕うと励ますように言いました。
「そうでしたか。お互い不本意な結果に終わってしまいましたね。でもきっと良いこともありますよ。気を落とさずに行きましょう」
そう言われても雷太郎君は答えられません。どうして家庭用が不本意なのか、気を落とさなくてはならないのか、全然分からないからです。雷太郎君は困った顔をして尋ねました。
「あの、それについてなんだけど、さっきの変電所っていうのは何なの?それに家庭用とか、零点とかいうのは、いったい……」
「えっ」
そのベータ族はびっくりした顔をしています。そして何も言わずに雷太郎君の顔をじっと見つめました。どうしてそんなことも知らないのだろうといった表情です。雷太郎君は早口で付け足しました。
「ああ、失礼しました。ボクの名前は雷太郎。先日地上に来たばかりなので何も知らなくって」
「雷太郎。じゃあ、あなたは雷……」
そのベータ族の顔が驚きの表情に変わりました。驚きというより何かにおびえている様な顔です。
「うん、雷だよ。よろしくね」
「やっぱりそうだったのですね。変だと思っていたのですよ。こんなに近くに寄って、おまけにお互いの体に触れ合えるなんて、ベータ族同士では考えられないですからね。法則に縛られない雷にしかできないことです。ああ、雷と話ができるとは何という好運。もしよかったら教えていただけないでしょうか。あなたたちの波について」
「えっ、波?」
「そうです。波です。あなたたち雷は波を作り、波を操り、それを読む。そう聞きましたけど」
雷太郎君はまたも困ってしまいました。波というのはおそらく雷の道ができた時に見えた、風のように流れていたものを指しているのでしょうが知っているのはそれだけです。雷太郎君は申し訳なさそうに答えました。
「ごめんね、実はその波についてはよく分からないんだ」
「分からない! でもそれならどうやってこんな所まで来たのですか」
「それが、実は手違いがあって地上に降りてしまったんだよ」
それから雷太郎君は今までの経緯を簡単に説明し始めました。雲の上での出来事、本来はここに来るのは別の雷で自分ではなかったこと、水たまりに助けられてこの電線に入り込んだことなどなど。最初は強張っていたそのベータ族の表情も、話が進むうちにだんだんと穏やかになってきました。
「ボクは地上に来てようやく分かったんだ。自分がいかに無力であるかを。まだ地上に来るには早すぎたってことを。それで、なんとしても雲の上に帰りたいんだけど、その方法が分からなくて。ねえ、君は何か知らないかい」
「そうでしたか」
そのベータ族は本当に気の毒だという目で雷太郎君を見ました。
「それは大変な目に遭いましたね。ただ、雲へ帰るにはやはり雷の道を作るしかないと思いますよ。私もその作り方は知りません。地上にいる雷に会えれば作り方も分かるでしょうが、それはまず不可能ですしねえ」
「地上で雷に会うのはそんなに難しいの?」
「難しいです。なにしろ絶対数が少ないですし、それに四六時中動き回っていますからね。こんなふうに雷に会えるなんて、まず有り得ないことなのです」
「じゃあ、雷の他に、雷の道について知っている者はいないかなあ」
「さあ、ちょっと思いつきません」
雷太郎君はがっかりした顔をしました。頼みにしていたベータ族も雲へ帰る助けにはならないようです。
「ただ、確率は低いのですが、地上の雷に会う方法があります」
「本当!」
がっかりしていた雷太郎君の顔がぱっと明るくなりました。
「ええ、それは雲です」
「雲?」
「空に雲が垂れ込めてきた時がそのチャンスです。地上にいる雷もいつまでも地上にいるわけではなくて、必ず雲に帰る時が来ます。その時には雷も一つの所にとどまって、雷雲を地上近くまで呼び寄せるのです。ですから会えるとしたらその時しかないでしょう。もちろん雲が垂れ込めても、その雲の下のどこにいるかは分かりませんが」
雷太郎君の顔がまた少し曇りました。自分は地上を思いのままに動けません。そんな状態で、どこにいるかも分からない雷を探すのは大変な困難に思われたのです。雷太郎君の顔を見てそのベータ族は明るい声で言いました。
「あまり力を落とすことはありませんよ。なんと言ってもあなたたち雷は莫大な力をお持ちなのですから。あなたはまだ子供ですから自分の力には気づいていないかもしれませんが、この地上であなたたち雷に敵う者などまずいないのです。ですから、そう気を落とさないでください。いつか必ず雲に帰れますよ」
「はあ」
雷太郎君は力なく答えました。
「でも光栄です。私のような者が雷とお話ができるなんて。これはもう本当に滅多にないことですからね」
「そ、そうかな」
雷太郎君は照れくさそうに笑いました。
「そうですとも」
そのベータ族は本当に嬉しそうに喋ります。
「どうです、しばらく私と一緒に行きませんか。そのうち雷の道について何か分かるかもしれないし、ひょっこり雷に会うことだってあるかもしれませんよ」
「そうだね」
言われるまでもなく雷太郎君はそうするしかありませんでた。今のところこの電線から外に出ることはできないのです。雷太郎君はため息をつきました。雲へ帰ることに関して、もうこのベータ族からはこれ以上の情報を得られそうにありませんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます