小さな仕返し

 雷太郎君が今に泣き出しそうな顔になっているのを見て、電太君は吐き捨てるように言いました。


「へっ、ベータ族ってのも哀れなもんだね。その三郎ってやつも結構いい奴だったのに、ベータ族の中じゃ出来損ないなんだからな。しかも人間に作られたから使い捨てにされるのも仕方ない、なんて思い込んでさ」

「えっ、でも人間が作るんでしょ、ベータ族っていうのは。三郎君はそう言っていたけど」

「冗談じゃない。いくら人間だって何もないところからベータ族を作れるわけがないぜ。人間はただ呼び寄せるだけなのさ」

「呼び寄せる?」

「そうさ。ベータ族だってオレやおまえと同じ、元は自然の中に隠れているんだ。その隠れているベータ族を、何かとてつもなく強大な力と巧みな仕掛でもって呼び出しているだけなのさ。おまけに人間によって作られたのだから人間のために働かなくてはならない、なんて信じ込ませて、自分たちの仕掛けの中で力尽きるまで働かせるんだ。哀れな話だぜ、まったく」

「そ、そんな、馬鹿な……」


 雷太郎君は自分の耳が信じられない気持ちでした。あんなに賢い三郎君がだまされて働いていたというのでしょうか。


「静電気族に生まれてつくづくラッキーだったと思うぜ。ベータ族のような強制召喚じゃなく、自然の摂理に則り、然るべき時と場所に出現できたんだからな。ま、そんな訳で静電気族のオレ様は働いたりなんかせず、こうして気ままに暮らしているのさ」


 雷太郎君の心の中では人間に対する憎しみが再び膨れ上がってきました。そんな人間のやり方は間違っていると思ったのです。


「ボクは人間が許せないんだ。三郎君や他のベータ族をあんなにこき使っておきながら、何のお礼も感謝もしてくれない人間が」

「おう、分かるぜ、おまえの気持ち。俺も人間は大嫌いさ」


 電太君は雷太郎君の背中をばしんと叩きました。


「よし、それじゃあ、俺が教えてやるぜ。どうやって人間を懲らしめるか。ちょっとそこで見てな」


 電太君はそう言うと丸いものの縁に立ちました。その体が光を放ち始めます。


「ああ、あれがいいな。うりゃ!」


 電太君はいとも簡単に雷の道を作ると宙に飛び上がりました。すぐ近くには車が何台もとまっています。電太君はその中の一台に飛び移りました。


「何をするつもりなんだろう」


 電太君の意図はまったく分かりません。雷太郎君は縁に立って何が始まるのかドキドキしながら見守っていました。


 しばらくしてその車に一人の人間が近づいて来ました。電太君の顔に不敵な笑みが浮かびます。その人間は車の近くに立ちドアに手を近づけました。瞬間、電太君が勢い良く車から飛び出して、その人間の手にぶつかりました。


「どりゃあー!」


 が、その人間はなにくわぬ顔でドアを開けると、そのまま車に乗り込んでしまいました。電太君は地面を蹴ってまた丸いものの所へ戻ってきました。


「はあはあ、ちきしょう、今の季節じゃ、やっぱり駄目だな。ふうふう、もう少し寒くて、乾燥していると、いいんだが」


 電太君は息を切らしています。ずいぶん疲れているようです。


「ね、ボクもやってみる」


 雷太郎君が言いました。電太君はおっという顔で雷太郎君を見ました。


「ほう、おまえにできるかな。いくら雷とはいえ、まだ雷の道をたった一度しか作れていない未熟者のおまえに」


 電太君の言葉に構わず雷太郎君は意識を集中しました。雷太郎君の体が輝き始めました。


「おっ、できるじゃねえか」


 雷太郎君は思い出しました。三郎君が消えた時の悲しみを、怒りを。光がどんどん強くなって行きます。


「えいっ!」


 伸ばした両手の先から波がほとばしると雷の道が出来上がりました。かけ声とともに縁を蹴った雷太郎君の体は宙を飛んで一度地面に落ちると、もう一度宙を飛んで別の車に飛び移りました。


「ほほう、二回目にしてはたいしたもんだ。しかし一発で飛び移れないってのがまだまだ甘いな」


 辛口の感想を述べながらも電太君は期待の眼差しを向けています。雷太郎君は車の表面を動いてドアの所までやって来ました。車の表面は鉄塔と同じで、少々体は重いのですが簡単に動けます。しばらくそのまま待っていると人間が近づいて来ました。雷太郎君は身構えました。


「よし、太郎、準備だ!」


 電太君が叫びました。雷太郎君は再び体に力を込めました。体からは光が放たれ始めています。三郎君を消滅させた憎い人間、ただこき使うだけの人間、少しの感謝もしてくれない人間……雷太郎君の中にはまた怒りが込み上げてきました。人間の手がドアに近づきます。


「いまだ、太郎!」

「三郎君のかたき!」


 雷太郎君は渾身の力を振り絞ってドアを蹴飛ばし、思いっ切り人間の手に体当りしました。


 バシッ!


「うわあー!」


 その人間は驚いて手を引っ込めると、もう片方の手で手首を掴み、その場にしゃがみ込んでしまいました。雷太郎君はそのまま地面の上に落ちましたが、すぐに雷の道を作り、二回の跳躍で元の場所に帰ってきました。たったこれだけのことで息が切れるほど疲れ切っています。流れの中に飛び込んで力を抜き、心地良い安らぎに身を任せます。


「す、凄いぜ、太郎。やっぱり雷だけのことはある。電太様も脱帽よ」


 電太君は手を叩いて喜んでいます。褒められた雷太郎君ははあはあと息を切らしながら少し照れてしまいました。


「太郎、これだけのことができるんだ。もう少し頑張れば、雲に帰れる強力な雷の道を作れるようになるはずだぜ。どうだい、修業も兼ねてしばらく俺と一緒にここで人間どもを驚かしてみないか。おまえだって気分がすっとしただろう」


 確かにいい気分でした。あんなに憎かった人間を驚かせたのですから。しかしこんなイタズラを繰り返したところで何の解決にもならないこともまた分かっていたのです。

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