第11話「自由への一歩」
僅かな時間で
裸の彼女を抱き上げ、操は苦労して宿にありついたのだった。
今は部屋の前で、親切な女将に苦しい言い訳をしている。
「ど、どうも……助かりました、
「まあまあ、大変だったねえ。とにかく今夜はゆっくりするんだよぉ」
「すみません、お世話になります……本当にごめんなさい」
「いいのいいの! 若い子がそんなに恐縮しないっ!」
ガハハと
口からでまかせで嘘を
それも、こんなに親切な女性に。
普段なら耐えられない悪行に感じたが、それでも守りたいものが今の操にはあった。どうにか逃げおおせたが、あれからレヴィールは口数も少なく
「そういえば、お兄ちゃんの連れの
「そ、そんなことは! あ、いや、気のせいでは……」
「いんや、確か昔……死んだ旦那と帝都に行った時に見たような」
「気のせいです! 帝都だなんて行ったこともない。彼女は――」
だが、表情のわかりやすい女将はパッと笑って両手を叩いた。
絶え間なく、戦争という名の
流石に嘘はもうつけないと思ったその時、操の鼓動が跳ね上がる。
「そうそう、レヴィール様! 祖銀の魔女よ! 確かそうだわ」
「そ、それは……あの、実は!」
「帝都で昔、
「は、はは……そ、そうですか。に、似てますか……うん、似てますよね! そうなんですよ、はははは!」
その後も少し世間話をしながら、慎重に操は情報収集を試みる。わかったのは、ここが国境のネグリ村という小さな集落で、歩けば数
これから操は、レヴィールと二人の逃避行だ。
国境越えも考えなければいけないし、行く先々ではまとまった金も必要だ。
なにより、怪しまれぬ身分へと自分を偽りつつ、レヴィールを守らなければいけない。
女将と挨拶をして部屋に戻り、後ろ手にドアを閉める。
「ふぅ……とりあえず助かった。……あれ? レヴィールさん? 暗いな、部屋の明かりを――」
自然と癖で、ドアの横へと手を伸ばす。
現実の日本に住んでたころは、探せばそこに電灯のスイッチがあった。そして、帝都の王宮でも
魔力を持つ純潔の女性を使った、巨大なインフラ……魔力発電。
複数の女性が交互に長時間供給する魔力を、ほんの一瞬で、しかもさして苦労もなく満たしてしまうのがレヴィールだ。この世界で最強、至高の魔法処女……その強過ぎる力が、アルシェレイド帝国に繁栄と平和をもたらす一方で、多くの国を戦火で
操の手がスイッチに触れた、その時だった。
か細い声が部屋の奥から静かに鼓膜を
「明かりを
「あ、すみません。着替え、まだでしたか?」
「……お主の気持ちに、ワシも応えたいのだ。だから――」
その時、夜空をたゆたう雲が晴れた。
銀色の月が光で照らす闇に、美の結晶が立っている。
浮かぶ満月よりも透き通る銀色の髪に、真っ白な肌。優美な起伏がたわわに曲線美を彩る中、神々の削り出した芸術品のような裸体が立っていた。
胸を手で隠しつつ、隠しきれぬ膨らみ胸を両腕の間で圧縮するようにして、レヴィールが立っていた。もう片方の手は、股間の細やかな茂みを覆っている。
「レ、レヴィールさん!? ……裸の方が、落ち着くとか?」
「ば、馬鹿者っ! ……なんじゃ、ワシの裸など見飽きたというのか?」
「いえ、そんなことは。それよりなにか着て下さい、
「……風邪など引かぬ」
「えっ、レヴィールさん。馬鹿は風邪引かないっていう、あれですか? へー、こっちにもあるんだ、その言葉」
「ワシはそこまで馬鹿ではないわ! ……
もじもじと頬を赤らめつつ、月光の中でレヴィールは要領を得ない。
テーブルへとバスケットを置いて、操は周囲になにか
思わず呼吸が止まりそうになる。
実際に止まったのは、二人の時間だった。
「操、感謝を。ワシは操とミレーニャのお陰で、こうして自由を得た。それが今は、こういう形でしか喜びを表現できぬ」
「……これから逃げ回る毎日ですよ? 王宮暮らしとも
「だが、己の脚で歩いて進める道じゃ。お主も共に隣を歩いてくれるのであろ?」
「当然ですっ!」
「なら……血の足跡を刻んでさえ、ワシは幸せじゃ」
そっと腰に両手を回して、レヴィールが背中に抱き付いてくる。
自分の上で、豊満に過ぎる形良い双丘がたわんで潰れる。その感触が、服の上からでもはっきりと操には伝わった。
うなじを
レヴィールの手を取り振り返ると、操は改めて彼女を抱き締めた。
「レヴィールさん。ミレーニャさんのためにも……なにより貴女自身のためにも! 幸せになってください!」
「……うん。うん、うん、うんっ! ワシはもう幸せじゃ」
「僕が必ずレヴィールさんを守ります、そして……」
「うむ、そして? そしてではないな、操……こうして、じゃろ?」
操より少し背の高いレヴィールが、そっと瞳を閉じた。
だが、操は精一杯背伸びして……
意表をつかれたようで、レヴィールは身を強張らせたが……甘えるように操を抱き返してくれる。そんな彼女に、操は慎重に言葉を選んだ。
彼女を守ると誓った、彼女と始めたいと思ったのだ。
自分が本当に想いを交わして、童貞を捧げる恋をしたい。
清く正しい男女交際の後に、結婚して幸せな家庭を作りたいのだ。
「のう、操……ワシはもう決めておるぞ? 今夜は寝かせぬ」
「あのですね、レヴィールさん。その」
「これ以上ワシから言わす気か? さ、奪うがよい。ワシに
「……レヴィールさんは物じゃないですよ。全ての女性は誰の所有物でもなく、その人個人のみが好きにできるんです。それを自由と言うと、僕は……思う、けど、も」
立派なことを言ってはいるが、操は少し自信がない。
ほのかに甘やかな匂いが香ってくる、レヴィールはまるでもぎたての果実だ。そして、柔らかく温かい肢体の魅力に、健康優良児な操の身体は敏感に反応している。
ズボンの下で熱く硬くなる欲望の
「レヴィールさん。貴女の自由のため、貴女の幸せのために……僕は貴女と戦います。避けられる戦いは避け、避けられぬ戦いからは逃げません。ずっと隣にいます」
「操……嬉しい。ならば、はよう
「でも、レヴィールさん。これから清いお付き合いをして、互いの気持ちを確かめてこそ……正当な手順を踏んでこそ、真の恋は愛となって実ると思うんです! だから!」
「……だ・か・ら?」
不意にレヴィールの声が不機嫌そうに
だが、操はそんな女心の機微に
「レヴィールさん、僕と恋を始めましょう!」
「……そこからか? まあよい、それで?」
「先ずは明日から、交換日記を始めたいと思います! それはもう、90年台のジブリアニメに出てくる男女のように
突然、股間を膝蹴りで貫かれた。
それで操は、前屈みにレヴィールの裸体を滑り落ちる。
レヴィールは大きな溜息を零すと、そのままどっかとソファに座った。色々と丸見えだったが、操はそれどころではない。息が詰まるほどの熱い痛みに、ようやく立ち上がってジャンプしながら振り返る。
「なんじゃ、操……ワシ、がっかりじゃ! はようワシを
「それは、無理ですよ……だって、先日会ったばかりで……まだ、デートも、手を繋ぐことも……キスだって」
「ワシの裸を何度も見たじゃろ! ……さっき、抱き締めてくれたじゃろうが」
「レヴィールさんが、
「知っておる! だから腹が立つのじゃ!」
バスケットからパンを取り出し、それを二つに割ってレヴィールは食べ始めた。もぎゅもぎゅと頬張りながらワインのボトルも出して、安物らしいそれに眉を
代わりにレヴィールは、千切ったパンの片方を渡してくる。
「食え、操。……ふふ、まあよい。細やかな祝杯をあげようぞ? グラスは……おう、あるある。お主も付き合え」
「いや、僕は未成年で」
「こんなもの、水と同じじゃ。さ、乾杯じゃ。そうじゃのう……お主の勇気と愚直さに乾杯といったところかの。悪くない……ワシとしては悪くはないぞ! 操!」
「は、はあ……とりあえず、明日からも
月明かりだけが二人の乾杯を見守り、交わしたグラスとグラスが小さくなる。操は帝都に残ったミレーニャが気がかりだったが、それは自分よりもレヴィールの方が気になっているはずだ。だから今は、なにも言わず彼女の自由への一歩を祝うことにしたのだった。
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