第11話「自由への一歩」

 僅かな時間で勲操イサオシミサオは、アルシェレイド帝国の辺境まで飛んだ。全て、自分と一つになったレヴィール・ファルトゥリムの力だ。流石さすがの彼女も疲れたのか、国境の小さな村に降りるなり操の身体から抜け出る。

 融合ユニゾンを解いたレヴィールは、酷く疲れた様子でそのまま倒れ込んだ。

 裸の彼女を抱き上げ、操は苦労して宿にありついたのだった。

 今は部屋の前で、親切な女将に苦しい言い訳をしている。


「ど、どうも……助かりました、女将おかみさん。なにしろ……そう、野盗に! 盗賊に連れが身ぐるみをがされまして」

「まあまあ、大変だったねえ。とにかく今夜はゆっくりするんだよぉ」

「すみません、お世話になります……本当にごめんなさい」

「いいのいいの! 若い子がそんなに恐縮しないっ!」


 ガハハと恰幅かっぷくの良い身体を揺すって、女将は笑いながら食事の入ったバスケットを渡してくれる。ワインとパン、チーズと燻製くんせいが少し入っている。それを受け取りつつ、心の中で操はもう一度だけ謝罪した。

 口からでまかせで嘘をいている。

 それも、こんなに親切な女性に。

 普段なら耐えられない悪行に感じたが、それでも守りたいものが今の操にはあった。どうにか逃げおおせたが、あれからレヴィールは口数も少なく焦燥しょうそうした様子だ。あんなことがあったあととはいえ、心配である。


「そういえば、お兄ちゃんの連れの……どーっかで見たことがあるんだよねぇ……」

「そ、そんなことは! あ、いや、気のせいでは……」

「いんや、確か昔……死んだ旦那と帝都に行った時に見たような」

「気のせいです! 帝都だなんて行ったこともない。彼女は――」


 だが、表情のわかりやすい女将はパッと笑って両手を叩いた。

 祖銀しろがねの魔女、レヴィール・ファルトゥリム……シリアル・オーナインと呼ばれし、伝説の魔法処女ウォーメイデン。六百年以上も生きる、最強にして始原はじまりの力を持つ少女。世界は彼女によって切り取られ、彼女を目指して造られた魔法処女たちに作り直されている。

 絶え間なく、戦争という名の遊戯ゲームで変わり続けているのだ。

 流石に嘘はもうつけないと思ったその時、操の鼓動が跳ね上がる。


「そうそう、レヴィール様! 祖銀の魔女よ! 確かそうだわ」

「そ、それは……あの、実は!」

「帝都で昔、歌劇オペラを見たのよぉ? ふふ、素敵な夜だったわあ。演目はあの有名な『祖銀の魔女』で……そうよ、あの時のタイトルロールを演じた女優にそっくりだわ」

「は、はは……そ、そうですか。に、似てますか……うん、似てますよね! そうなんですよ、はははは!」


 きもが冷えるとはこのことだ。

 その後も少し世間話をしながら、慎重に操は情報収集を試みる。わかったのは、ここが国境のネグリ村という小さな集落で、歩けば数kmキロで隣国のアルマス騎士団領だ。関所せきしょがあるが、今は違いの国境警備隊がにらみ合う緊張状態だという。

 これから操は、レヴィールと二人の逃避行だ。

 国境越えも考えなければいけないし、行く先々ではまとまった金も必要だ。

 なにより、怪しまれぬ身分へと自分を偽りつつ、レヴィールを守らなければいけない。

 女将と挨拶をして部屋に戻り、後ろ手にドアを閉める。


「ふぅ……とりあえず助かった。……あれ? レヴィールさん? 暗いな、部屋の明かりを――」


 自然と癖で、ドアの横へと手を伸ばす。

 現実の日本に住んでたころは、探せばそこに電灯のスイッチがあった。そして、帝都の王宮でも魔力発電まりょくはつでんによる照明器具は充実していて、この片田舎かたいなかでも同じらしい。

 魔力を持つ純潔の女性を使った、巨大なインフラ……魔力発電。

 複数の女性が交互に長時間供給する魔力を、ほんの一瞬で、しかもさして苦労もなく満たしてしまうのがレヴィールだ。この世界で最強、至高の魔法処女……その強過ぎる力が、アルシェレイド帝国に繁栄と平和をもたらす一方で、多くの国を戦火でいている。

 操の手がスイッチに触れた、その時だった。

 か細い声が部屋の奥から静かに鼓膜をでる。


「明かりをけるでない……操」

「あ、すみません。着替え、まだでしたか?」

「……お主の気持ちに、ワシも応えたいのだ。だから――」


 その時、夜空をたゆたう雲が晴れた。

 銀色の月が光で照らす闇に、美の結晶が立っている。

 浮かぶ満月よりも透き通る銀色の髪に、真っ白な肌。優美な起伏がたわわに曲線美を彩る中、神々の削り出した芸術品のような裸体が立っていた。

 胸を手で隠しつつ、隠しきれぬ膨らみ胸を両腕の間で圧縮するようにして、レヴィールが立っていた。もう片方の手は、股間の細やかな茂みを覆っている。


「レ、レヴィールさん!? ……裸の方が、落ち着くとか?」

「ば、馬鹿者っ! ……なんじゃ、ワシの裸など見飽きたというのか?」

「いえ、そんなことは。それよりなにか着て下さい、風邪かぜ引きますから。それと、ご飯を分けてもらいましたので、食事にしましょう」

「……風邪など引かぬ」

「えっ、レヴィールさん。馬鹿は風邪引かないっていう、あれですか? へー、こっちにもあるんだ、その言葉」

「ワシはそこまで馬鹿ではないわ! ……おろかなのは認めるがの」


 もじもじと頬を赤らめつつ、月光の中でレヴィールは要領を得ない。

 テーブルへとバスケットを置いて、操は周囲になにか羽織はおるものを探した。丁度、女将がレヴィールの着替えにと貸してくれた服がある。それをソファの上から取ろうとして振り返った瞬間……背中に柔らかな体温が密着してきた。

 思わず呼吸が止まりそうになる。

 実際に止まったのは、二人の時間だった。


「操、感謝を。ワシは操とミレーニャのお陰で、こうして自由を得た。それが今は、こういう形でしか喜びを表現できぬ」

「……これから逃げ回る毎日ですよ? 王宮暮らしとも封印凍結ふういんとうけつとも違って、いばらの道です」

「だが、己の脚で歩いて進める道じゃ。お主も共に隣を歩いてくれるのであろ?」

「当然ですっ!」

「なら……血の足跡を刻んでさえ、ワシは幸せじゃ」


 そっと腰に両手を回して、レヴィールが背中に抱き付いてくる。

 自分の上で、豊満に過ぎる形良い双丘がたわんで潰れる。その感触が、服の上からでもはっきりと操には伝わった。

 うなじをめるようにこぼれる吐息といきが、彼女の想いを言葉に乗せてくる。

 レヴィールの手を取り振り返ると、操は改めて彼女を抱き締めた。


「レヴィールさん。ミレーニャさんのためにも……なにより貴女自身のためにも! 幸せになってください!」

「……うん。うん、うん、うんっ! ワシはもう幸せじゃ」

「僕が必ずレヴィールさんを守ります、そして……」

「うむ、そして? そしてではないな、操……こうして、じゃろ?」


 操より少し背の高いレヴィールが、そっと瞳を閉じた。

 薔薇色ばらいろの柔らかな唇が、目の前に迫る。

 だが、操は精一杯背伸びして……豪奢ごうしゃな銀髪の頭を胸に抱き締めた。

 意表をつかれたようで、レヴィールは身を強張らせたが……甘えるように操を抱き返してくれる。そんな彼女に、操は慎重に言葉を選んだ。

 彼女を守ると誓った、彼女と始めたいと思ったのだ。

 自分が本当に想いを交わして、童貞を捧げる恋をしたい。

 清く正しい男女交際の後に、結婚して幸せな家庭を作りたいのだ。


「のう、操……ワシはもう決めておるぞ? 今夜は寝かせぬ」

「あのですね、レヴィールさん。その」

「これ以上ワシから言わす気か? さ、奪うがよい。ワシにおぼれ甘えて……あ、いや、違う! ……こんな言い方では駄目じゃな。操、すまぬ……不遜ふそんに過ぎた。ワシを……女にして欲しい。お前の女にして欲しいのじゃ」

「……レヴィールさんは物じゃないですよ。全ての女性は誰の所有物でもなく、その人個人のみが好きにできるんです。それを自由と言うと、僕は……思う、けど、も」


 立派なことを言ってはいるが、操は少し自信がない。

 ほのかに甘やかな匂いが香ってくる、レヴィールはまるでもぎたての果実だ。そして、柔らかく温かい肢体の魅力に、健康優良児な操の身体は敏感に反応している。

 ズボンの下で熱く硬くなる欲望の権化ごんげを、どうにか気取られぬよう操は言葉を続けた。


「レヴィールさん。貴女の自由のため、貴女の幸せのために……僕は貴女と戦います。避けられる戦いは避け、避けられぬ戦いからは逃げません。ずっと隣にいます」

「操……嬉しい。ならば、はようちぎりを……ワシももう、切なくてかなわぬ」

「でも、レヴィールさん。これから清いお付き合いをして、互いの気持ちを確かめてこそ……正当な手順を踏んでこそ、真の恋は愛となって実ると思うんです! だから!」

「……だ・か・ら?」


 不意にレヴィールの声が不機嫌そうにとがった。

 だが、操はそんな女心の機微にうといまま喋り続ける。


「レヴィールさん、僕と恋を始めましょう!」

「……そこからか? まあよい、それで?」

「先ずは明日から、! それはもう、90年台のジブリアニメに出てくる男女のように初々ういういしくも清々すがすがしい恋をしましょう。頑張りましょうね、レヴィールさん――んぎゃっ!?」


 突然、股間を膝蹴りで貫かれた。

 それで操は、前屈みにレヴィールの裸体を滑り落ちる。

 レヴィールは大きな溜息を零すと、そのままどっかとソファに座った。色々と丸見えだったが、操はそれどころではない。息が詰まるほどの熱い痛みに、ようやく立ち上がってジャンプしながら振り返る。


「なんじゃ、操……ワシ、がっかりじゃ! はようワシを傷物きずものにいたせ!」

「それは、無理ですよ……だって、先日会ったばかりで……まだ、デートも、手を繋ぐことも……キスだって」

「ワシの裸を何度も見たじゃろ! ……さっき、抱き締めてくれたじゃろうが」

「レヴィールさんが、裸族らぞく過ぎるんです……で、でも、僕は真面目、ですよ?」

「知っておる! だから腹が立つのじゃ!」


 バスケットからパンを取り出し、それを二つに割ってレヴィールは食べ始めた。もぎゅもぎゅと頬張りながらワインのボトルも出して、安物らしいそれに眉をひそめつつコルクを抜こうとする。どうにかよたよたとレヴィールの向かいに座ると、目をそらしつつ操はそっとコルク抜きを渡してやった。

 代わりにレヴィールは、千切ったパンの片方を渡してくる。


「食え、操。……ふふ、まあよい。細やかな祝杯をあげようぞ? グラスは……おう、あるある。お主も付き合え」

「いや、僕は未成年で」

「こんなもの、水と同じじゃ。さ、乾杯じゃ。そうじゃのう……お主の勇気と愚直さに乾杯といったところかの。悪くない……ワシとしては悪くはないぞ! 操!」

「は、はあ……とりあえず、明日からもよろしくお願いします」


 月明かりだけが二人の乾杯を見守り、交わしたグラスとグラスが小さくなる。操は帝都に残ったミレーニャが気がかりだったが、それは自分よりもレヴィールの方が気になっているはずだ。だから今は、なにも言わず彼女の自由への一歩を祝うことにしたのだった。

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