第27話「祖銀の魔女と呼ばれた魔法処女」

 ミサオは目を見張った。

 ベリアルを重魂エンゲージャーに招いたユイが、その全身から吹き出す蒼炎そうえんを揺らめかせる。

 その深いあおの色に、あかの色が入り交じる。


「消え失せろっ、まわしきわたしの幻影げんえい……今、お母さんを超えてわたしはオリジナル、本当にわたしに、なるっ!」


 ユイから迸る烈火れっかが、紫色へと変貌へんぼうしてゆく。

 その瞬間、操は自分の中でミレーニャが叫ぶ声を聴いた。

 長い詠唱えいしょうを必要とする、神代禁術エイシェントドーンとは違う……だが、同等の魔力が周囲の空気を沸騰ふっとうさせていた。ユイは炎の色と同時に、己の持つ力の限界までも変えてしまったのだ。

 そして、ユイの両手から光がほとばしる。

 燃え盛る紫炎しえんは荒れ狂って、咄嗟とっさに魔法の結界を張る操を包み込む。

 その時、目の前で身体を開いて受け止める影が消し飛んだ。


「レヴィールッ!」

『レヴィール様っ!』


 操とミレーニャ、二人の声が連なり叫ばれる。

 閃光と爆炎に飲み込まれてゆく世界が、二人の視界を真っ白に染めた。

 そして……ようやく視覚が戻ってきた時、目の前に無残な姿が浮いていた。

 恐るべき業火を全て受け止め、レヴィールはそれでもまだ浮いていた。その全身をむしばむように、紫色の炎が燃え盛る。その熱が、レヴィールの白い肌と銀髪を飲み込もうとしていた。

 見下ろす天空のユイが、面白そうに顔を歪める。


流石さすがですね、お母さん! この技……極限まで己を高めることによって、火属性のわたしだけが使える奥義! そう、陰陽いんようの別なく、対となる象素マナを持たぬ炎……だが、その破壊の力はどこまでも高めてゆけるっ!」


 魔法処女ウォーメイデンがそれぞれに持つ、地水火風の属性……象素。

 その力は、全てが陽理ようり陰理いんり、表裏を保っている。

 

 風は雷を呼び、水は氷を結んで、地は樹を育む。

 だが、火は炎、単純な破壊の力でしかないのだ。

 しかし、ユイはその自分が持つ属性を極限まで高めた……顕現けんげんする炎が変色するまでに、爆発的な魔力を注いで制御しているのだった。


「この技にはまだ、名前がありません……そして、見せるのはお母さんが初めてです。かつてお母さんが従えた、ベリアルの力……それを使いこなす、わたしの力! 究極の技!」


 今にも落ちそうなレヴィールを、すぐに操は近付いて支えた。

 抱き寄せた全身が熱い。

 そしてもう、レヴィールの呼吸も鼓動も小さく細くなってゆく。

 だが、その時……操は、見た。

 レヴィールは絶体絶命の中で、笑っていた。

 のどを鳴らすように笑い、そのまま身を震わせ……最後には、天を仰いで大笑いし始めたのだ。

 見上げる帝國ていこくの民も、もはや別次元の戦いゆえに介入できぬ魔法処女達も、唖然あぜんとする。まるで狂ったのか、それとも心が折れて破けたか。

 だが、レヴィールは正気、そして冷静だった。


「これは……やるではないか、ユイッ! おぬし、確かにワシを超えてゆけような……今のこの、ただのワシ、祖銀しろがねの魔女レヴィール・ファルトゥリムならば!」

「なっ……負け惜しみを! お母さん、往生際おうじょうぎわが悪いですよ!」

「なに、素直に感心しておる。よくぞそこまで己を高めた。並大抵の努力ではあるまい? それに、ベリアルもまたお主の力を認め、ワシの重魂だった頃と同等の力を絞り出しておる。じゃが」

「お母さんっ! 減らず口を……今すぐトドメッ! 焼き尽くして上げますっ!」


 再びユイの周囲に紫の獄炎インフェルノが集う。

 だが、レヴィールは腰を抱く操と、その中のミレーニャを一度だけ振り返った。

 そして、操は彼女のささやきに耳を疑う。

 真っ先に声を発したのは、ミレーニャだった。


『そんな……レヴィール様、前例がありません!』

「そうじゃ、しかしのう。操という重魂がすでに、前例無き存在……ゆえに、ミレーニャ。ワシと操に賭けてくれぬか。同じ男を愛した魔法処女同士……そこにもう、魔力や技量の差など関係なかろう」

『……わかりました、レヴィール様。でも、ユイ様のあの尋常ならざる炎』

「なに、あれはな……ふふ、ふははははっ! 思い出してもまだ、笑いが止まらぬぞ!」


 そして、レヴィールは操の手を握る。

 驚いたが、内なるミレーニャの声に従い、操はその手を握り返した。

 今、三人の心が一つになった気がした。

 絶体絶命のピンチが、なにも怖くない。

 少女の身体になった操の中で、レヴィールの言葉がしっかりと燃えていた。

 そして、レヴィール自身は愉快そうにユイを指差す。


「ユイ……先程言うたな? その技に名前がないと」

「ええ! これは、これだけは! わたしのオリジナルの魔法……対となる陰陽を持たぬ、火属性の魔法処女だからこそ使える、切り札!」

「それをお主は、自分一人で……たったひとりで身につけたというのか」

「わたしには誰もいなかった! 全部、全部っ、お母さんが持っていたから! 持って行っちゃったから! わたしは……わたしは、貴女あなたという太陽が生んだ影! だから――」


 だが、レヴィールの言葉がユイを黙らせる。

 激昂げきこうたけっていたユイは、絶句した。


「な、なにを……今、なんと?」

「じゃから、二度も言わすでない。……。 なにせ、

「……そ、そんな! 嘘だ! ベリアルはそんなこと一度も。お母さん、貴女だって一度もそんな力を見せなかった! どんな大きな戦争でも、一度も!」

「そう、故に切り札……ユイ、聞くがよい! そして知れっ! 魔法処女が命をして戦う時、切り札を切った瞬間に……もう、それは負けも同じぞ。切り札は使わぬからこそ、切り札!」


 そっとレヴィールは、操の手を自分の胸へと運ぶ。

 鼓動を直接鷲掴わしづかみにするような、そんな熱が操の手の中にあった。

 そして、レヴィールは先程言った通り……前例のない行動に出た。


「覚悟せよ……そして、教えてやろうぞ! その技……火属性の象素だけが持つ、超越焔エクシーデットフレイムの力を!」


 ――超越焔。

 それは、火属性の魔法処女、その中でも限られた高レベルの者だけが到達する境地。

 全てを超越ちょうえつした炎は、既に弱点である水や氷の象素すら寄せ付けない。

 相手の属性を無視し、星々がぜる宇宙開闢かいびゃくにも匹敵する力を得るのだ。

 そして、それを既にレヴィールは体得していたのである。その上で、彼女は一度も使わなかった。長らく戦いを共にしたベリアルでさえ、知らなかった技……それが、超越焔である。

 そして、レヴィールは全てを操に預けて叫ぶ。

 前代未聞の戦いが始まろうとしていた。


「教育してやろう、ユイ……なにゆえワシが、祖銀の魔女と呼ばれておるかを!」

「くっ! なにを……なっ、なんだ!? ベリアル、お母さんはなにを――」


 ユイの悲鳴にも似た絶叫が遠ざかる。

 今……操は

 一人の重魂に、複数の魔法処女……それは本来、想定されていない融合ユニゾンである。魔法処女は今まで、己が召喚した重魂しか用いなかった。そして、それは敗者を犯すことで元の世界へと帰ってゆく。勝者でありつづけることでしか、魔法処女の力は存続できないが……敗者が生まれる限り、重魂はあるべき世界へ帰ってしまうのだ。

 だが、操は違う。

 魔法処女のことわり、この世界の過酷な摂理せつりへと今、彼は戦いを始める。

 自分の中にレヴィールとミレーニャを感じて、その全身から白銀しろがね轟炎ごうえんが燃え上がった。それはまたたく間に、ユイのくゆらす紫炎をも飲み込む勢いで狂い咲く。


「ユイさん、終わりにしましょう……もう、戦う必要なんてないです! 僕の中で、レヴィールもミレーニャさんも言ってます。やめましょう!」

「寝言をっ! ベリアル、もっとだ……わたしの蒼に、貴様の紅をもっと!」

「……やるしかないのか、ならっ!」


 操は以前から不思議だった。

 ユイ達通常の魔法処女は、重魂を得ることで融合し、召喚した強者の力や身体的特徴をその身に招く。魔力の最大値は跳ね上がり、シングル・ナンバーズともなれば一瞬で国を焼いて地図から消し去る程だ。

 だが、何故なぜ自分は、誰と融合しても身体のイニシアチブを得ているのか。

 操と融合した魔法処女達は皆、彼を美しき破壊の戦乙女ワルキューレへと変えて、心の中から支えてくれる。その理由が今、やっとわかった気がした。

 使役されるために呼び出されたのではない……レヴィールが負けるために召喚した、。だからこそ、そんな操の意思を認めてくれる者が融合すれば、魔法処女と重魂の立場はひっくり返るのだ。


「幕を引きましょう、お母さんっ! これから貴女を倒して、超越焔の力をわたしだけのものにしますっ!」

「なら、こっちは、えっと……え? なんです、レヴィール。これは……これが、重融合ツインユニゾン!? 今、名付けた!? そ、それなら、重融合がもたらす超越焔の力で! ユイさん、貴女を止めますッ!」


 この場のあらゆる者達が感じた。

 次の一撃が決着を告げると。

 そして、その瞬間にこの帝都は、ともすれば一瞬で蒸発するだろう。

 もはや逃げることもかなわず、どんな結界を張っても助からない。

 何故なら……高レベルの魔法処女が、雌雄しゆうを決するための魔法は一つしかないから。


「いきますっ、レヴィール! ミレーニャさん! 力を貸してください……この超越焔に溢れる魔力の全てで、神代禁術でケリを付けるっ!」

「同じことを考えているようだな……そうか、今わかった。やはり、お母さんは……いつも、いつもいつもっ! わたしにないものばかり持って、そしてわたしの前をゆくっ!」


 二人は高度を上げて、蒼穹そうきゅうへと舞い上がる。

 今、頭の中でレヴィールとミレーニャが歌っていた。

 既にもう、呪文の詠唱は始まっている。ユイの声も低く響いて、周囲の空気は充満した魔力で震え始めた。徐々に空は曇り、世界中の満ちる象素が呼応してゆく。

 操は二人の魔法処女に支えられて、主旋律を高らかと歌い始めた。

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