第28話「炎よ燃えろ、天を焦がせ」

 勲操イサオシミサオの中に今、レヴィールとミレーニャ、二人の魔法処女ウォーメイデンが歌っている。

 割れ響く声が、互いの旋律を支え合って螺旋を描く。

 二人の重なり合う声が今、操にとっては広げた翼だ。

 空高く舞い上がる中、周囲が雲に覆われてゆく。これだけ高度を取れば、危険な神代禁術エンシェント・ドーンを使用しても被害は少ないだろう。そして、雲海へと突き抜けた操のさらに上へと、紫炎に燃える妖星が浮かぶ。

 激昂げきこうに叫ぶユイは、爆発寸前の超新星にも似た光を放っていた。


「お母さんっ! 貴女あなたは倒します! 今っ、ここで! わたしが!」


 もはや言葉は不要だった。

 操にもそれが、痛い程にわかる。

 常に母親の背だけを見て、ユイは使われてきた。その力は、オリジナルたるレヴィール・ファルトゥリムのコピー。同じ炎を属性として持ち、陰陽の存在しない絶対の破壊神として生み出されたのだ。

 そして今、かつてレヴィールが使役したベリアルと融合ユニゾンし、超越焔エクシーデットフレムの力を使いこなしている。彼女はもう、レヴィールのコピーなどではない……自らの手で、欲した全てを手に入れたのだ。

 だが、それが全てオリジナルである母を超えるためとは、操には悲しくてむなしい。


「ユイさんっ! 決着を付けましょう……それでも! 僕は貴女を殺さないッ!」

「お前とは話をしていないっ! お母さん、何故なぜ重魂エンゲージャーなんかに身体を! しかも、二人の魔法処女が同時にだなんて!」


 天空の決闘が始まる。

 そして、一瞬で終わるだろう。

 何故なら、それほどまでに両者が手にした力は大き過ぎるから。

 互いが放つ、最後の魔法……その果には、どちらか一人しか生き残れない。

 即ち、弱い方が消滅するのだ。


「けどっ、それは僕の望みじゃない! 僕はあらゆる魔法処女を救ってみせる……レヴィールッ! ミレーニャさん! 僕に、力をっ!」


 可憐な少女の肉体へと変貌した操の、長くたなびく髪が逆立つ。

 同時に、全身から溢れ出る銀色の炎が燃えたぎった。

 心の中に、うなずく気配が二つある。

 確かに今、二人の力が操の中で凝縮されつつあった。


「幕を引きましょう、お母さん! 貴女におおよそ相応ふさわしくない、その重魂……完全に焼き尽くします!」


 刹那、両者は同時に神代禁術の詠唱に入った。

 はるか太古の昔に生み出された、禁忌きんきの力……己に宿る属性、象素を極限まで高める禁断の魔法である。その力はかつて、星々の海に浮かぶ月さえ砕いたと言われているのだ。

 互いの声が空に満ちて、蒼穹そうきゅうを渡る風が震え出す。

 ぶつかり合う詠唱と詠唱の中で、唱圧の強い方が先手を取るだろう。

 操は全身を広げて両手を天へとかざし、高らかに歌う。

 ユイもまた、半魔の己を引き裂き吐き出すように高速詠唱を続けていた。


『ミレーニャ、ここが命の賭け所ぞ! 全ての力を操へ!』

『はいっ、レヴィール様!』


 全身の血液が沸騰するような、高揚感。

 すでに操は、まばゆく輝くの白銀のほむらに包まれていた。

 そして、ユイもまた己から生じる紫炎に飲み込まれようとしている。


「いきます、お母さんっ! ――この世、創造はじまりし時! 生命いのち実る神樹しんじゅ仰ぎて!」


 操は驚き、一瞬詠唱が遅れた。

 だが、すぐに自分の中のレヴィールがフォローしてくれる。

 

 奇しくも同じ炎の魔法処女同士、二人は全く同一の神代禁術を選んでいたのだ。

 陰陽の別もなく、ただただ破壊の力でしかない炎の象素マナ……その力は今、超越焔と呼ばれる極限の域まで高められている。そして、その究極の魔力で二人は同じ魔法を放つのだ。


『操さんっ! ユイさんの声に被られないでくださいっ。わたしの、わたし達の声を!』

『ミレーニャの言う通りじゃ……双方、絶対の究極呪文を選べば、答は一つに帰結するが道理。同一の呪文ならば、先に完成させた方が勝つ!』

「わかった! ユイさんの詠唱には負けない……戦わない! むしろ、その旋律に乗って、流れ交わる!」


 ユイは驚きに片眉かたまゆを跳ね上げた。

 離れて呪文を構築中の操にも、その表情の機微がはっきりと読み取れた。

 向こうも今、操達が同じ呪文を選んだことに驚いている。

 そして、理解不能な操の選択に混乱していた。

 そう、奥の手である神代禁術は、先に発動させた方が圧倒的に有利だ。だからこそ、対決する魔法処女同士は唱圧を高めて、相手の歌う旋律を奪おうとする。

 だが、操の声はユイの詠唱にぶつかることなく、寄り添い高め合う。


 天龍のえる遥けき残響、並びて聞いた同胞はらからの絶えた血。

 失くせしもの全てを、愛せしもの全てを。

 おお手に抱きて、しかして彷徨さまよえ……天獄てんごくとき


「一万年と二千年を経てなお!」

「愛を歌う!」

「八千年とて刹那の閃き!」

「恋しく焦がれる!」


 つむがれし呪文の反応が、周囲へ無数の光を広げてゆく。

 操が声を重ねて同調させることで、ユイの詠唱がすべやかに加速していった。そして、それに引かれる形で操の術式も組み上がってゆく。


「――ッ、愚かな! こんなものは魔法処女の戦いではないっ! 相手の詠唱を支えて寄り添うなど!」

「ユイさんっ! 魔法処女に相応しい戦いなんてない! 女の子はあ! 乙女はあ! 戦いの道具になんか、しちゃいけないんですよっ!」


 同時に二人の魔法が顕現けんげんする。

 発動するは、究極の炎属性魔法。その熱量は宇宙開闢ビッグバンの光すらも燃やして焦がす。

 絶叫とともに両手を突き出すユイに向かって、操もまた同じ力を解放した。


創聖アークッ!」

星海エーヴィッ!」


「「皇焔獄オーンッッッッッッッッッ!」」


 ――創聖星海皇焔獄アークエヴィオン

 炎属性最強の神代禁術で、最も古いとされている呪文の一つだ。

 星さえ砕く力と力とが、真正面からぶつかり合う。

 紫色に燃え盛り、白銀に煮え滾る。

 互いの炎が押し合う中で、操は歯を食いしばって力を放出し続けた。


「ぐうううううっ、っ! はあ! ベリアル、もっとだ! もっと!」

「そうだっ! ユイさん、全部を! くすぶる全てを……吐き出せええええええええっ!」


 激突する炎と炎。

 互いの焔は光となりて、触れる全てを燃やし尽くしてゆく。

 炎が炎を喰い合う中で、空気さえも急激に蒸発し始めた。乱気流の中心へと操は、あらん限りの力を振り絞る。

 既に互いの魔法がぶつかる接点は、燃え盛る恒星の内部よりも高密度だ。

 だが、操にはもう勝機が見えていた。

 それは、ユイを倒すことではない。

 魔法処女を全て救うという、この異世界の摂理せつりへの叛逆はんぎゃく……その一歩。


「今だっ! レヴィール!」

『わかっておる! これが……重融合ツインユニゾンの真の力! これこそが、いまだ名もなき新しき力ぞ!』


 膨大な魔力を放出しながら、操は歌った。

 内なるレヴィールにいざなわれ、導かれるように呪文を詠唱する。

 その声に、炎そのものとなって歯を食いしばるユイが目を見開く。


「なっ……! そんな馬鹿な! ありえないっ!」

「そう、今まではありえない……これからは、知らない! わからない! でもっ、そうあれと望んで手を伸ばせば、必ず届く! 僕は二人と、みんなと……魔法処女が泣かなくていい世界を、作るっ!」


 操は究極の神炎魔法、創聖星海皇焔獄を放ったまま……もう一度呪文を詠唱する。

 

 同時に、風の属性を持つミレーニャの象素が疾走はしる。

 操は創聖星海皇焔獄の重ねがけと同時に、風を飛ばしてユイを包んだ。

 そして、あとから追加でエネルギーを注がれた魔法の激突は、さらなる力の奔流ほんりゅうに飲み込まれて対消滅する。

 操は神代禁術同士がぶつかり交わる、その空間自体を吹き飛ばしたのだ。


「くっ、ベリアルが……わたしの中から引き剥がされるっ!」


 宙を舞うユイにはもう、渦巻く風から逃れる術などない。

 その全身から炎が消え去り、ベリアルとの融合がほどけていった。

 そして、操は自分の中にレヴィールの感慨深い言葉を聴く。


『ベリアル、御苦労……ワシの娘が世話をかけたな。さらばじゃ、かつての我が重魂よ』


 ユイは悔しげに唇を噛みながら、こちらをにらんでくる。

 先程まで、互いの生命を狙って戦っていたのだ。

 操が救いたい全ての魔法処女の中に、彼女も勿論もちろん入っている。だが、今すぐは難しそうだ。そして、どれだけ憎まれようとも、救い続ける。

 それで救われるなら、誰にどう思われても構わない。


「レヴィール、ミレーニャさん……王宮に行きます。もう一度、女皇帝に、キルシュレイラさんに会って話さなきゃ!」


 呆然ぼうぜんと漂うユイへのトドメは、必要ない。

 彼女は既に無力化されている。

 そして、彼女が戦わなくてもいい世界が操達の目的なのだ。

 今、異世界アスティリアの真理がきしみ出した。

 後の世に童貞王と呼ばれる、たった一人の少年によって。

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