第29話「童貞の誓いを胸に」
異世界アスティリアでも有数の軍事大国、アルシェレイド帝国。
その王宮を今、
足元が揺れてる気がして、視界がぼやける。
だが、左右から二人の少女が支えてくれた。
「しっかりするのじゃ、操! ワシに
「操さんっ、あとはわたし達が……もうこれ以上は」
「言うでない、ミレーニャ。こやつは言って聞くようなタマではないのじゃ」
「そう、ですよね……そういうところに、レヴィール様は。わたし、は」
周囲の衛兵や
当然だ……
――魔法処女。
それは、この世界の
国家間のあらゆる諸問題を解決する、犠牲を最小限に凝縮した戦争の使徒にして信徒だ。
魔法処女は、二次性徴を迎える前後の女性が選ばれる。この世界では、純潔を守る乙女だけが、魔法の力を振るえるのだ。そして、特別に魔法適正の高い個体は、大人になることすら許されず、母になる未来を捨てねばならない。
国歌の兵器として封印凍結され、戦争の
平時は
そんな魔法処女達を、操は救いたいのだ。
「僕は……嫌、なんだ。レヴィール、そしてミレーニャさん……僕は、嫌だ。女性を、魔法が使える、からと、いって……兵器として扱うのは、間違いだと、思う」
槍を構える衛兵達も、今ならばと
だが、そんな周囲をレヴィールが鋭い眼光で凍らせる。
瀕死に等しい操は今、危険な火薬庫に繋がる導火線だ。自分の死という炎が
瞬時に、栄華を極めたアルシェレイド帝国は消滅する。
地図から抹消され、歴史書の中にだけ記録される過去へと消えるのだ。
「あっ、操さんっ! し、しっかりしてください!」
「操っ! もういい、もう無理じゃ。ワシはもう、満足しておる。もう、お
とうとう操は、玉座の間に続く回廊の中央で倒れた。
すぐに抱き起こしてくれたミレーニャが、その胸に抱いてくれる。
心配そうに
三人が立ち止まった、その瞬間を見極めて騎士達が剣を抜く。同時に、衛兵達が槍の鋭い
声がただの音になる、そういう疲労の極地にあった。
だが、脳裏に
『操、いい? これは、お母さんからのお願い……』
とても優しくて、
身動き出来ずに倒れた操は今、遠き日に別れを告げた母と再会していた。
それは恐らく、母のいる場所へ近付いているからだろう。
だが、同じ天国には行けそうもない。
「かあ、さん……?」
「むっ、これ! 馬鹿を申せ、操! ミレーニャはお主の母ではない! 女の胸に抱かれて、言うことがそれかや!」
「あ、あの、レヴィール様……ぶたないで、あげてください。グーで、ぶたないで」
ポカポカと叩いてくる声が泣いていた。
この世界で最強の魔法処女が、操のために泣いてくれていた。
同時に、自分を迎えて取り込むように母の言葉が響く。
『この願いは
母は、不幸な女性だったと思う。
だが、そんな母から操は学んだのだ。
人の幸せは全て、その人が、本人が決める。
ただ子供を生むだけの存在、ゼロサムゲームのトロフィーである以上に意義を見出してもらえなかった母。父は母を、徹底して人脈や策略のために
そういう人をしかし、母は愛していた。
だから、操が生まれて、育ったのだ。
『もしあなたが、自分と一緒に他者を
ああ、僕は駄目だな……操はぼんやりとそう思った。
マザコンという訳ではないが、自分を育てることに母は全てを使ってしまった。そして、使い果たしてしまった。まるで、操を産んで育てるだけの機械のように、動かなくなってしまった。
だが、母は父の野望のための手段ではない。
操には、いつでも優しくて頼もしい、最愛の家族だったのだ。
母の願いは祈りとなって、操の中に今も生きている。
それを呪いと言うのなら、呪われてでも生きて探したい。
母が命と共に失くした、女の子としての全ての笑顔を。
「……ああ、僕は……駄目、だな……ごめん、レヴィール。ミレーニャ、さんも」
あのレヴィールが、目の前で泣いていた。
彼女の涙を見ても、指一本動かせない。
彼女の涙を常に振り払う、その涙が乾くまで抱き締める。そう誓ったのに。ミレーニャもそうだし、レヴィールの家族であるナナ、そしてシングルナンバーズの少女達もそう。
むしろ、魔法処女として作り変えられ、管理される全ての乙女がそうだ。
女の子を、守りたい……幸せにしたい。
そのためにいつからか、操は自分が泣くことをやめたのだ。
次第に全身の感覚が失せる中、消えゆく
「どうした? 魔法処女達の希望を名乗る不敬者、たしか……そう、確か
声のする方を、なんとか操は見上げる。
揺れて
剣を片手に、護衛の者を下がらせるその姿……威風堂々、彼女こそがこのアルシュレイド帝国の女皇帝、キルシュレイラだ。
臨月を迎えた腹に片手をあげて、妊婦の少女が操を待っていた。
「おのが信念、もはや捨て置けぬ。私もこの国を統べる女帝、なれば話を聞かぬでもない。だが……それはお主が、自らの力で我が前に立った時だけ」
威厳に満ちて、
すぐにレヴィールが叫んだが、キルシュレイラは揺るがなかった。
「キルシュレイラ! ワシの力は知っておろう! お主が息を吸って吐く前に、ワシは跡形もなくお主を焼き尽くせよう!」
「ですが、
「ぐっ!」
「私とて、皇族である前に一人の女……ただ一人の魔法処女だった時期もあります。子を
カツン! と床に剣を突き立て、キルシュレイラは再び操を
それで操も、ミレーニャの
どうにか一人の力で立ち上がると、よろけながらも歩を進める。
「キルシュレイラ、陛下……お願いが、あり、ます……」
「許す、
「凍結されて、いる、魔法処女、を……全員、解放、して、くださ――」
「それはできぬ。お主も理解しておろう? 我がアルシュレイドが魔法処女を全て手放せば、たちどころに他国に侵略されよう。それも、一騎当千の魔法処女の軍団に」
「そうは、させませ、ん、から……」
「これはしたり……お主になにができる? 魔法処女の重魂でしかないお主が! まして、敗北者を犯して己の世界に帰ることすらできぬ、重魂の
正論だ。
だが、ただ正しいだけの言葉でしかない。
そして、正しさは常に誰をも救う訳ではない。
誰もが正しいと信じて、この世界に狂気の法を生み出した。そして、その
戦争の犠牲をなくすために、魔法処女だけを犠牲にして戦争を続ける。
この世界のありかたそのものが、操が戦う敵なのだ。
「僕は……これからも、魔法処女を、助け続けます。救い、続けるんだ」
「そうか……ならば私も、この帝国を守り続ける。鬼と言われようが、一握りの魔法処女を道具として
「なら、やはり……魔法処女を、全て、解放、して」
「くどい! ならぬ……最強の戦力を失くして、誰がこの国を守るのだ!」
「それは……僕が! 僕達が、守るっ!」
それだけ言って、操は再度倒れた。
だが、荒げた息を
「僕は、戦う魔法処女とだけ、戦う! どこかを攻める魔法処女がいれば、その
「ば、馬鹿な……そんなことが可能な筈が、うっ! くっ、うう……そうか。フッ、そうなのか。ぐっ!」
突然、腹を抑えてキルシュレイラがその場に
だが、彼女は駆け寄る臣下を手で制して、操を見詰めてくる。どうやら産気づいたようで、その顔には
迷わず操は強く頷き、自分の言葉を未来の約束として確約する。
次の瞬間、彼はその場に動けなくなって、意識を失った。
どこか遠くに、赤子が泣き叫ぶ声を聴いたような気がした。
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