最終話「叙事詩よ歌え、童貞王の誉を」

 夢を、見ていた。

 勲操イサオシミサオは、夢にまどろみ過去へと飛んでいた。

 そこには、母の笑顔があった。ただ子を生む道具として使われ、決して愛されなかった女性……それなのに、自分に無限の愛を注いでくれたかけがえのない母。

 母の祈りは今や、完全に操の願いとなった。

 そして、ただ望むだけではそれは得られない。

 自分で行動し、時には戦わなければ掴み取れないのだ。


「そうだ……僕は、女の子は……誰だろうと、守る……」


 目が覚めると、そこは木陰こかげだった。

 今、操は大樹に背を持たれて眠っていたようだ。

 涼し気な風がゆるゆるとたゆたう。

 日差しは強いが、水辺だということもあって暑くはない。

 そう、目の前に透き通る清水しみずたたえた泉があった。

 そして、三人の妖精たちが水浴びをしている。


「……妖精、じゃ、ない……あれは、レヴィール、と……みんな、と」


 身体が重くてけだるいのに、不思議と奇妙な安堵感があった。

 酷く眠くて、思考がどこまでもぼやけてゆく。

 だが、夢みたいにキラキラした光景の中で、一人の少女が振り返った。


「おう、操! 気がついたかや? ワシも皆も、心配しておったぞ!」


 全裸のレヴィールが、岸へと上がってくる。

 ミレーニャもナナもぱだかだ。

 恥ずかしがって手で己を隠すミレーニャと違って、ナナはあけっぴろげで童女のように笑っている。そして、自信に満ちたレヴィールの笑みは、優雅で気品すら感じられた。

 レヴィールは、己を隠そうともせず操の前に立つ。


「……苦しかろう。丸一日、眠っておったのだぞ?」

「はは、なんだか……力が、入らない、んだ」

「やはり重魂エンゲージャーとして召喚された者が、元の世界へ戻らぬと消耗するのじゃ」

「でも、僕には……女の子を、傷付けることは、できない」


 魔法処女ウォーメイデン同士の、非常のおきて

 魔法処女はその強大な魔力を発揮するために、異世界から重魂と呼ばれるパートナーを召喚し、融合ユニゾンする。そうすることによって、自分の属性に秘められたもう一つの力を発揮できるのだ。

 重魂と融合を果たした魔法処女には、国一つを一瞬で消し飛ばす者もいる。

 レヴィールならば、重魂の強さによっては天の星さえ砕くだろう。

 だが、そんな彼女にとって、操は最弱で、しかも取替とりかえのきかない相棒だった。


「フム、やなりおなごは傷付けられぬか」

「……うん」

「頑固じゃなあ。では……いつ、ワシを傷物にしてくれるのじゃ?」

「それは」

「よいか、操。これ以上は、おぬしの命が危ない。やはり、魔法処女のことわりに反しては、重魂は消耗するばかり」


 そんなことは、薄々気付いていた。

 魔法処女同士の戦いは、常に片方しか生き残れない。敗者は勝者の重魂に犯され、魔法処女としての魔力を失うのだ。それは、召喚された重魂が元の世界に戻る儀式でもある。

 だが、操は今までかたくなにそれを拒否し続けてきた。

 だから、これからレヴィールがしようとしてることがわかる。

 身を起こして、またがってくるレヴィールのほおに触れる。


「駄目だ、レヴィール! 君が魔力を失えば、世界のバランスは崩れる。最強の魔法処女である君は」

「……それだけかや?」

「それは、その、ええと……」

「ワシを抱きたくはないのか」

「いや、正直に言うと、僕は男なんだなあって思う程度には。いや、それはもう、そうして無防備に美しさも可憐かれんさも堂々と見せつけられるとですね」


 珍しく、あのレヴィールがボンッ! と赤くなった。

 そして、操を中心に笑い声が広がる。

 ミレーニャもナナも、心配してくれている。その上で、操を気遣い、レヴィールを後押しして、二人を祝福してくれているようだ。


「ねえねえ、パパ! ママとちゅっちゅ、しないの? ナナ、知ってるよ! パパとママは好き好きー、大好きー! だから、ちゅっちゅするの!」

「あ、あの、ナナさん。もう少し、その、手加減してあげないと……レヴィール様が」

「ミレーニャも、ママになる? ミレーニャ優しいから、ナナ大歓迎だよ!」

「そっ、そそそ、それは! ……え、えと、二号さんというのは、ありなんでしょうか」


 勿論もちろん、操は知っている。

 パパと呼んでなついてくれる、ナナの純真さ。

 自分を想ってくれる、ミレーニャの一途いちずさ。

 それは、レヴィールの気持ちと比べることはできない、それぞれに尊いものだ。だが、童貞を捧げる女性は一人しか選べない。

 そして、すでに選ぶ必要すらなかった。

 操は立ち上がると、上着を脱いでレヴィールにかけてやる。


「僕は確かに、度重なる融合の中で、弱ってる。それに、レヴィールとミレーニャさん、二人を同時にこの身に招いかたら……きっと、消耗してるんだと思う」


 だが、戻るために誰かの純潔を奪わねばならないのなら、たとえ命の炎が消えかけていてもゴメンだ。

 しかし、それはこのまま死を選ぶことと同義ではない。

 だから、操は三人の少女を見渡し言葉を選ぶ。


「僕の命が燃え尽きるのが先か……この世界が魔法処女による戦争をやめれるのが先か。勿論、僕は最短距離を全速力で走る」


 三者三様に、驚きに目を丸くしていた。

 だが、操はミレーニャの手とナナの手、それぞれを握ってレヴィールの前で重ねる。

 以心伝心で、レヴィールもその手に手を重ねた。


「僕は……王になる。魔法処女での戦争を肯定する国は、ことごとく討ち滅ぼして、この世界を一つの王国にたいらげる!」

「なんとまあ……操、大した野望じゃな」

「えっと……操さん、その……素敵、です」

「パパすっごーい! ナナも手伝うー!」


 決意は秘めて、覚悟を胸の奥に沈める。

 ただ言葉ではなく、これからは行動あるのみだ。

 だからこそ、レヴィールたちには言っておきたかった……彼女とその仲間たちが、操に世界と対峙する力をくれるから。

 ここから始める、戦いを消し去るための戦い。

 誰も泣かない世界で、少女たちに恋や夢が許される国を作るのだ。


「あと……そ、そろそろ三人共、服を着てくれないかなって……アハハ」

「なんじゃ、立派なことを言うておいて、最後がそれかや? しまらんのう」


 皆が笑った。

 だが、ナナが突然とんでもないことを言い出す。


「パパも脱げばいいんだよー! ちゅっちゅするなら、裸が一番だもん!」

「と、言うておるぞ?」

「あわわ、レヴィール様もナナちゃんも……だっ、だだ、駄目ですよぉ」


 ミレーニャが真っ赤になってしまった。

 そんなこんなで、ようやく女性陣は服を着てくれる。

 不思議と操は、先程よりも身体が軽く感じた。

 自分がしたいこと、守りたいものを宣言したら、心が軽くなった気がした。

 気がしただけで十分だった。

 操も頬をはたくと、気合を入れ直す。


「さて……レヴィール、ここから一番近い国は? っていうか、ここどこ?」

「ん、帝国の国境付近じゃな。あと少し歩けば、隣国りんごくという場所じゃよ」

「なる程……因みにその隣国っていうのは」

「ナントカ総統そうとうが治める、まあ……どこも一緒じゃよ。皆、魔法処女をこまに、戦争というゲームに興じておる。潰すかや? 操」

「勿論」


 さあ、戦いを始めよう。

 犠牲を恐れず、犠牲を出す罪から逃げずに挑もう。

 もし、この生あるうちに全てを成し遂げられたら……その時は。


「レヴィール、さっきはありがとう。僕をかえそうとしてくれたんだよね。でも、今は駄目だ。僕が君と契を交わす時は……君を本当に幸せにする時、世界が本当の幸せを享受できる時だ」

「うむっ! よく言った! では、ワシがお主と共に最強の力を振るおう。ミレーニャもナナもおる、百人力じゃあ!」


 今日のこの日、この時、この瞬間……それが、伝説の幕開けだった。

 冷徹れいてつな弱肉強食主義が蔓延まんえんする、異世界アスティリアでやがて神話になる……一人の男の戦いが始まった瞬間だった。

 あらゆる国の魔法処女を、一人も殺すことなく無力化してゆく。

 敵の代わりに、自らが血を流して、それでも決して泣くことなく戦い抜く。

 そう、それは後の世に童貞王どうていおうと呼ばれる少年の、明日への旅立ちの時なのだった。

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魔法処女と童貞王 ながやん @nagamono

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