第26話「操が救いたいもの、レヴィールと救いたいもの」

 レヴィールがかつて重魂エンゲージャーとして召喚したパートナー……ベリアル。恐るべき灼炎しゃくえん魔王デーモンは今、あおい炎をまとってユイと融合ユニゾンした。

 自分がレヴィールのデッドコピーであるという、その宿命に逆らう最初の娘、ユイと。

 そして、二人が一つになった強大な魔力が、レヴィールとみさおに向けられている。

 だが、不思議と操は怖くなかった。

 レヴィールの横にいて、彼女のかたわらに浮かんでいるからなにも怖くない。

 当然、彼女が選んだ次の行動にも疑問を感じなかった。

 逆に、ベリアルをその身に招いたユイだけが驚愕きょうがくに目を見開く。


「お母さんっ! なにを……なにをするのです! わたしと戦わないのですか!」


 そう、レヴィールは戦いを選ばなかった。

 正確には、

 その証拠に、レヴィールの魔力で制御された操は……地表へと向って急降下している。たちまち背後に、ユイの声もレヴィールの微笑も遠ざかった。

 この逆境の中で、レヴィールは笑っていたのだ。

 その笑みを、本当に勝利で飾るために操も歯を食い縛る。

 そして、あっという間に目の前には、はりつけにされた魔法処女ウォーメイデンが迫ってきた。


「そんな、操さんっ! どうして……レヴィール様を助けてあげてくださいっ! いくらレヴィール様でも、ユイ様と……それも、ベリアルと融合したユイ様とでは!」



 ミレーニャが悲痛な叫びを張り上げる。

 そんな彼女の元へ、墜落するように操は降り立った。

 大地に叩きつけられて、その中で土煙を払って立ち上がる。

 眼の前に、縛られたミレーニャが泣いていた。

 碧色みどりいろの髪、そして褐色の肌を涙が濡らしている。

 その涙を止めなければいけない。


「ミレーニャ、さん……大丈夫、泣かないで……泣かないでくださいっ!」

「だって! ……だって、操さん……レヴィール様も。わたしなんかのために」

「なんか、って……なんか、なんて! 言わないでください!」


 操が身を声にして叫んだ。

 空中では今、苛烈かれつな戦いが繰り広げられている。

 もはや戦いとは言えぬ、一方的ななぶり殺しだ。

 レヴィールだから……シリアル・オーナインと呼ばれた最強の魔法処女、レヴィール・ファルトゥリムだからこそ、戦いとして成立しているのだ。

 重魂と融合せぬまま、シングル・ナンバーズ最強のユイと戦っている。それも、かつてパートナーだったベリアルと融合したユイと。レヴィールでなければ、一瞬で蒼炎そうえんは敵を消し炭にするだろう。

 最初の魔法処女にして最強の魔法処女、レヴィールだから戦えているのだ。

 その証拠に、ミレーニャを助けようとする操を誰も邪魔しない。

 周囲の普通の魔法処女、そして帝国兵すらレヴィールに魅入みいっていた。

 死を超え、更に迫る死からも逃れて踊る……その美しさはかなしく、無残で、そしてまぶしい。そんなレヴィールの決死の戦いを背負っているからこそ、操は歩み寄る。


「ミレーニャさん……僕の好きな人、愛してる人があなたを助けたいと願ってます。それなのに、あなたが自分を『わたしなんか』なんて言ったら」

「で、でも……わたしだって、操さんが」

「僕は、無知だった。能天気で無粋で、その上に無神経だった! 朴念仁ぼくねんじんだったんですよ! ……ミレーニャさん、ありがとう。それこそ、こんな僕を好きになってくれてありがとう」


 ミレーニャが目を見張った。

 大きなひとみが見開かれて、あふれる涙がとめどなく流れてほおらした。

 操は鈍い男だ。

 恋を知らなかった。

 だが、今は違う。

 自分に恋してくれたレヴィールの、その恋心がわかる。

 自分が恋した少女が、レヴィールがそれを教えてくれたのだ。

 男女を問わう純潔を守る……童貞であること、処女であることは操を立てること。だが、不幸な母はその意味を教えてはくれなかった。ただ、操が母を見て育った中でつちかった、一種の呪いだ。

 そう、

 操は本当に心を許し合う、愛し合う人にだけ童貞を捧げたいと思っていた。それは今も変わらない。だが、以前よりよくわかるのだ……それは、処女を捧げる女性の中にも、同じ考えの人間がいるという現実。

 だからこそ、人は恋をする。

 恋し恋され、恋愛を通して旅をするのだ。


「ミレーニャさん……僕は、あなたの心に応えることができない……」


 操がよろけながらも、縛り上げられたミレーニャの前に立つ。

 ミレーニャは無理に笑ってうなずいた。


「知ってます……わかってました。多分、それが怖かったから、拒んでた。でも……操さんは、レヴィール様が好き。そして、レヴィール様も操さんが好きなんです」

「うん……でも、だからこそ僕はレヴィールとやらなきゃいけないことがある」

「操、さん?」

「僕は、世界中の全ての魔法処女のために戦う。戦争の全権代理人として戦わされる、そのために物のように扱われる魔法処女のことわりを破壊するんだ」


 ミレーニャは驚いた様子だったが、操は真っ直ぐ彼女を見詰める。

 操がレヴィールと一緒に救いたい、全ての魔法処女。その中で、最初の一人はミレーニャだ。レヴィールと戦って唯一、生き延びた少女……その身に大量のデータを、レヴィールとの交戦記録を持ったまま生きながらえた。そんな彼女をもう、世界は見過ごせないだろう。

 だが、操が見逃せないのは、彼女の一人の女性としての幸せだ。

 恋人として、伴侶はんりょとしては応えてやれないかもしれない。

 でも、この世に幸せを祈られてはいけない女性など存在しない。

 男女を問わず、人間は祝福の中で互いを讃えて許さなければいけないのだ。


「ミレーニャさん、あなたを助けたい……そして、あなたが必要だ」

「操さん……わたしは力も弱いし、取り立てて珍しくもない魔法処女です。レヴィール様と戦って生き延びた、唯一の魔法処女だなんて言われても……」

「僕は君が、ただの女の子でも助けたい。偽善ぎぜんおごりと言われてもいい……女の子は誰でも助けたいんだ! 幼女でも人妻でも老婆でも! 女の子はみんな、それぞれの幸せを追求する権利がある! それを僕は、守るっ!」


 操が手を伸べ、涙で濡れたミレーニャの頬に触れる。

 瞬間、ミレーニャは全てを察したように頷いた。

 そして……操はあっという間に光りに包まれミレーニャと光になる。彼女を縛っていた鎖が、音を立てて弾け飛んだ。

 ミレーニャは弱くても、魔法処女だ。

 その力を封じるために、強固な縛鎖が幾重にも取り巻いていた。

 だが、重魂として操を迎えた彼女となれば、別だ。

 ゆっくりと浮かび上がるミレーニャの中で、操は自分の奥底に彼女を感じていた。


『今……操さんと一つになってます。普段のドラゴン達とは違う……小さく、はかなく、そして……温かい。これが、操さんと一つになるということ』

「ミレーニャさん! 力をお借りします!」


 操は今、ミレーニャと融合して褐色の美少女へと変貌していた。その翡翠色ジェイドグリーンの髪がゆるゆると風に棚引く。

 そして、察した。

 説明される前にわかった。

 この湧き上がる力、決してレヴィールやナナの時のような万能感はない。無尽蔵に溢れ出る魔力は感じない。

 けど、心地いい。

 温かくて柔らかくて、優しい力だ。


「ミレーニャさんの象素マナは……風、ですね」

『はい……だからわたしは、重魂にドラゴンを選んだ。たけき翼で空を統べる眷属けんぞく……羽撃はばたく風の力は、あらゆる敵を打ち砕く。でも、今……わたしの中の風は優しくそよいでます』

「それって」

『操さんに身を委ねてるから……操さんが優しいから』


 すぐに操は、ミレーニャと一つになった身体で浮かび上がる。

 その頃にはもう、帝都の空は燃えたぎっていた。

 空気が沸騰ふっとうして、呼吸するだけで肺がかれる。

 その中ので、魔王の翼を無数に広げてユイが笑った。


「なるほど、融合すればミレーニャを縛る鎖も断ち切れるか……だが、操とやら! 愚かな……お前はお母さんの重魂ではないのか? 見ろ……お前がその無価値な弱小魔法処女にかまけている間に、最強の魔女が死に飲まれかけている!」


 ユイの言う通りだ。

 既にもう、レヴィールは浮いてるのもやっとだ。

 だが、諦めてはいない。

 ユイには理解不能な気持ちの強さが、操には伝わってくる。操を通してミレーニャにも伝わった筈だ。その証拠に、レヴィールはニヤリと不敵に笑ってみせる。


「操、ワシが言うた通り……ミレーニャを助け出せたであろ?」

「う、うん。あとは、ユイをなんとかしないと」

「なに、今からワシがガツンと、の……ふふ、なんじゃ……この数日でワシも随分と老け込んだもんじゃの」


 ユイは今、神代禁術エンシェント・ドーンを使わない。

 ただ普通に魔力を放出して攻撃するだけで、レヴィールには十分なのだ。

 それが、ベリアルと一つになったユイの力。

 四大元素を司る四つの象素、地水火風の中で特別な力……対となる陰理いんり陽理ようりもない、ただ火でしかない特別な能力なのだ。

 ミレーニャは風、風は気圧を操り、大気をすべて雷を生む。

 ナナは土を操りを育むし、水を使える者達はそれを氷へと変えることができる。

 だが、炎は炎でしかない。

 純粋な破壊の力、それはレヴィールそのものであり、その生き写しであるユイが背負った宿業しゅくごうだ。炎はなにも生まない……ただ、全てを焼き尽くして消し飛ばすだけだ。


「……わかっている、ベリアル。神代禁術を使うまでもない。アレをやるぞ」


 ユイが操とミレーニャを一瞥して、再度レヴィールに向き直る。

 そして、異変が起こった。

 操も、ミレーニャと一つになったからこそ感じる……それは、あまりにも巨大な魔力が凝縮され、圧縮されてゆく気配。シングル・ナンバーズはレヴィールを直接の母として精製された、いわば子供にあたる九人の魔法処女である。

 その中でも最初に、レヴィールのコピーとして造られたのがユイだ。

 そんな彼女を包む蒼き炎が、徐々に色合いを変えてゆく。

 あっという間にユイは、全身からほとばしほむら禍々まがまがしく変貌させるのだった。

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