第25話「揺らぐ炎の先の再会」

 勲操イサオシミサオは最初、状況を正しく理解できなかった。

 そして今は、さらなる混乱の中で立ち尽くしている。

 レヴィールの古い戦友、かつて魔法処女ウォーメイデンだった老婆アステア……彼女のお蔭で、操達はどうにか帝国の首都で包囲を脱出したはずだ。レヴィールに、それを疑う素振りは全くなかった。

 だが、現実には多くの魔法処女に囲まれている。

 そして、シングル・ナンバーズの長姉、ユイが静かに睨めつけてくる。

 か細く震えた声で、レヴィールが弱々しく呟いた。


何故なぜじゃ……どうして。これは、なんということじゃ……」


 いつもの、勝ち気で強気な声ではない。

 操の好きな、不遜ふそんで自信過剰なレヴィールではいられないのだ。

 そして、彼女は裏切りにも、それを責められぬ卑劣なユイの所業にも戦慄していた。家族を人質に取られた者を、誰が叱責しっせきできようか。最強であるために、永遠の純血を守らねばならぬシリアル・オーナイン……始まりの魔法処女、レヴィール・ファルトゥリム。

 その彼女が、望んでも得られぬ家族のために、アステアは裏切った。

 それを強いたのは、レヴィールの娘とも言えるユイなのだ。


「ふふ……驚いたようですね、お母さん」

「ユイ、お主は……何をしたか、わかっておろうな! このワシを怒らせれば、どうなるか……! 魔法処女は戦争の道具であっても、卑劣な女であってはならぬ! 心すら許されぬ絶対兵器だからこそ!」

「なら、どうしてわたしは愛を知ることができないのですか? 何故、愛する者と子をなすことができないのか。それは……わたしがシングル・ナンバーズだから。お母さんに次ぐ力を持たされた魔法処女だから。そしてわたしは――」


 不意に、ユイの周囲に炎が吹き上がった。

 仲間の魔法処女達ですら、悲鳴をあげて空へと逃げ散る。

 首都の路地裏が、突然煉獄れんごくにも似たあおい炎に包まれる。

 そう、蒼い炎だ……レヴィールが烈火の如きくれないほむらを操るならば、ユイのそれは凍れるように蒼い獄炎ごくえん。寒々しいまでの透き通った炎だ。

 そして彼女は、蒼炎の濁流だくりゅうを広げながら叫んだ。


「そしてわたしは……わたしはっ! お母さんのコピーとして造られた、世界で二番目の魔法処女!」


 咄嗟とっさにレヴィールが、自らの紅き炎で迎え撃つ。

 苦労して相殺を狙う彼女の表情が、驚きに引きつっていた。

 互いに重魂エンゲージャーとの融合ユニゾンをせず、単純な魔力をぶつけ合う。

 操にも信じられないが、二人の力は互角に見えた。

 互いを食い合う蒼と紅の炎龍えんりゅうが、あっという間に帝都の空を焼き尽くす。灼熱地獄と化した中で、操はレヴィールの必死の抵抗を見た。

 レヴィールは、無差別攻撃を始めたユイの炎を対消滅ついしょうめつさせるために力を振るっている。

 民や町並み、帝国の魔法処女達をも守っているのだ。


「レヴィールッ! 融合を!」

「待て、操! 待つのじゃ……まずはみやこを、そして民を守らねばならん。それに、忘れるでないぞよ? ミレーニャをお主は救わねばならぬ。お主だけは、絶対にミレーニャを救わねばならんのじゃ!」


 レヴィールは魔力で浮き上がり、操をかたわらへと見えない力で引き寄せる。

 それは、蒼き炎の十二翼ルシファーウィング羽撃はばたかせるユイと同時。

 首都の空を沸騰ふっとうさせて、二人の魔法処女は戦闘態勢へと突入した。


「そう、わたしの象素マナは……! お母さんと同じ、陽理ようり陰理いんりもない……!」

「そうじゃ……ワシの最初の子供、ユイ。腹を痛めてやれぬワシの娘が、無数に……大量に生み出された! その最初の一人」

「わたしは自分を呪った! お母さんのデッドコピーでしかない自分に! そして、その恥辱ちじょく劣等感れっとうかんに耐え、打ち勝った! 見てください……対属性ついぞくせいすらない、純粋な暴力! わたしの炎を!」

「くっ! この何百年か、会わなかったがのう……以前の何倍も強くなっておる!」


 不思議と操には、ユイの哄笑こうしょうなげきに見えた。

 レヴィールに勝るとも劣らぬ美貌、スタイル抜群の肢体を躍動させるユイが、泣きじゃくる幼子に見えた。

 彼女は、世界で二番目に造られた魔法処女。

 世界で最初の魔法処女、レヴィールをコピーして造られたのだ。

 そのことが今、ユイの自我と自尊心プライドゆがませている。

 そして、自らが望まなかった今のユイに、レヴィールは心を痛めている。彼女は、腹を痛めて子を産むことが許されない少女なのだ。何百年もずっと、戦争の都度つど覚醒させられ、戦争が終われば封印凍結ふういんとうけつされる……そうやって、生きてるとは言えない人生を生きてきた。生かされてきた。

 その彼女が、全ての魔法処女を子として、孫として優しく想っているのに。

 それなのに、一番ちかしい娘は激昂げきこうに荒ぶっているのだ。


「お母さん! わたしはすでにお母さんを超えてます。わたしがお母さんのデッドコピーだった時代は終わりました。これからは……!」

「ユイ! 心まで兵器に成り下がりおって……守るべき帝国の民を、役目を終えた同胞たる魔法処女を! お主は自分の都合で道具のように使い、犠牲にしておる!」

「そうさせているのは、お母さんだ! ……ふふ、はっきりさせましょうか。本当にわたしは、お母さんを超えたんです。その証拠を、お見せします」


 ユイの周囲で、複雑な感情がないまぜとなってかき混ぜられる。

 そこには、母への思慕しぼ、オリジナルへの憎悪、そして……見守るしかできない操には見えない数多の激情が渦巻いていた。

 そして、ユイは両手を天へとかざす。

 あっという間に、彼女がまとっていた帝国近衛兵のマントが燃えぜた。

 全裸になって浮かび上がるユイが、頭上に巨大な魔法陣を描く。蒼い炎が縦横無尽に入って、複雑な紋様を紡いでゆく。

 その中から、まばゆい光と共に……恐るべき姿がゆっくりと姿を現した。


「あっ、あれは……お主は! な、何故じゃ……どうして」


 あのレヴィールが、驚愕きょうがくに固まってしまった。

 彼女の魔力で浮いているしかない操は、目撃する。

 それは、言うなれば堕天使ルシフェルの降臨。

 そのまばゆい姿は、悪魔の羽根を持っているのに神々しかった。

 真っ赤な肌に、逆立つ白い髪……そして、ねじれて生えた頭の角。

 そう、まさしく神話に登場する悪魔の姿がそこにはあった。

 そして、レヴィールがその名をつぶやく。


「お主は……久しいな、灼焔しゃくえん魔王デーモン……ベリアル」


 ユイが召喚した重魂を、レヴィールは知っていた。

 そして、操にもわかることがある。

 今までのシングル・ナンバーズが召喚した、グリフォンやフェンリルとは格が違う。今まで強敵だった者達のパートナーとは、一線を画する気配が伝わってくるのだ。

 ベリアルは真っ先に、ゆっくりと視線を操に注いできた。

 澄んだ瞳は綺麗な緑色で、優美な笑みを浮かべた美丈夫びじょうぶ眼差まなざしだ。

 彼は紅蓮の炎で包まれた四肢に爪を輝かせながら、静かにニコリと微笑ほほえんだ。


「やあ、レヴィール……久しぶりだね。オレをなかなか召喚してくれなくなって、寂しかったよ」

「えっ!? ……ま、まさか、レヴィール! あの重魂は、ベリアルさんは」


 操の疑問の言葉は、そのまま答をはらんでいた。

 それを認めるように、眉根まゆねにシワを寄せてレヴィールがうなずく。


「そうじゃ……ベリアルは、かつてワシが帝国のために戦っておった時の……パートナー、重魂じゃ」

「そう、我は常にレヴィールと一心同体だった。祖銀しろがね魔女まじょの無敵神話は、我がレヴィールに捧げる愛の形。親愛なる我が魂の伴侶よ……何故、我を呼んでくれなくなったのだい?」


 とても穏やかな、優しい声でさえずるように喋るベリアル。

 だが、彼を呼び出したユイは高揚感に気色ばむ。


「ベリアルッ! お前は今っ、わたしの重魂なんだ! ……わたしを、選んでくれた筈だ!」

「……そうだね、ユイ。我は君の魔力で召喚された、君のパートナーだ」

「ならっ! 軽薄なあかの色で燃えてやるな! その身がまとう炎の色は、わたしの色でなければいけない」

「わかったよ、我があるじ


 ベリアルが静かに両手を広げると、前進にくゆる炎の色が変わってゆく。

 あっという間に、彼は赤銅色ブロンズの肌に蒼い業火を纏い直した。

 その間、レヴィールは勿論もちろん、操も身動き一つできない。

 この場で誰が一番強いかが、言葉や行動でないもの、見えない全てで感じられる。そして、その力の根源はユイの重魂なのだ。


「これでいいかい? ユイ」

「ええ……いいでしょう。では、融合を」


 ユイはベリアルの手を握ると、鉤爪かぎづめの光る大きな掌に自分の胸を掴ませる。

 そのまま、二人は一つになって……恐るべき魔神へと変貌を遂げた。

 黄道十二星座ゾディアックの方向へ十二枚の羽根を広げて、ユイは魔王を内に招いたおぞましい姿を浮かび上がらせる。美しくも蠱惑的こわくてきな女性の曲線美は、蒼い炎が燃えている。そして、尻尾をしならせ、頭の角と両手両足の爪に光を集めていた。


「さあ、お母さん! 貴女も融合するといい……その貧弱な、貧相ひんそう極まりないみすぼらしい少年と! 一瞬で殺してあげます。永遠に殺し続けてあげます!」


 だが、レヴィールは呆然ぼうぜんとした表情をひっこめる。

 その時にはもう、操はジタバタともがきながら彼女の隣へと自分をどうにか浮かべていた。どんなにみっともなくてもいい、レヴィールの隣にいかねばと思ったのだ。

 彼女を一番近くで支えて、彼女を孤独な最強の兵器でいられなくしてやる。

 それが、それこそが操の望みで、彼女と共に歩む明日だ。


「操……ワシを許すか? 不甲斐ふがいなくも動揺し、戦う前から敗北にとらわれかけたワシを」

「レヴィール、僕は誰も許す必要がないよ……許されない女の子なんて、この世にいない!」

「よう言うた! ならば、知れ! ワシは常にお主と一つ! 故に――」

「僕達は目的を達成する! その一つ一つが、この世界に望む全てだから!」


 あまりにも強大な魔力のかたまりとなったユイに、操はレヴィールと共に叫んだ。

 そして、次の瞬間……ユイは、予想外の展開に驚き頬を引きつらせるのだった。

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