第24話「祖銀の魔女の帰還、と……」
馬車を乗っ取るようにして、
怒りに燃える
以前の華やいだ雰囲気は、ない。それを感じる余裕が操にはなかったし、レヴィールはあれから
市民達にとって、とりわけ魔力を持たぬ男性にとって、
「レヴィール、大丈夫だよ。僕等はこうして戻ってきた。二人でミレーニャさんを助けよう」
馬車を捨てて小一時間、人混みに紛れる中で操はレヴィールの手を握る。
目立つ銀髪をフードで隠して、レヴィールは意外そうに目を丸くした。
「操……お
「な、何? 僕だって、レヴィールをバケモノ呼ばわりされたら、嫌だよ。君はこの国のために戦ってきたじゃないか。そして、僕のために国を捨ててまで」
「かっ、かか、勘違いするでない! ワシは、その、慣れておる……
だが、レヴィールは隠した顔を赤らめ
身を寄せ腕を抱いてくるので、豊満な胸の膨らみが二の腕に押し付けられた。
こんな時にイチャついてもいられないが、急いで操は歩く。
交わされる
「ミレーニャ……あまり
「様はいいんだよ、様は! 付けなくて! 裏切り者なんだせ?」
「でも、
「陛下がお決めになったこと、しかし……ああ、神よ。ミレーニャ様に魂の安息を」
皆がそれぞれ、勝手にあれこれ言い合っている。
こんな時こそ、
まだまだ肉体の疲労は完全には取れないが、いざとなれば戦うことも辞さないつもりだ。ここまで押し出してくれた、ナナのことも心配で気にかかる。
そうこうしていると、一際強くレヴィールが抱き付いてきた。
腕を包む柔らかさとぬくもりが、戦慄に震えているのがわかった。
「レヴィール、しっかりして!」
「あ、ああ……ミレーニャ。すまぬ……ワシの
レヴィールは、かつて教え子だった
操はただ、彼女と体温を分かち合って立ち尽くす。
街の広場には大勢の者達が、処刑を待つ磔の魔法処女を見上げていた。中央に開けた
心身ともに
それも、
見るも無残なその姿に、操も握った拳の中に爪を食い込ませる。
「操、ワシに力を! すぐに助けねば……ミレーニャが殺されてしまう!」
「落ち着いて、レヴィール」
「落ち着けぬ! なんという
「レヴィール……」
周囲を見渡し、視線を浴びせる者達から遠ざかる。
ミレーニャに背を向け、とりあえずは広場を出て作戦を
その強さは、
「レヴィール、まずは救出の策を練ろう。大丈夫、君は数多の困難を乗り越えここまで来た。僕を連れて来てくれた。最後まで諦めずに戦おう」
「操……ふふ、お主……なんぞ、この数日で見違えたのう」
「そうかい?」
「相変わらず頼りないがの。頼りないが……不思議と、頼れてしまうのじゃなあ」
「はは、何だいそれ。でも、頼ってよ。僕は君の重魂、最弱かもしれないけど君が呼んでくれた相棒だよ。だから、二人でよく考えて一緒に戦おう」
だが、実際にこの大衆環視の中で戦うのは危険だ。魔法処女、それもレヴィールやシングル・ナンバーズと呼ばれる少女達の力は強大だ。まかり間違えれば、帝都は多くの民と一緒に地図から消滅する。
そして、ミレーニャを助け出すために動けば、敵との激突は必至だ。
それはレヴィールも承知しているようだ。
「シングル・ナンバーズは、全部で9人。しかし、永き戦乱の中でツバイ、スゥ、サンクは死んでしまった。……手のかかる子等じゃったが、今思えば……もっと触れてやりたかったのう」
「レヴィール……そんな顔もするんだね。なんか、レヴィールも前とちょっと変わったよ」
「ワシがかや?」
「強くて綺麗なのは変わらないけど、なんだろう……丸くなった? 違うな、なんかこう……優しくなった気がする」
「バッ、バカを言うでない。やめませい! それより、今はミレーニャじゃ。今回、封印凍結を解除されたシングル・ナンバーズは4人」
「ナナはいいとして、セイスとノーヴェを倒したから」
「恐らく、奴じゃ……ワシを一番憎んでおる娘がおる」
レヴィールの声が珍しく、
暗い声音は、その名を呟こうとして開かれた。
だが、彼女の唇がその名を告げる前に、操は逆の腕を引っ張られる。人混みの中で突然、震える手が
「あ、あれ? えっと……」
「レヴィール様。そして、その重魂の操様」
「えっ!? 僕達を知ってる!?」
人混みの中を離れて、路地へと連れ込まれる。
レヴィールは老婆の声を聞いて、はっとしたように目を見開いていた。
時々肩越しに振り返りながら、細く暗い道を老婆は歩く。
「そなた……以前、この帝都で。久しいな、アステア」
「はい、レヴィール様。この帝都で、レヴィール様が
そう、操が帝都で迎えた最初の朝の日だ。
あの日、ミレーニャと三人で街に繰り出し、この世界の
アステアは、50年前にレヴィールの戦友だった、元魔法処女だ。
魔法処女ならずとも、女性には生まれ持った魔力がある。
そして、
それが例え、このアルシェレイド帝国を守る力であっても、そうなのである。
「感謝を、アステア……すまぬ。お主に今、ワシ等は帝国に弓引く行為を」
「きっ、気にしないでくださいませ。この老いぼれ、既に命を惜しいとは思いませぬ。ただ……ただ、何よりも大事なもの、それを守りたいだけなのです」
「むぅ……嬉しいのう! 聴いたかや、操! ワシは常に、永き
操は、レヴィールが照れくさそうに笑うのが嬉しかった。
だが、かつて魔法処女だったアステアは顔を
長い一本道が終わって、三人は開けた場所へと飛び出した。
瞬間、操は目を疑う。
「なっ……こ、これは!?」
レヴィールは、
そう、
「これは……何じゃ? 何が……」
操達は今、アステアの
そこには既に、無数の魔法処女が宙に浮いている。皆、帝国の所属である
慌てて操は、手を放して後ずさる老婆に向き直る。
「アステアさんっ! こ、これは!」
「レヴィール様! も、ももっ、申し訳……申し訳ございませぬ! 私にも、孫が……その孫が、王宮に連れてゆかれ……」
操は耳を疑った。
そして、背後を振り返って
何が起こったかわからぬまま、レヴィールは言葉を失っていた。
代わって、
どこかレヴィールに似た、透明感のある声音だ。だが、確かに違う……そこには、美しい自信に満ち溢れた響きがない。どこか湿った
「下がれ、アステアとやら。貴様の親族は無事だ」
「あ、あのっ! ユイ様! 後生です……レヴィール様を、どうかレヴィール様を!」
「……下がれと言った! ふっ、ふふふ……久しぶりですね、お母さん」
操は目撃した。
レヴィールにとても良く似た、ショートカットの髪を切り揃えた美少女だ。眩いその美貌は、不思議と影があって、その儚さが不思議な魅力を発散している。帝国の紋章が刻まれたマントを翻して、彼女はユイ……シングル・ナンバーズの長姉ユイと名乗った。
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