第24話「祖銀の魔女の帰還、と……」

 馬車を乗っ取るようにして、勲操イサオシミサオは帝都へ帰ってきた。

 怒りに燃える祖銀しろがね魔女まじょ、レヴィール・ファルトゥリムと共に。

 以前の華やいだ雰囲気は、ない。それを感じる余裕が操にはなかったし、レヴィールはあれから苛立いらだちを隠せずにいる。落ち着かない様子が珍しく、それでも彼女は操を安心させるように笑おうとする。

 市民達にとって、とりわけ魔力を持たぬ男性にとって、魔法処女ウォーメイデンはバケモノ……改めてそのことを知ると、操の心に何か重いものが突き刺さる。


「レヴィール、大丈夫だよ。僕等はこうして戻ってきた。二人でミレーニャさんを助けよう」


 馬車を捨てて小一時間、人混みに紛れる中で操はレヴィールの手を握る。

 目立つ銀髪をフードで隠して、レヴィールは意外そうに目を丸くした。


「操……おぬし

「な、何? 僕だって、レヴィールをバケモノ呼ばわりされたら、嫌だよ。君はこの国のために戦ってきたじゃないか。そして、僕のために国を捨ててまで」

「かっ、かか、勘違いするでない! ワシは、その、慣れておる……ながきに渡り恐れられてきた、最強の魔法処女じゃからな」


 だが、レヴィールは隠した顔を赤らめうつき歩く。

 身を寄せ腕を抱いてくるので、豊満な胸の膨らみが二の腕に押し付けられた。

 こんな時にイチャついてもいられないが、急いで操は歩く。

 すでにもう、帝都の中央広場には多くの人間が集まっていた。

 交わされるささやきの声は、男と女でだいぶ温度差がある。女は魔力を供出きょうしゅつして帝都のインフラとなり、それを享受きょうじゅするしかない男にとっては……魔法処女とは、恐るべき戦争のための兵器でしかない。


「ミレーニャ……あまり馴染なじみみのない名前の魔法処女様だねえ」

「様はいいんだよ、様は! 付けなくて! 裏切り者なんだせ?」

「でも、近衛このえの魔法処女じゃないかい。どうしたってそんな……」

「陛下がお決めになったこと、しかし……ああ、神よ。ミレーニャ様に魂の安息を」


 皆がそれぞれ、勝手にあれこれ言い合っている。

 錯綜さくそうする言葉と声との中で、レヴィールはどこか不安げだ。あの強気で勝ち気、無敵を誇る唯我独尊ゆいがどくそんの彼女が、こんなにも頼りない。

 こんな時こそ、重魂エンゲージャーたる自分がしっかりしなければと、操は自分を奮い立たせる。

 まだまだ肉体の疲労は完全には取れないが、いざとなれば戦うことも辞さないつもりだ。ここまで押し出してくれた、ナナのことも心配で気にかかる。

 そうこうしていると、一際強くレヴィールが抱き付いてきた。

 腕を包む柔らかさとぬくもりが、戦慄に震えているのがわかった。


「レヴィール、しっかりして!」

「あ、ああ……ミレーニャ。すまぬ……ワシのせきじゃ。クッ、キルシュレイラの奴め」


 レヴィールは、かつて教え子だった女皇帝じょこうていの名を呪った。

 操はただ、彼女と体温を分かち合って立ち尽くす。

 街の広場には大勢の者達が、処刑を待つ磔の魔法処女を見上げていた。中央に開けた祭壇さいだんのような場所が設けられてあり、その中央にミレーニャはいた。

 心身ともに衰弱すいじゃくして憔悴しょうすいし、高いポールの上にるされている。

 それも、はだかだ。

 幾重いくえにも縛鎖ばくさが巻き付き、その褐色かっしょくの肢体を縛り上げている。

 見るも無残なその姿に、操も握った拳の中に爪を食い込ませる。


「操、ワシに力を! すぐに助けねば……ミレーニャが殺されてしまう!」

「落ち着いて、レヴィール」

「落ち着けぬ! なんというはずかしめを……全て、ワシが自由を求めたゆえじゃ。ワシが」

「レヴィール……」


 周囲を見渡し、視線を浴びせる者達から遠ざかる。

 ミレーニャに背を向け、とりあえずは広場を出て作戦をらなければならない。単純にこの場で暴れて戦っても、ミレーニャを助けることはできないだろう。

 何故なぜならば、帝国にはまだシングル・ナンバーズと呼ばれる魔法処女が残っている。その一人一人がレヴィールに次ぐ力を持ち、長い間封印凍結ふういんとうけつされてきたのだ。

 その強さは、すでにセイスとノーヴェを倒した操には身に染みていている。


「レヴィール、まずは救出の策を練ろう。大丈夫、君は数多の困難を乗り越えここまで来た。僕を連れて来てくれた。最後まで諦めずに戦おう」

「操……ふふ、お主……なんぞ、この数日で見違えたのう」

「そうかい?」

「相変わらず頼りないがの。頼りないが……不思議と、頼れてしまうのじゃなあ」

「はは、何だいそれ。でも、頼ってよ。僕は君の重魂、最弱かもしれないけど君が呼んでくれた相棒だよ。だから、二人でよく考えて一緒に戦おう」


 うなずくレヴィールが、少し気持ちを落ち着けたらしい。

 だが、実際にこの大衆環視の中で戦うのは危険だ。魔法処女、それもレヴィールやシングル・ナンバーズと呼ばれる少女達の力は強大だ。まかり間違えれば、帝都は多くの民と一緒に地図から消滅する。

 そして、ミレーニャを助け出すために動けば、敵との激突は必至だ。

 それはレヴィールも承知しているようだ。


「シングル・ナンバーズは、全部で9人。しかし、永き戦乱の中でツバイ、スゥ、サンクは死んでしまった。……手のかかる子等じゃったが、今思えば……もっと触れてやりたかったのう」

「レヴィール……そんな顔もするんだね。なんか、レヴィールも前とちょっと変わったよ」

「ワシがかや?」

「強くて綺麗なのは変わらないけど、なんだろう……丸くなった? 違うな、なんかこう……優しくなった気がする」

「バッ、バカを言うでない。やめませい! それより、今はミレーニャじゃ。今回、封印凍結を解除されたシングル・ナンバーズは4人」

「ナナはいいとして、セイスとノーヴェを倒したから」

「恐らく、奴じゃ……


 レヴィールの声が珍しく、かげって沈んだ。

 暗い声音は、その名を呟こうとして開かれた。

 だが、彼女の唇がその名を告げる前に、操は逆の腕を引っ張られる。人混みの中で突然、震える手がつかんできたのだ。


「あ、あれ? えっと……」

「レヴィール様。そして、その重魂の操様」

「えっ!? 僕達を知ってる!?」


 人混みの中を離れて、路地へと連れ込まれる。

 レヴィールは老婆の声を聞いて、はっとしたように目を見開いていた。

 時々肩越しに振り返りながら、細く暗い道を老婆は歩く。


「そなた……以前、この帝都で。久しいな、アステア」

「はい、レヴィール様。この帝都で、レヴィール様がくだったとの噂が……私は必死でレヴィール様を探しました。何かお力になれないかと。ささ、こちらへ」


 そう、操が帝都で迎えた最初の朝の日だ。

 あの日、ミレーニャと三人で街に繰り出し、この世界のことわりを見た。魔力を持つ女だけが、インフラのために魔力発電まりょくはつでんに参加する。そうして魔力を供出する女に、男達は下僕しもべのように食事や飲み物を運ぶのだ。

 アステアは、50年前にレヴィールの戦友だった、元魔法処女だ。

 魔法処女ならずとも、女性には生まれ持った魔力がある。

 そして、女尊男卑じょそんだんひの世界でも魔法処女は特別恐れられた。戦争のために運営される絶対兵器……シリアル・オーナインことレヴィールともなれば、それは災厄さいやくの象徴、忌避きひすべき神話級の悪夢なのだ。

 それが例え、このアルシェレイド帝国を守る力であっても、そうなのである。


「感謝を、アステア……すまぬ。お主に今、ワシ等は帝国に弓引く行為を」

「きっ、気にしないでくださいませ。この老いぼれ、既に命を惜しいとは思いませぬ。ただ……ただ、何よりも大事なもの、それを守りたいだけなのです」

「むぅ……嬉しいのう! 聴いたかや、操! ワシは常に、永きときを封印凍結されて生きる。一度目覚めれば、そこに顔見知りなどいないのがつねじゃ。じゃが……友情とはいいものぞ。ワシは今まで、知らなんだ」


 操は、レヴィールが照れくさそうに笑うのが嬉しかった。

 だが、かつて魔法処女だったアステアは顔をらす。

 長い一本道が終わって、三人は開けた場所へと飛び出した。

 瞬間、操は目を疑う。


「なっ……こ、これは!?」


 咄嗟とっさにレヴィールを背にかばった。

 レヴィールは、まばたきをしたまま固まっている。

 そう、百戦錬磨ひゃくせんれんまの最強魔法処女、レヴィール・ファルトゥリムは呆然ぼうぜんとしていた。


「これは……何じゃ? 何が……」


 操達は今、アステアのみちびきで街の一角へと飛び出していた。

 そこには既に、無数の魔法処女が宙に浮いている。皆、帝国の所属であるあかし、紋章の入ったマントを着ていた。

 慌てて操は、手を放して後ずさる老婆に向き直る。


「アステアさんっ! こ、これは!」

「レヴィール様! も、ももっ、申し訳……申し訳ございませぬ! 私にも、孫が……その孫が、王宮に連れてゆかれ……」


 操は耳を疑った。

 そして、背後を振り返ってくちびるむ。

 何が起こったかわからぬまま、レヴィールは言葉を失っていた。

 代わって、りんとした声が響く。

 どこかレヴィールに似た、透明感のある声音だ。だが、確かに違う……そこには、美しい自信に満ち溢れた響きがない。どこか湿った劣等感コンプレックスのような、くぐもったような声色だった。


「下がれ、アステアとやら。貴様の親族は無事だ」

「あ、あのっ! ユイ様! 後生です……レヴィール様を、どうかレヴィール様を!」

「……下がれと言った! ふっ、ふふふ……久しぶりですね、お母さん」


 操は目撃した。

 レヴィールにとても良く似た、ショートカットの髪を切り揃えた美少女だ。眩いその美貌は、不思議と影があって、その儚さが不思議な魅力を発散している。帝国の紋章が刻まれたマントを翻して、彼女はユイ……シングル・ナンバーズの長姉ユイと名乗った。

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